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灰色の城  作者: 新手
3/3

後編

 ――ああ。

 廃墟探索でよくある話だ。

 ホラースポットが地元の不良の溜まり場になっていて、オカルトと関係のない危険に遭う。

 ほんとうに危険なのは幽霊でも超常現象でもなく、人間なのだと。


「しかも彼女連れとはやるねぇ~。全然オレの好みじゃないけど、可愛いじゃん。もうヤッた?」


「……」


 そんなこと、答えられるわけがない。


「まあやってねえよな、こんな情けねえ中坊じゃ。はー、つまんね」


 阿久津は立ち上がると大股で近づき、そのまま新一の腹を蹴り飛ばした。


「……ッッ」


 息が詰まる。

 痛さより苦しさで、どうしようもない。

 声も上げられない。


「やめろ! クスリでもキメてんのかチンピラ!」


 代わりに、あかりが声を荒げた。


「うっわ、ひっでえ~。オレらそんな法律破ることしませ~ん。彼氏より彼女のがノリがいいね、ホント。いいよいいよ、お兄さんそういうの嫌いじゃないよー。まあ嫌いだけど、なッ!」


 もう一発、蹴りが新一の腹に入る。

 ――吐きそうだ。


「やめろって言ってるでしょ!」


 怒鳴るあかりの目に、涙が浮かんでいる。


「う~ん、そう言われるとやめてもいいんだけど。帰ったお前らがここで何々を見たとか、ベラベラしゃべられると困るんだよねー。まったく、こっちは追っ払ってるだけだってーのに。オカルトサイトだかなんだかしらねーけど、面白おかしく書かれて迷惑なんだよ。だからもうさ。心折るか、ぶっ殺すかしないとなんないわけよ。オレもつらいんだよねぇ~」


 そう言って阿久津は、よよよと演技がかった泣き真似をした。


「あ。ちなみに、この女も廃墟探索なんてバカなことしてたんで、お仕置きコースね」


 パチンと、ベッドにうずくまっていた女の尻を叩く。

 ヒッと小さく悲鳴が上がった。


「ゲス……」


「あーあ、反抗的だね。もうちょっとお前も殴らなきゃだなー。かーっ、オレ女殴る趣味とかあんまりないんだけどな~。……そうだ、このビンでもケツに突っ込んでみる?」


 そう言って阿久津は、床に転がっていた空き瓶を手に取った。

 透明なガラス瓶に貼られたラベルは、新一が見たことのない銘柄で、どう見ても酒の類だ。

 どうやら男たちは、酒を飲んでいたらしい。

 現に、近寄ってきた阿久津からは、体臭とアルコールの混ざった不快な臭いがしている。


 ――やめろ。


 阿久津が、あかりの方を見ている。

 止めたくても、声が出なかった。

 苦しくて、苦しくて、息が詰まる。


 ――やめろ……!


 まるで声にならない。

 痛みと悔しさで、視界が滲む。


「――やッ……ぐっ……」


 声の出せない新一の、願い。

 それが通じたのか。それとも逆か。


「……これはどうした事か」


 鉄の扉が開き、誰かが部屋に入ってきた。



   *******


「しばらく家を空けていたら、泥棒がこんなに入り込んでいるとはね。いやはや困ったものだ」


 相馬紀章(ソウマ ノリアキ)

 中年の男は、そう名乗った。


 なでつけた髪。彫りの浅い顔立ち。

 小ぎれいな印象を受ける、痩せぎすな男だった。

 何故か、この場にまるで似つかわしくない、医療用の白衣を羽織っている。


 冷静な態度だが、この状況で冷静だということそのものが変だった。

 不法侵入以前に、場にいるその大半は暴行の被害者だ。

 だというのに少しの動揺も見せず、ましてや警察に通報するそぶりもない。


 相馬は表情一つ変えず、ゆっくりと辺りを見回す。


「やれやれ。ずいぶん散らかしてくれたね。掃除がまた大変そうだ」


「――誰だテメーは」


 妙な緊張感の中、口火を開いたのは佐川だった。

 静かに睨みを利かせ、相手を威圧する。


「だから相馬紀章と名乗っただろう? 私は、この部屋の主だよ」


 まるで動じず、淡々と答える相馬。

 佐川はそれを鼻で笑った。


「何言ってんだオッサン。ここはレイナの――オレのダチが持ってる土地なんだがな」


「そうだぜオッサン。つまりオレたちは不法侵入してきたバカを退治するハンターってことよ。――オッサンも、バカか?」


 便乗して阿久津も、相馬を煽る。


「私は、ここの部屋の主だよ」


「なんだぁ? オッサンって、夏なのにアタマ春のひと? それとも勝手に住んでたホームレスとか?」


 ギャハハと下品に笑う阿久津。


「ったく次から次へと。もう、ここもダメだな。――おい、鰐淵。こいつも縛っとけ」


「了解」


 鰐淵はゆっくりと、長椅子から立ち上がる。


 長身だ。

 男たちはすべて体格がよかったが、鰐淵はさらに頭ひとつぶん大きい。

 痩せた中年なんて、片手で捕まえられるだろう。


「……って、言ってるだろ」


 相馬はうつむき、ぼそりとつぶやいた。


「は? いまオッサンなん――」

「わた、わたしはッ! ここの主だって! 言っているだろうッ!!」


 銀色の何かが、蛍光灯の光を反射して青白く煌めいた。


「……?」


 鰐淵のティーシャツは白地だったはずだ。

 それがいつの間にか、首周りだけ赤く染まっている。

 ――血だ。

 首が裂かれ、鰐淵の口からも血が漏れる。

 手で押さえるが、もう遅い。

 止まらない血にひざが折れ、鰐淵はそのまま地面に倒れた。


「ちっ――」


 驚きながらも、とっさに相馬へ飛びかかり、押さえつけようとしたのは佐川だ。

 二人はそのまま、もつれ合って倒れ――、


「乱暴だな。その割に覚悟が足りないが」


 相馬はのしかかって来た佐川の身体を、横にどける。


「て、テメェ……」


 ゴロンと、佐川は力なく転がった。

 その腹と背には、銀色の何か――手術用のメスらしきものが二本、突き刺さっている。

 赤い血が、流れた。


「は? はぁ?」


 状況を理解できず、阿久津は戸惑っていた。

 一瞬のうちに仲間が倒れた。流血のおまけ付きでだ。


「な、なにしやがんだオッサン! 頭おかしいのか!」


「おかしいのはお前らだろう。私はここの主だと言っている。――言っているんだぞ! それなのに挨拶もしないで、いきなり暴力を振るおうとする! 最近の若者はどうしようもない! 病気だ! 病気ならば治さなければならないんだよ! 私は医者だ! 医者だからなあ!」


 そう言って相馬は、懐からまた新しいメスを取り出した。


「……治すどころか、逆じゃねえか。は~、バカの次はキ印とか勘弁しろよ」


 阿久津は相馬から距離を取り、ベッド越しに身構えた。

 その手には、黒く平べったい長箱のような物体――スタンガンを持っている。

 威嚇のつもりか、スイッチを入れたり切ったり、そのたびに紫電が走りバチバチと音を立てる。


 ――ああ、あの時の音はスタンガンだったのか。

 新一はそんな事に、今更気がついた。

 この部屋に、連れてこられる前の記憶が甦る。

 そう、連れてこられる前の記憶だ。


 それがあまりに現実離れした光景だったから、新一は逆に冷静になっていたのかもしれない。

 まだ自分に被害が及ばないから、傍観者だったせいかもしれない。

 他人事だったのだ。

 次は、自分の番だというのに。


 でも、だって、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


 少女が、そこにいる。

 いつかどこかで見た、黒髪の、白い着物の。

 医者と一緒に部屋に入ってきたというのに、誰も気にしている様子がない。

 まるで――そう、まるで()()()()()()()()()かのようだ。


 ――はじめまして、鮎川新一くん。


 脳に、響く声だった。

 それは目の前の惨状よりも、不快感があった。

 初めて聞く少女の声だというのに、まるで録音した自分の声を聞いているかのような違和感があった。

 聞こえるはずがない、聞いてはいけないものを聞いているかのような感覚。

 ――吐き気がする。


 ――ずいぶんな挨拶だね。


 考えを読んだかのように、少女は笑う。楽しげに。


 ――ボクの名前は、アユカワハジメだよ。


「なんだよ、それ」


 自分と同じ苗字。

 いや、()()()()()()()


 ――キミの、お姉ちゃんだよ。


 それは、そう言った。

 道理で顔に見覚えがあると思ったはずだ。

 こいつは母に、そして自分に似ているのだ。


 ――あの人達の苦しみ/楽しみが終わるまで、ちょっと時間がかかるから、お話ししようよ。


 お話するのは、はじめてなんだ。ずっとしたかったんだ。

 彼女の思考が、まるで脳に染み込むように伝わってくる。

 ひどく、不快だ。


 ――オレに、姉なんていない。


 そうだ。

 いるのは兄だけのはずだ。

 姉なんて、


 ――いないんじゃなくて、死んでる、だよね。


 寒気がした。


 ――ボクは生まれるはずだったのに、生まれてこなかったキミの姉だよ。


 自分には年の離れた兄がいる。

 なぜ自分が、兄と年が離れているのか。

 その疑問に対する答えは簡単だ。

 ――間に、流産した子どもがいたからだ。


 母はそのショックで、しばらく子どもを作るのをためらった。

 だから自分は、兄と年が離れている。


 ――そう聞いたんだね。


 見覚えのある顔で、初めて遭った姉は微笑む。


 ――でも、それは、ほんのちょっとだけ正確じゃないよ。


 聞きたくない。

 でも、耳を塞ぐことも出来ない。

 手足が縛られているから。


 ――キミのお兄さんは、キミのお父さんと血がつながっていないんだよ。

 ――何故ならキミのお母さんは、結婚前に知らない人にレイプされているからね。その時の子どもなんだよ。

 ――これはお父さんすら知らない。お母さんだけの秘密さ。

 ――だから、本当にお父さんとお母さんの血がつながった初めての子は、実はボクだったんだ。

 ――お母さんはこれで本当に家族の絆が出来るって喜んでね。お兄さんには、そのころ少し冷たく接したりもした。まあ、ふたりとも忘れているけどね。そんなこと。


 ――でも、ボクは生まれる前に死んでしまった。

 ――お母さんはそのショックで、すこし記憶を失ってしまってね。今ではキミのお兄さんを本当の子供だと思いこんでいるんだ。

 ――そのおかげで結果的に、子どもにやさしいお母さんになったんだから、何がしあわせにつながるかわからないね。

 ――もっとも、完全に忘れたわけじゃなくて、頭の何処かには残ってるんだろうね。


 ――だって新一くん。キミの名前がそうだよ。

 ――次男なのに、理由もなく新一なんておかしいだろう?

 ――それはお母さんの願望の名前だからさ。


 新しい一。

 一見、流産した子どもの名前を受け継いだかのようなそれは。

 実のところ少し違う。

 それは――この子が、二人の間に授かった最初の子だという意味。


 鮎川初芽(ハジメ)

 それが姉の名前だった。

 姉の名も、同じ意味を持っていた。


 ――キミはあのひかりちゃんを同情的に下に見ていたけれど。

 ――実際は、キミの家族も同じなんだよ。

 ――表面だけ取り繕っていただけなんだよ。

 ――嘘だと思うなら母親にでも聞けばいいさ。どうせ聞けやしないだろうけど。


 おそらく、少女に善悪はわからない。

 生まれる前に死んでしまった彼女に、人間の倫理なんてないのだろう。

 楽しさしかわからないのだ。だからこれは、事実を言っているだけにすぎない。

 楽しそうに見えても、それは楽しんでいるわけではなく、それしか感情がないからだ。

 それは何故ならば、


 ――ボクが死んじゃった場所が、ここだからさ。

 ――楽しむ場所で死んじゃったから、楽しむことしか出来ないんだ。

 ――新一くん、キミは子どもの頃、ここに遊びに来たことなんてないよ。

 ――来たことがあるのはお兄さんと、お腹の中にいたボクだけ。

 ――だって、お母さんはその時のトラウマで、遊園地に行けなくなったんだから。


 そうだ。

 何故、勘違いしていたのだろう。

 自分は生まれてこの方、遊園地なんて行ったことがない。

 だからだ。この遊園地に見覚えがないはずだ。

 だって、ホントは来たことがないんだから。


 ――ボクが呼んだんだよ。

 ――いいかげん、誰も来ない遊園地なんて寂しいからね。

 ――家族のところに帰りたかったんだ。

 ――おかげで怖い思いをさせてごめんね。でも、ボクが守るから。


 ――もう、大丈夫だよ。


 霊の話は聞いてはいけない。

 彼らは意味のある言葉を言わず。嘘をつき。心の隙を狙う。

 霊の話は聞いてはいけない。

 たとえそれがやさしいものだとしても、いずれは取り憑かれ、取り殺されるからだ。


 そんな話が、頭を過ぎる。

 

 だが、もう、手遅れだ。


 ……悪夢のような独白を聞いていると、部屋の中が静かになっていることに気づく。

 ひとり所在なげに立っていた相馬は、ちらりとこちらを一瞥したが、ふいに視線を宙に彷徨わせ――外へ、出ていってしまった。


 男たちは、死んだのだろうか。

 確かめる勇気は出ない。


「――逃げよう」


 誰かが自分の手を掴んだ。

 あかりだ。

 彼女は手にもったメスで、新一の手足の拘束を切った。

 現実感が、戻ってくる。


「逃げよう」


 それしか考えられなかった。


 こうして、ふたりは拷問部屋を逃げ出した。

 ――いや、()()()()は逃げ出した。




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 ふたりは警察に駆け込んだ。

 暴行されていた女の人は、無事に保護されたようだ。

 見捨てて逃げた形になってしまっただけに、無事だと知って安堵のため息が出た。

 男たちはどうなったのか知らない。

 怖くて聞いていない。


 事情聴取されているときに、レイナという女の人に会った。

 フォーマルスーツを着た、真面目で誠実そうな人だった。

 あの遊園地の跡地を管理しているらしい。

 男たちについては知らないという。おそらく勝手に住み着いたチンピラだろうと。


 ……そういうのなら、自分たちは何もわからないと答えるだけだ。

 あまりしゃべると、こちらも不法侵入したことがバレる。

 近くを通ったら男たちに拉致されたという体裁で、ただ被害者だということを告げた。


 ひかりは終始、彼女を疑いの目で見ていたけれど。

 疲れていたからか、特に何も言わなかった。


 そして今は、放心しながら帰り道を歩いている。


 辺りは、すっかり日が暮れていた。

 街路灯の明かり。どこかの住宅から漂う、料理の匂い。

 もう、そんな時間だ。


 終わってみると、本当にあったことなのか疑わしくなってくる。

 すべてが嘘か幻かのように思えるが――嘘では、ない。

 殴られた痛みが、まだそのまま残っていたからだ。


「――なんだか、楽しかったね」


 ふいに、あかりがそんな事を言った。

 何を言うんだと彼女の顔を見たが、本当に楽しげに笑っていた。


「あんな目にあったのに……?」


「あんな目って? 廃墟を探索しただけでしょ?」


 呆けたように、こちらを見る彼女の顔を、新一はまじまじと見た。

 黒縁眼鏡は、レンズが片方ひび割れたままだった。


「なによ……変な顔して」


 目をそらしたのは彼女が先だった。

 問いただそうにもどう言うべきか、言葉に困る。


 ――大丈夫だよって言ったでしょ?

 ――そういう事に、なったんだよ。


 誰かの声がした。

 新一は、それで納得するしかなかった。

 首の後ろをさすっているうちに、あかりとは曖昧なまま別れた。




 =E3=81=8A=E5=8C=96=E3=81=91=E3=82=88=E3=82=8A=E3=82=82=E4=BA=BA=E9=96=93= =E3=81=AE=E6=9A=B4=E5=8A=9B=E3=81=8C=E6=80=96=E3=81=84



 家につくと、玄関の鍵が開いていた。

 この時間だと、母は必ず家の鍵をかけるはずだ。

 たまたま閉め忘れたのだろうか……?


「ただいまー……」


 遅くなってしまったから、思わず小声になる。

 家の中からは、何も反応がない。

 台所にでもいるのだろうか。それにしては料理の匂いがしないが。


 その時、ふと。

 玄関の靴箱の上に、財布が置いてあることに気づいた。

 新一のものだ。


 ――あれ、なんでここに。


 一瞬、家に忘れていったのかと思ったが、そんなはずはない。

 自分は学校帰りに、隣町まで電車で行ったのだ。

 帰りはパトカーで近所まで送ってもらったから気づかなかったけれど、いつの間に落としたのだろう……。


 手に取り、中身を確かめる。

 遊園地に行く前と何も変わりない。学生証も、ちゃんと入っている。


 ――学生証……。

 そこには、自宅の住所も記載されている。


 理由のない寒気がした。


 あの医者は、あれからどこへ行ったのだろう。

 今まで感じなかった疑問が、急に湧いてきた。


 これがただの悪い夢なのなら、自宅に帰れば終われる。

 おかしいのは、あの場所だからだ。

 でも、それが人間だったらどうだろうか。あそこから逃げたところで……。


 ――大丈夫だよ、ボクがいるから。


 姉の楽しげな笑い声が、すぐ耳元で聞こえた。


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