0. プロローグ
西暦2235年、天の川銀河、惑星系ニューブリストル、同盟帝国領空(連邦実効支配領空)
人類が地球という青き牢獄を抜け出してから約200年。人類は地球の周り半径500光年ほどの空間を支配権に収めていた。ただし、それは人類が一丸となって成し遂げたことではなく、3つの勢力が互いに競い合い、領空を広めていった結果である。その間、人類は3つの勢力を結束させるであろう地球外知的生命体を探し続けたが、いまだ遭遇することは出来ていない。そして、西暦2233年、3勢力のうち2つ、日英同盟帝国(Imperial Alliance of Chrysanthemum Cross)とユーラシア共産連邦(Union of Eurasian Socialist Republic)との間に経済的イデオロギー、宗教問題、過去からの因縁などを巡った戦争が勃発してしまう。
年は西暦2235年、ユーラシア共産連邦の実効支配下にある同盟帝国領空においての連邦軍防衛体制及び同盟帝国新型戦艦の戦闘能力を探るため、惑星系ニューブリストルに同盟帝国空軍航空主力艦(Imperial Alliance Air Force Capital Ship)S.I.R.千本桜(Ships of the Imperial Realms Senbonzakura)が出撃していた。
「超空間ゲート確認。方位V207°H166°、距離0.2AU、数37!」
千本桜のオペレーターはたった今センサー上に表示された情報を読み上げた。緊迫に包まれ、静まり返った千本桜のブリッジにオペレーターの声が響き渡る。
「非常警報発令」
それを聞いたキャプテンは、直ちに千本桜とその船員を戦闘態勢へ移行させる。たちまち、船内は戦闘状態を表す赤い光に包まれ、けたたましく警報が鳴り響く。扱い慣れていない新型戦艦たった1隻で、敵艦隊と戦闘するという事実に、船員たちはいくらかの緊張を感じ、それを不覚ながらも行動に出してしまっていた。しかし、キャプテンは全くの焦りを見せず、手元にあったタブレットで同盟帝国空軍指令から与えられた任務内容を平然と再確認する。
「我々が惑星系に到着してからたった時間は?」
「19分です」
千本桜に与えられた任務は二つ。一つは、連邦海軍が領空を侵犯する機体に対してスクランブルするのにかかる時間の計測。そして、もう一つが同盟帝国空軍の新型艦、千本桜級戦艦、の戦闘能力測定だ。
「パイロット、面舵いっぱい、バンク30°。ガナー、主砲を右舷へ」
船員たちに緊張が走る中、キャプテンはいずれ平然に、冷静的確に指示を出す。
「オペレーター、敵艦隊の構成は判別可能か?」
「はい。主力艦2隻、母艦1隻、巡洋艦4隻、フリゲート艦8隻、コルベット艦22隻です」
この情報に、キャプテンは初めて平然さを捨て、驚きと不安の表情を見せる。単なるスクランブル発進で主力艦や母艦を出撃させるなどということは前代未聞だからであり、スクランブルにこれらの戦艦が出てくるということは、連邦海軍はスクランブルごときに主力艦を回せるほど、戦艦数に余裕があると推測できるからである。
だが、キャプテンは直ぐに平然を取り戻し、今度は不敵に笑みを浮かべる。何故なら、37隻からなるスクランブル艦隊に戦闘を挑む千本桜は、デジグネーション1Kにも及ばない従来の主力艦(Ship of the Line)ではなく、デジグネーション2Kの主力艦(Capital Ship)だからである。
接近する連邦海軍スクランブル艦隊に対して、千本桜は、全長2048mもあるその巨体をバンクさせながら右へと旋回し、金属の塊を光の2%の速度で弾き飛ばす52cm超電磁砲4連装砲塔全9基を敵艦隊へと向ける。
「シールド展開、主砲チャージ完了、CIWS対空防衛砲起動。オールグリーン、いつでも戦闘可能です」
「敵母艦、戦闘機を発艦!」
「ガナー、コルベット艦から狙え」
「コルベット艦からの撃破、了解。まもなく有効射程範囲内に入ります」
37対1にも関わらず、千本桜が撤退ではなく交戦の意志を示したため、連邦艦隊は戦闘態勢に備えた陣形の組みなおしを余儀なくされていた。コルベット艦は、千本桜を囲むように半円形に展開され、その後ろに、主力艦、巡洋艦、フリゲート艦がV字に展開、そして、母艦をV字の中心で守るように配置した。陣形が整うと、母艦は直ちに要撃機、戦闘機、及び爆撃機を発艦。
「コルベット艦、有効射程範囲に入りました! 敵戦闘機からミサイル発射を確認」
「撃ち方始め」
キャプテンが攻撃開始の合図を出した直後、コルベット艦を射程に捉えていた36門は一斉に火を噴く。36発の砲弾に対してコルベット艦は22隻、その内14隻には2発の砲弾が襲い掛かる。コルベット艦は回避を試みるが、光の2%の速度で迫りくる砲弾を避けることができた船はたった5隻、12隻はシールドを破壊され、残りの5隻は2発共に避けられず、撃破される。
コルベット艦が必死に回避行動をとる中、戦闘機はそのスピードを生かし、千本桜へ猛接近し、数百本のミサイルを主砲やシールド発動機関めがけて発射する。従来の主力艦であれば、搭載されていたCIWSは、20mm連射レールガンであり、数百本のミサイルを相手にするのは不可能であっただろう。しかし、新型の主力艦、千本桜級に搭載されたCIWSはレーザー式であり、その数も従来の3倍となっている。ミサイルはシールドへ到達する前にことごとく破壊され、接近したことが仇となった戦闘機も撃墜された。
回避行動からの態勢を立て直しがままならないコルベット艦へ向けて千本桜の二発目の猛攻が襲い掛かる。2回目も回避できたコルベット艦はおらず、全隻被弾。13隻撃破、残りはシールドを失った4隻だけとなった。
「コルベット艦、18隻撃破。残り4隻は撤退している模様」
「よし、次はV字の先端にいる主力艦を狙え、1隻ずつだ」
コルベット艦による千本桜包囲作戦が失敗した連邦艦隊は、T字戦法によって有利を得ている千本桜からその利点を奪うため、直ちに右旋回を始める。そして、千本桜を有効射程範囲内に捕らえた戦艦は、主砲による反撃を開始した。
「敵艦隊、右旋回をしている模様! 主力艦、巡洋艦から発砲を確認!」
「回避不可!」
「全弾着弾! シールド……化け物かよこの戦艦……92%です!」
敵の主力艦と巡洋艦からの発砲、千本桜による回避の不可、全弾着弾という立て続けのニュースに、キャプテンを含めるブリッジにいたクルーは顔を青くする。だが、その直後にオペレーターが口にした言葉と読み上げた数値に、皆の顔が不敵な笑みへと変化する。
「何! 何弾着弾した?」
「32弾です」
「化け物だ」
千本桜の進行方向と平行に航行を始めた敵主力艦に向けて、千本桜の36門の主砲が一斉に火を噴く。連邦艦隊の主力艦は回避を試みるものの、36発中31発が命中。シールドは、そのうちの29発を受け止めたが、2発が船体の後部へ着弾し、リアクターを撃ち抜いてしまう。直後、被弾した主力艦は青い光に包まれ、大爆発を起こす。光が途絶え、デブリが拡散し、視界が晴れた途端、連邦艦隊のもう一つの主力艦も千本桜の猛攻に襲われ、最初の主力艦と同じ末路をたどる。
「主力艦2隻ともに撃破!」
「よし、次は巡洋艦を狙え。2隻ずつだ」
「キャプテン! 新たな超空間ゲートを確認。方位V002°H033°、距離0.12AU、数11。構成は巡洋艦1、フリゲート艦4、コルベット艦6です。これがスクランブル艦隊かと思われます!」
「何……、我々が今戦っているのはパトロール艦隊か」
キャプテンはたった今オペレーターから入った情報に、安堵の表情を見せる。この情報は、つまり、連邦海軍は主力艦や母艦をスクランブル艦隊には配置しておらず、スクランブルにも19分以上かかるということが分かった、ということだからだ。
「更に超空間ゲートを確認! 方位、距離同じく、数130! 構成は母艦4隻、主力艦24隻……連邦海軍の主力艦隊です!」
「オペレーター、空軍本部へ至急連絡。帝国領空内に敵主力艦隊あり。パイロット、逃げるぞ」
連邦海軍がスクランブル発進にかかる時間及び新型戦艦の戦闘能力の計測という二つの任務は既に完了していたため、キャプテンはすぐさま撤退命令を下す。
「送信完了」「了解、ポーツマスステーションへ帰還します」
同盟帝国空軍基地へと方向転換を始めた千本桜に対して、連邦海軍主力艦隊は狂ったように連携の取れていない攻撃を開始する。生き残っていたパトロール艦隊の爆撃機は、飛行隊が主力艦隊の母艦から発艦していくのを確認し、再度千本桜への攻撃を試みる。
同盟帝国が導入してきた前代未聞の巨大戦艦をどうしてでも撃破しようとする連邦艦隊に、千本桜は数少ない弱点の一つを露にしてしまう。千本桜級戦艦は巨大であるため、従来の主力艦よりも大きな的となり、回避能力が極端に低いのである。
「敵艦隊から発砲を確認! 35発、……46発、……77発着弾!」
「シールド、66%です」
「ミサイル320発、及び魚雷6発、来ます!」
人類が宇宙へと進出して200年、ミサイルはこれといった進化を遂げず、精々速度が上がり、核弾頭の威力が向上し、誘導システムが執念深くなったくらいだが、魚雷は違う。200年前の魚雷と言えば、水中を進むスクリュー付のミサイルと言っても過言ではない物だった。しかし今の魚雷は、ロケット推進となり誘導性を失ったものの、分厚い装甲とシールドを兼ね備えているため、CIWSや対ミサイル・ミサイルでは撃墜出来ない代物となっている。魚雷にはさらに、シールドではなく船体に触れたときのみ爆発するようプログラムがされており、ターゲットのシールド周波数を感知し、自らのシールドをそれに合わせることによってシールドを突破する機能を搭載している。敵船のシールドに体当たりをし、シールド内へ潜り込もうとする魚雷のその姿は、まるで卵子に突撃を掛ける精子を思い浮かばせる。
「パイロット、回避せよ。オペレーター、シールドの周波数をスクランブルだ」
「了解」「了解」
「ミサイル22発着弾、放射線による危険はありません。魚雷4発回避」
シールドオペレーターが千本桜の被弾情報を読み上げる中、大きな衝撃が千本桜の中を駆け巡る。
「魚雷2発、シールドを貫通、後方シールド発動機管及びエンジンルーム付近に着弾。弾頭は核ではないようです」
『こちらエンジンルーム、超空間エンジンがやられた!』
オペレーターが2発の魚雷による被害を読み終えた途端、通信機が光り、エンジンルームからの情報をブリッジに伝える。
「敵艦隊、さらに撃ってきます!」「シールド40%です!」
「オペレーター、緊急援軍要請を本部へ。パイロット、全力で回避行動をとれ」
キャプテンが命令を下した直後、千本桜の右舷真横に超空間ゲートが出現した。その近さに、パイロットのHUDは危険を表す赤色に染まり、ブリッジには接近警報が鳴り響く。
「超空間ゲートを確認! 近い、右舷たった20m、数1、船種はフリゲート艦かと思われます」
「敵か味方か、どっちだ?」
「IFFコードを確認……そんな……まさか……」
ゲートから飛び出してきた船は、千本桜の10分の1、連邦主力艦の4分の1程度しかない、軍用艦ならばデジグネーション0.2Kに値する小さな船であった。それが味方であるならば、主力艦隊を共に相手する千本桜にとって、余りにも貧弱な戦艦なのである。フリゲート艦というだけで、足手まといにもなり兼ねない存在であるというのに、その船の塗装は剥げ落ちており、船体はお世辞にもメンテナンスが行き届いているとは言い難い、軍用艦とは思えない状態なのである。
だが、前進翼型の戦闘機を巨大化した様なその姿と、千本桜へ送ったIFFコードは、紛れもない事実を告げていた。この船……いや、この軍艦は、同盟帝国空軍レイブン級重フリゲート艦三番艦S.I.R.白鷺であると。
「オペレーター、どうした? どこの艦隊のフリゲート艦だ?」
「……」
スクリーンを見つめたまま反応が無いオペレーターに、キャプテンが声を上げる。
「オペレーター、ヘレン・ウィリアムズ上等兵、応答せよ!」
「……駆逐艦シラサギです」
「君が以前乗っていた軍艦か。破壊されたと聞いたが……」
キャプテンがオペレーターの動揺に納得した直後、ブリッジのメインスクリーンにシラサギからのビデオ通信が映し出される。
『やあ、ヘレン。迎えに来たよ』