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灰色の城  作者: 新手
2/3

中編


   ***


 ――遊園地は荒れ果てていた。


 ほとんどの設備は撤去・解体され、あたりは雑草が生え放題。

 アスファルトを緑にカラー塗布した通路は、かろうじて草を防いではいるが、ところどころ剥げた塗装が実にみっともない。これならアスファルトがむき出しのほうがマシだ。


 片耳は欠け、目は潰れ、足が消えてなくなって、不気味な別の生き物のようだったけれど。ウサギらしい、遊園地のマスコットキャラクターの絵が書かれていたところもあった。


 残された遊具は比較的大きなものばかりで、遠目でもよく目立つ。

 それはまるで草原に、古びた奇妙なオブジェが置かれているかのような、因果逆転の錯覚を感じる。


 倒壊したミラーハウス、間が抜け落ちたジェットコースター、首なし馬ひとつしかないメリーゴーランド、不気味な濁った沼だけが残るアクアツアー……。

 どこも見覚えがあるようで、見覚えがないモノたちばかり。


 そして遊園地のお城、ドリームキャッスル。

 名前を略すと――。


 昔、そんな名前のゲーム機があったよなと、新一はぼんやり考える。

 ドリームランドを略しても、ゲーム名になりそうだとか。益体のないことばかりが思い浮かぶ。


 城は、見るからにハリボテだった。

 実際に木で出来ているという意味ではなく、偽物で見かけ倒しという意味でだったが。


 コンクリートで固めて、上から塗装でそれらしくデコレーションされたそれは、単なるモニュメントの一種であり、城どころか人の入るスペースがなかった。

 元は真っ白だったろう外観も、薄汚れてみすぼらしい。


 色褪せた灰色だ。黒カビらしきシミもある。

 遠くから見ればまあ城なのだが、近くで見ると微妙に小さい。窓の(と言っても壁に盛られてそれっぽく見える出っ張り、開かない窓だが)のサイズから考えて、三分の一のスケールであればいい方だろう。


 ようは分厚い壁、石垣と一緒だ。

 地下室どころか地上階すらない。


 城というよりは、城壁といったほうが良いかもしれない。

 使っているコンクリートの量から考えて、お金はかかっていそうな感じが泣けてくる。


「やっぱりウワサはウワサってことかな」


 ひかりの気落ちした声がする。

 周りをぐるりと一周したが、どうやら何も見つからなかったようだ。


「やっぱり何もなかった?」

「やっぱりって何よ……。まあ、なくもなかったんだけど」


 言葉を濁すひかり。

 彼女にしては切れの悪い返事だ。


「何かあったの?」

「まあ……」


 彼女は返事の代わりに、背を向けて歩いていく。

 ついて来いというのだろう。新一は素直に後を追う。

 ぐるりとお城を、左回りに四半周すると――、


「なにこれ」

「地下室の入り口? 的な……」


 紹介されたそれは、プレハブ小屋だった。


 お城から道を挟んだ、もはや雑草畑にしか見えない芝生の上。

 まだ真新しく、最近も人が手入れしているかのような――。


「これ、遊園地が廃園になってから建てられたヤツじゃない?」

「多分ね。まあ、管理小屋かなんかかな。そりゃ廃墟だからって管理者いないわけじゃないんだろけど。ちょっと、これは風情がないよ……」


 そういう問題だろうか。

 管理にこういう施設を建てるとは聞いたことがないが、廃墟巡りのバスツアーがある御時世だ。空気の読めない主催が、風情のない休憩所を建てることもあるのかもしれない。


 ……まあ、なんにせよ、これが地下の拷問部屋への入り口ではないことは確かだろう。

 奇しくもハリボテ城と同じ灰色の壁材が使われているが、関連はそれくらいだ。

 もっともこちらは最初からの色で、清潔感のある灰色だが。


「でも、鍵がかかってるんだよねー」


 プレハブ小屋の引き戸に手をかけ、彼女が力任せにガタガタ動かす。

 物音が小さく響くだけで、小屋はびくともしない。


 ――そりゃそうだ。

 鍵がかかっているのだから。


 廃墟ということで少々感覚が麻痺していた。

 ここは、他人の敷地だ。

 現実的な建物を見たことで冷静になったが、訴えられても仕方がない状況でしかない。

 しかも二人の格好は、学校指定の制服のままだ。誰かに見つかったら、逃げたところで言い逃れは出来ない。

 小心者の新一は、思わず辺りを見回し――、


 女の子と、目が合った。


 まだ年齢は一桁くらいだろうか。

 幼い女の子。

 切りそろえた前髪。

 黒い髪が長くて、腰まであって。

 白い肌。白い着物。


 その顔は、どこかで、見たような。


「――新一?」


 ひかりの声でハッと我に返った。

 見れば不機嫌そうないつもの彼女が、若干眼力を強くして、こちらを睨んでいる。


「え、何?」


 話を聞き流していたようだ。


「何? じゃないっての。――なんか顔色悪いけど、幽霊でも見た?」


 彼女はそのままお説教――とはならず、こちらを怪訝そうに見た。

 どうやら相当に青い顔をしていたらしい。


 ――幽霊?


「いや、いま、そこに」


 何もいない。

 女の子なんていない。

 白い着物や黒髪に見間違えるものもない。

 あるのは薄汚れた、灰色の夢の城(ドリームキャッスル)だけだ。


「なんもないけど」

「え、あれ、じゃあ何もない」

「……なにそれ」


 自分でもわからないものなんて、説明出来るわけがない。


 一瞬、白い着物に見えたが、多分、ワンピースだろう。こんなところで着物の子どもがいたら変だし。

 新一はそう思いこむ事にした。

 そして、()()にどういう意味があるのかは、考えない。

 考えたら怖いからだ。


「幽霊でも見たんじゃないの?」


 不機嫌だった彼女が、満面の笑みでこちらに迫る。

 しまった。彼女はそういうモノが好きなのだ。


「そんなもん見てねーし! 普通だし!」


 見た事なんてあってはならない。

 気づかれてもならない。

 新一は思わず声を荒げるが、完全に逆効果だ。

 ひかりは笑顔のまま、新一のわき腹をツンツンつつく。くすぐったいを通り越して、ちょっと痛いくらい。


「ちょっ、ば、バカ、やめ――」


 その時だった。


「バカはお前ら二人ともだよ」


 嘲笑う、男の声が背後からした。

 振り向くまもなく頭に衝撃。背中。腹。

 ――痛い。

 そう認識したときには、新一は地面に倒されていた。


「ちょっと寝てろや」


 バチバチと、はじける音が、耳元で聞いたことのない音が鳴った。

 なにかが首筋に押しつけられて、頭の中で火花が散った。


 ――暗転。



   **** ***** ******


 泣き叫ぶ声だった。

 女性の、悲鳴だった。


 聞き覚えのあるような、ないような。

 ひどく痛々しくて。

 耳障りだ。

 心が抉られる。

 それが何度も、何度も――。


 コンクリートの床。

 冷たく、なめらかで、少しざらついている。


 また悲鳴が聞こえる。――うるさい。

 思わず声を止めようとして。

 手足が縛られている事に気づいた。


「……やっと、起きたの」


 目の前に、あかりがいる。

 それで、ようやくこれが現実だと認識した。


 なにが起こったのか……あの、痛みを伴う衝撃は、何者かに殴られたのだろうか。

 まだ首の後ろには、ビリビリと痺れるような違和感がある。

 どうやら、気絶をしていたようだ。


 彼女も手足をロープ――いや、ビニール紐で縛られ、床に転がされている。

 抵抗したのだろうか。彼女の黒縁眼鏡は左レンズが割れていて、縦にヒビが入っていた。


「そんな顔しなくても平気よ。……まあ、ちょっと殴られたけど」


 ちょっと、で強化プラスチックのレンズは割れない。

 気の強い彼女のことだ。強い言葉を吐いて、暴漢に噛み付いたことは簡単に想像出来る。


「ごめん」


 新一の口から謝罪の言葉が出る。

 自分が、こんなところに連れてこなければ。


「ばっ……別に、アンタは関係ないわよ。私が勝手に怒っただけ」


 焦ったように、あかりは否定する。

 その口調からするに、どうもこちらの事で怒ってくれたらしい。彼女も誤魔化すのが下手だ。

 その結果殴られたのだとしたら、余計に申し訳ないけれど。

 新一は珍しい彼女の表情を、微笑ましく思い――。


「――も、もういやぁ! た、だ、ぁあ、たすけ……あぁあああぁぁ」


 悲鳴で、思考を遮られた。


 ――なんだ……?

 ここは、どこなのか。

 自分はどういう状況なのか。

 意識がハッキリするにつれ、不安が増していく。


 新一はあかりから視線を外し、顔を上げた。

 パラリと、頬から砂利が落ちる。

 蛍光灯の強い光が視界に入り、目が眩んだ――。


 それは、窓のない部屋だった。

 打ちっぱなしのコンクリートで出来た、圧迫感のある部屋。

 その壁にはなにか液体が飛び散った、染みのようなものがある。


 通気口の金網ひとつと、出入り口の鉄の扉。

 読み食いした残骸が床に幾つか転がっていて、その中にはアルコール類も混じっていた。

 家具は壁に沿って置かれた傷だらけのロッカーと、部屋の中央にあるパイプベッド、ロッカーの反対側にある長椅子くらいで、


 ――ベッド。

 正確にはベッドの上だ。


 黒い、ストッキングを履いた足が見える。

 引き裂かれて、穴だらけで。

 白いブラウスも、濃い色のスカートも、もはや服の役目を果たしていない。


 思考が、途切れた。


 そこには、ベッドの上には半裸の女性がいた。

 下卑た笑いを浮かべた男たちに押さえられ、泣き叫んでいる。

 先程から聞こえていたのは、彼女の声だったのか。

 ここからでは顔が、よく見えない。


「ギャーギャーいつまで騒いでんだ」


 髪型がツーブロックの、強面の男が女を殴る。

 小さな悲鳴を上がり、女の声がすすり泣きに変わった。


「はぁー、ハツモンはやっぱダメだわ。うるせえし、ろくに濡れねえし、面白くもなんともねえ。年増だからヤリマンだと思ったのによ。ガッカリだわ」


 着乱れた金髪の男が、そう言いながら女から離れ、


「やっぱレイナ呼べよレイナ。こんなテキトーな女じゃ気持ちよくイケねぇわ」


 乱暴な仕草で髪をかき上げながら、長椅子に座る。


「先にヤラせろって騒いだわりに、テメーは文句ばっかだな阿久津。レイナは仕事日だから来ねえっつってんだろ」


「ああ? ケンカ売ってんのか佐川ァ」


「売ってるのはテメーだ」


 ツーブロックの男は、ため息をついて金髪の男をあしらった。


 ……ツーブロックの男が佐川で、金髪の男が阿久津だろうか。

 どちらも知らない顔だ。

 自分たちに比べると、少し年上……二十代くらいに見える。


 部屋にいた男は、全部で三人。

 最後の一人は、最初から長椅子に座っていた。


「やめとけ」


 ぼそりと、小声でつぶやく。

 サイドに二本、交差したラインが入った坊主頭の男。


「やめとけ、じゃねえよ鰐淵。お前は声が小せぇんだよ。もっと声張れ声」

「……」


 肩を抱いて絡んでくる阿久津に、鰐淵は無言だ。


「ホント、ノリ悪いなお前。レイナ一筋もいいけどよ。もっと俺たちの遊びに付き合えよ。なぁ?」


 鰐淵はそれには答えず、


「起きたぞ」


 そう言って、こちらを指差した。

 思わず、身体が硬直する。


「おお、起きたか少年」


 阿久津は上機嫌に笑い、おどけた口調でこう言った。


「ようこそドリームキャッスルの拷問部屋へ。こんな廃墟にノコノコやってきたお前らは、どうしようもねえバカだな」


つづく

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