104話 まだまだ足りないことばかり
「惜しかった、ですか?」
「そ、蜥蜴男に一切気がつくことが出来なかったら、リアは腕じゃなく背後から斬られて即死……そうなったらこの世界から退場しているわよね?
でも、蜥蜴男の攻撃にギリギリのところで気がつくことで腕を切断するだけで済んだ」
そういえばあの時感じた違和感みたいなもの……それを感じることが出来たから、反応して動けたんだっけ。
「こういったのは視覚に頼った認識では身に付かない。リアは最初の頃にやった、わたしの殺気当て覚えてる?」
「はい! あれは今まで感じたことの無い感覚でしたから」
上手く言葉に言い表す事が出来ないあの感覚は、まだまだ鮮明な記憶として残っている。
「あの修練はあくまでリアの【頭と体に殺気とはどういうものか】を身に刻んで欲しかったというものだった。今回リアはその経験によって危険の察知ができ、生き延びれたと言えるわ。
次は、察知のレベルを向上させる……感知レベルの強化ね」
なるほど……で、
「こうやって神官服から作業服に着替え、目隠しをして川の中にいるのは……」
「触覚・聴覚・視覚、そして足元が滑って気が散るから集中力も鍛えられる修練よ。ちなみに着替えてもらったのは……」
トン
「わっわっ!」
バシャ!
「こんな風に濡れちゃうからね。神官服だと濡れたら透けるわよ? まぁハルにそんな姿を見せたいなら別だけど」
「いえ、このまま作業服でお願いします!」
残念ながらそんなサービス精神は持ち合わせておりません!
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「うぅ、反応できる未来が見えない」
「ま、最初はこんなものよ?」
ロキシーが呼びに来るまでおおよそ一時間この修練は続いたけど、一度たりともマチュアさんから触られる前に反応することは出来なかった。
「これでもまだ軽く殺気を出しているから易しいレベルなんだけどね、本当なら一切殺気を出さずにやりたいぐらいなんだけど?」
「いやいやいや、マチュアさんレベルの人が殺気を消して近づいたら反応どころか、触れられたのすらわからない可能性が高いですから」
うーん、知らないうちに顔に落書きされてたらどうしよう……
―――◇―――◇―――
『はぁ、マチュアさんの修練もかなりスパルタ式になってきたけど、元はと言えばわたしがバンダナに攻撃を受けたのが要因だからなぁ……』
もっとわたしが強ければ、もっと戦うための技術が身についていたら……
「難しい顔してる」
「……なかなか自分の未熟さを痛感していてね」
よほどおかしな顔をしていたからか、一緒に夜の見張りをしながら焚き火に当たっていたロキシーが声をかけてきた。
「リアはPAWに来てやっと三ヶ月、まだまだ未熟で当たり前だと思う」
「うん、まぁそうなんだけどね。でも周りに凄い人達が多いから、なんだか焦っちゃうというか……」
「私から見たらマチュアさんやハルの期待に応えたいけど届かない状況に苛ついているように見えるかな。
あとは心配かけたくないけど、どうしても心配かけてしまうことに悩んでいるって所かな」
「あはは、さすがロキシーね」
岸さん的には心の中を視るまでもなく、顔を見ただけでわかるって感じかな。
「そこまで便利には出来てないよ?」
「……十分読まれてはいますよねぇ!」
ギュ
「ロキシー?」
わたしの言葉を聞き終わるよりも早く、ロキシーが横からわたしの手を握りしめる。
「……私だって心配するわ。
色々あって大変な状態なのは察してあげることしか出来ないけど、話して楽になることだってあるのだから、いつだって私に愚痴の一つも溢せば良いし、悩みを出して少しは心を軽くすれば良い」
「うん……」
こういう時ほど仲間って良いなって思う。だからこそ、
『みんなと可能な限り一緒でいられるよう、頑張らなきゃね』
その後、マチュアさん達と交代してからログアウト。普通に学校に行き、帰宅してからいつもの準備を一通りやってからログインすると、丁度キャンプ地から出発するところでした。
しかし、統合した瞬間に恐ろしい記憶が。
『二日目と三日目、わたしだけ馬車に乗らずにマラソンしているんですが。しかも終わったら吐くほどに疲弊しているし……』
なお、速度は馬車並み。どうやらマチュアさんからの修練によって新しい闘技が身につき、その熟練度を上げるための特訓みたいだけど……
【体構発破】
所有する魔力と身につけた頸の力が一定の値を超える事で習得できる闘技。この闘技を使うことで瞬発力や反射神経をはじめとした、自らの肉体が持つ基礎能力を向上させる。
ただし、熟練度により継続時間と冷却時間、そして使用前・使用後の落差から倦怠感を感じる度合いが変わるので注意が必要。
『えーっと……』
どこから突っ込もうかな、この説明文?
倦怠感って、単純にスタミナ尽きてダウンしているんじゃないのかなぁ!?
「あら、リアは今日も準備出来ているみたいね」
「ふぇ?」
言われて自分の姿を見ると、相変わらずの作業服姿でした。
「さ、アルブラまで残り半日。頑張って走ろう! これを一日ずっとかけていられるようにならないとね」
「はぃ……」
「じゃ、闘技発動させてね」
「はい……【体構発破】」
『これは……』
体の隅々まで何かが浸透していく感覚は今までに無い不思議な感覚でありながら、指先一つとっても自分が想像する以上に軽快と言うか、まるで自分の体じゃないような感覚に少しだけ戸惑う。
【息吹】がステータス的な意味で能力値を向上させるのに対し、【体構発破】は肉体というか自分を形成する細胞一つ一つが活性化したように感じる。
『これならマラソンも辛くないかも!』
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「うっ……」
お昼の休憩地点に着いたわたしが真っ先に行ったのはマラソンで疲れ果てた身体が限界を訴える吐き気と、【体構発破】が切れた事による倦怠感から来る怠さとのダブルパンチに対し、胃の中を空っぽにすることでした。
『やっぱりマラソンなんてやるものじゃない……』
わたしが体育で一つだけ苦手な種目……マラソン。
『だって、何が楽しいの?? そんなスタミナが必要なのって実際にないじゃない! 距離があるなら自転車でも何でも適した乗り物があるよね!?』
などと普段なら心の中の叫びを言いたいのにも関わらず、ただ茂みに隠れながら川辺で吐くのが精一杯な状態。
そんな中、茂みの向こう……かなり遠くに人工的な建設物が見える。
「……あれは」




