141話 アルブラ動乱5
ガシュン……
「シリュウさん、おかえりなさい」
「ああ、ただいま」
一通りの作業を終え、PAから出ると出撃前にいた部屋へと戻る。
「首尾は……」
「うん、まぁ当初の予定より減ってしまったPAPについては仕方がないが、とりあえずその穴埋め分は仕込めたと思うかな」
減ったPAPを増やすことは出来なくとも、受けたダメージを軽くする策を打つことは出来る。
『もっとも、あとはアチラ……彼女次第になるけどね』
「あと、コチラが例のハマルについて纏めたものです。関連する内容も集められる限りは集めておきました」
「ありがとう。ふむ……」
彼女が纏めたレポートに目を通す。
「なるほどね、爺さんの所にいた彼女か」
「ご存知で?」
「まぁ、ちょっとね」
あの店と店主自体が興味深いものであり、色々と調べる価値がありそうだと思ったが故に出入りをしていた。
だが、調査を終える目安が立った数日前から知らない異邦人が現れ、結果的に店ついて調べ尽くすことは出来なかった。
『ま、そっちは良いか。一応手掛かりは掴んでいるし。ただ問題は…… 』
一緒に付けてくれた資料には、リアと行動を共にしている異邦人の名前が。
「【銀弾】とは……また厄介な異邦人の名前があるね。彼とはそれなりに一緒にいるようだけど、二人は付き合っているのかな?」
「そこまではわかりませんが……かなり親しいようでした。と、とりあえずアルブラにいる中でも【猛牛】と並んで危険な異邦人の冒険者と関係があった点からも報告対象にするべきでした」
「仕方ない、それについてはこの後取り返してもらうよ」
彼女達から見たら、確かにまだ荒削りな分だけ大したことが無い相手として見下すのもわからなくはないか。
「シリュウさん相手に僅かとはいえ傷つけることが出来る相手だったとは思わず……相手を注意深く見るべきでした」
『傷?』
彼女の視線の先にあるベガの胸元。確かによく見れば、そこに薄っすらとだが汚れと見間違う程の小さな傷が。
『避けきったつもりだったが……掠っていたのか』
どうやら甘く見ていたのは自分も同じだったようで、その情けなさから思わずため息が出る。
「……お互いまだまだということか。それはそうとして」
「はい?」
「そろそろモモの真似は止めた方が良いよ、サクラ」
「あれっ、いつから気づいてたの?」
サクラは意外そうな顔をしてこちらを見る。
「うーん、申し訳ないが『おかえりなさい』と言われた時からかな」
「最初からじゃないですか、やだー」
モモの容姿でコロコロと笑うのはちょっと違和感があるかな。ま、新鮮ではあるけど。
「で、モモは?」
「ついさっきシリュウに面会が来たから代わりに行って……あ、帰ってきたみたい」
「あ、シリュウさんおかえりなさい。これをダラスさんの使者から預かって……って、姉さん!? また私の変装して!
ま、まさかシリュウさんにヘンなことをしていないですよね!?」
「ヘンなこと? ヘンなことってなにかな~お姉ちゃんに教えてほしいかも」
「そ、それは……」
『はぁ、さすがに姉妹揃うと騒がしいものだな……ん?』
目の前で騒ぐ二人を見ながら、預かったダラスからの手紙に目を通す。
そこには想定外の興味深い内容が。
「ふっふふふ……、あっはっはっは」
「ど、どうしたんですか!?」
「なに!? そんな面白いことが書いてあった?」
あまりの偶然につい笑ってしまい、目の前の二人を驚かせてしまった。
「いや、済まない。なるほどね……この世界の神というのは面白い事がしたくてたまらないのだろうね」
手紙に記された内容。そこには想定外でありながら、この先どうすべきかを改めて深く考えさせる内容が記載されていた。
『まさかすでに殿下の目に留まっていたとはなぁ、殿下らしいと言えば殿下らしいが。
……ただ、この内容だと単純に興味があるという感じでも無さそうだな。彼女が何らかに関連した重要なキーとなり得るのか? それとも……』
ダラスの手紙にあったように、殿下が【手に入れなければならない】とまで言ったという事がかなり気になるが……殿下はあれで口が堅いからその時まで理由は教えてくれないだろうな。
「とりあえず全ては予定通りに行う。もっとも、状況に変化があれば随時手を加えるから、二人もそのつもりでいてくれよ?」
「はいっ!」
「りょーかい」
さあ、初手のリカバリーは打てた。ここから次の手を進めるとしようか。
―――◇―――◇―――
翌日 (といってもアレから約半日後だけど)、学校から急いで戻ってくると制服を着替える間も惜しんでログイン。
「今こっちが16時だからゲームの世界だと、あの黒いPAと戦ってから一日半が経った深夜の12時かな」
本当は朝少しでもログインし、深夜の出来事をファナさんに伝えたかったものの想像通り寝坊してしまい、そんな時間を作ることなんて出来なかった。
「深夜だけど役所はやって……いた! 良かったぁ」
さすがに深夜ということもあり『もしかしたら開いていないかも』と思ったものの、役所は全ての部屋の明かりがついており、辺りを煌々と照らしていた。
『PAPの暴走があったら、さすがに臨時で開いているよね。というか、なんだかそれだけじゃ無いみたい? 辺りにいる人全てがすっごく殺気立ってるし……』
足早に役所の入り口を通り抜けると、多くの人がごった返している受付へと
「すみません、ファナさんに至急会いたいのですが!」
役所にやって来たわたしは、受付にファナさんとの面会を求める。すると、
「リア、待っていたよ。こっちへ」
『待っていた?』
前とは別の通路から現れたファナさんがわたしを見つけ、こっちへ来るようにとのジェスチャーをする。
「あの、待っていたって……」
「昨日、リアの方から私に会いたいって……もしかしてアレは自動生活の方のリアだったのか?」
「ちょっ、ちょっと待ってくださいね」
慌ててログインして来たものだから、すっかり統合するの忘れてた。
『っと、統合っと……あ、確かに【もう一人のわたし】が昨日役所に来て、ファナさんへのアポイントをお願いしている』
うん、わたしの意を汲んで行動しているなんてさすがです。
「リアは本当に面白いな。いや、この場合は特殊といった方がいいのかもな」
「と、特殊って……」
「勿論、今のは誉め言葉だぞ? だってそうだろ、他にいる異邦人の冒険者の自動生活とも少なからず会ったことはあるが、リアの自動生活ほど自主性を持って行動しているのは見たこと無いからな」
そうなんだ……そういえばわたしって、ハルのを含め他の異邦人の自動生活と会ったこと無かったっけ。
「いま街の方はどんな状況ですか?」
「歩きながらで悪いが説明しよう。念のためにこちらで把握していることから説明することとなるが良いかな?」
「はい、問題ありません」
「昨日の朝、アルブラの西部地区で一機のPAPが暴走し建物へ衝突した。近くにいた住民の話では、ここ最近同様の事件が何回かあったことから『またか』という認識でしかなかったらしい。
だが、その後同じように暴走するPAP達が、その地点からそれこそ波紋が広がるかのようにアルブラ全域で発生していくことで、街中が大混乱することになった」
「昨日、わたしがいたタイミングがその辺りですね……それがまだ続いていると?」
「いや、さらに面倒な事になった。
PAPが引いたタイミングで【所属不明の集団】が現れ、アルブラ内で戦闘を開始した。
しかも、暴走していたPAPの殆どがその集団に従い、彼らの手足となってしまっている」
「ええっ!?」
さすがにそれは想定外というか予想外すぎて、思わずファナさんを二度見する。それに対しファナさんは無言で頷くだけだった。




