150話 アルブラ動乱 幕間3
■ファルカン丘陵
「本当にここまで来られるとは……」
丘陵に設置された簡易の見張り台から見る公都の城壁、そしてその奥にそびえ立つ【白鳳城】とも呼ばれる【テ・ヴェルサーヌ城】。
「言った通りだっただろ? ウチの知恵袋はよく頭が回るからな、アイツに書かせた青写真を確実に実行出来ればこれぐらい大したことないって」
一人の青年がそう言いながら話しかけてくる。
手にした書類の束を難しそうに睨むその姿は年相応。だけどその風貌とは全く異なる圧倒的な威圧感は、見た感じとのアンバランスさを受けつつも、その人自身の血統を知れば納得の答えにたどり着く。
「これは殿下、よろしいのですか?」
「おいおい、殿下なんて呼び方は止めてくれよ? それじゃ俺も貴女のことを【王妹殿下】と呼ばなければならなくなるだろ」
「……確かに、それは恥ずかしいですね」
ここから見ても城壁の向こうが慌ただしく動いているのはなんとなくわかる。もっとも、その理由は自分達であり、この後には更に激しい戦闘が起こるはずである。
「ま、あと一仕事で終わると思うと感慨深いよ」
「私としてはこうやって自分達の国から出て、本でしか見たことが無かったような様々なものを実際に目に出来たのは本当に夢のようです」
「そっか、まぁ喜んでもらえれば何よりだよ。
あとはフーラの兄さん……ザヴォル王に対しても、ここで結果を出すことで『オレなら出来る』とうことを証明しておかないとな。じゃないと首と胴体とが切り離されちまう」
「うふふ……」
自らの首に手を当てておどける様子はとても自分と同じ歳には見えない。
「ん? どうした?」
「あっ、いえ……」
ロイヤルブルーの瞳に見つめられ、思わず言葉が詰まってしまう。
「不思議な方ですね、貴方は」
「オレが? んー、まぁ色々な意味で不思議ということかもしれないが、そういう意味ではフーラだって不思議な方にカウントされてもおかしくないだろ?
それだけの美貌を持ちながら、オレが十人ぐらい束になってかかっても勝てないぐらいの屈強さを持ち合わせているなんてさ。
下手に手を出そうものなら……手首から先がキレイに無くなってるんじゃね?」
「手首だけならまだ良い方では?」
そういうと殿下はぶるぶると震えるような素振りを見せてからテ・ヴェルサーヌ城に目を向ける。
「ま、オレとしても大見えを切って国から出てきているからな。下手な結果じゃ親父にブチのめされる。
……いや、殺されるな」
「それはまた親思いな心掛けですね?」
「親思い……そうかなぁ、ただの暴力親父なだけだと思うけど」
そう言うと再び城に目をやり、見た目で受ける感情通りではない表情を向ける。
「せっかくアイツが色々と仕込んでくれた必勝の策だ。何がなんでも成功させないとな」
「そうですね。私も、そしてここまで共に来てくれた皆の為にも」
太陽が傾き始め夕陽がテ・ヴェルサーヌ城を染め上げていくと、名前の由来ともなっている白い城壁が先程までとは全く異なる朱色の城へと変貌させる。
「攻めてくるでしょうか?」
「ここの王様は手堅く守備的だからな、たぶんコチラから攻めない限りは、向こうからは攻めて来ないさ」
『全ては貴方の……いえ、貴方が信頼する方の思い通りに事がするんでしょうね』
ここにたどり着くまで何一つ焦る事なく来れたのは紛れも無い事実であり、自然体でいるその様子からも信頼する配下への自信が見て取れる。
「さぁ、ここからが最後の仕事だ」
殿下……ヴェルフ・ベラ・グラウルフ様は、そう言うと獰猛な笑みを静かに浮かべるのだった。
―――◇―――◇―――
■ガルディン帝国 帝都ドルヴェスト
「父上、ヴェルフから手紙が」
「ほう……」
皇帝の玉座が鎮座する謁見の間。
普段は外交上で使われる部屋ではあるものの、どのような話をしても外部へは決して漏れないという構造上の特性もあり、秘匿性の高い話をする際に使うこの部屋。
ただ、父上的には『煩くなくて良いから』という、それだけの理由でこの部屋を使っていることが多い。
そんな父上……ガルディン帝国皇帝、フォーブル・マルド・グラウルフ陛下は俺から手渡された手紙に目を通すと
「ふっ、なかなか面白いことになっているようだな」
と心底愉快そうな顔でこちらを見る。
「本当によろしかったのでしょうか?」
俺にはどうしてもあのヴェルフがやっていることが理解できない。
・
・
・
「親父!」
「何だ」
「金が欲しい」
「いくらだ」
「五千万ゴールド!」
「はぁっ!?」
目の前で起きた父上とヴェルフとのあり得ない会話に思わず変な声が出る。
半年前、謁見の間に自らの部下を引き連れてやって来たヴェルフは、来るなりカネの催促をした。
しかも五千万ゴールドなどと言うバカにした金額に、さすがの父上も言葉が詰まる。
「一都市の年間予算じゃないか! バカか貴様は!」
「うるせー! クソ兄貴、オレはアンタに聞いていない。親父に聞いているんだ」
そう一言いうと、再びヴェルフは父上の方を向く。
「……で、どうだ親父?」
「まさかそれだけの額をタダで貰いたいとか言わぬであろうな?」
「やっぱりタダじゃダメか〜
そうだなぁ……とりあえず帝位継承権の放棄ってとこでどうだ? 俺が放棄したらローヴ兄貴で次の帝位継承は確定だろ。
リクア兄貴じゃ心許ないし、ルジアル兄貴は体が弱すぎる。親父にとっちゃ悪くない取り引きだと思うが」
『何言ってんだコイツは!』
帝位など貴様の一存で決められるものてはないし、そもそも……
「三年後に二千万ゴールドを利子として払うなら五千万ゴールドくれてやる」
「ち、父上!?」
父上も一体なにを考えているのか、俺には全く理解できない。
「さすがにボリ過ぎだろ親父! せめて四千万ゴールド、利子五百万で」
「三千万ゴールド、利子八百万」
……父上も何か面白がっていないか?
「くぅ〜やっぱり親父は厳しいな! ……シリュウ!」
「陛下、三千万ゴールドの利子八百万。それと帝位継承権の破棄を認めた証文になります。
三千万は財務の担当官から即金で頂けるように記載もしてありますが問題ございませんね」
「フッ、最初から貴様の手の上か」
「陛下はかなり厳しいお方ですから」
そう言いながらヴェルフには勿体無いとよく聞かされる、異邦人の配下であるシリュウが懐から証文を取り出す。
「父上本当に」
「口にした事を無かったことにするような者が帝位に就いていたら笑われよう」
「し、しかし」
「くどい」
「……申し訳ありません」
・
・
・
「ヴェルフは何と?」
「ローヴ、奴があの時最後に何を見せたか覚えているか?」
「最後に……ですか」
確か証文に血判をしてから……
「指を一本立てていました」
「それをなんと見る?」
「何か、暗号的なものか比喩的に伝えたかったものかと」
父上に『何を望む』と言われ、ヴェルフは言葉を発せず、ただ指を一本上に向けただけで部屋を去っていった。
翌日には自らの配下と共に帝都を後にしたため特に会話もしておらず、奴が何を考えていたかは未だに分かっていない。
「アイツは天を望むと言いたかったのだよ」
「天を……って、まさか我々に反逆すると言うことですか!?」
「さぁな、その時になればわかるだろうて」
そういうと、父上はただ薄気味悪い笑みを浮かべるだけであった。
これで幕間は終わりです。
次回から本編にもどりますが、次回は(仕事の関係上で)10月22日(月)となりますです。
通常よりも一週間空きますが、引き続きよろしくお願い致します。




