リスポーン
鉛の弾の雨に打たれることもある。音速を超えた弾丸に頭を貫かれることも多々。
音もなく忍び寄る敵に、ナイフで引き裂かれることも、爆弾を投げつけられることだって少なくない。
僕達は生まれた時から戦場にいて、死ぬ時も戦場だ。
生まれたその瞬間には既に、厳しい訓練を耐え抜いた後だったり、よく知らない政府に楯突くゲリラだったり。生まれたその瞬間から、僕は銃を握り、その役割を全うするしかないのだ。
それは僕だけじゃない、戦友も敵兵もみんなそうだ。
僕達は、戦場で生まれ戦場で死ぬ。
隣で戦友が死んだ。敵狙撃手にありえないような距離で頭を撃ち抜かれたのだ。数秒後、死んだ戦友は息巻いてやってきた。
戦場では誰も死を恐れない。敵も味方も、生まれた時から戦場にいるのだ、当たり前だろう。
それに僕達は何度だって蘇る。その戦争が終えるまでは、僕達は真の意味では死ねない。
死んだ記憶は忘れない。眼前に迫る弾丸や、突如喉を鋭いナイフで搔き切られる衝撃も、目のくらむような眩い光と身を焦がす熱も。それでも僕達は司令官の言われるがまま戦場へと赴く。
僕達にとって、死とは蘇るための条件でしかないのだ。
戦争が終わった、戦争の終わりは僕の終わりだ。
僕はもう形式的な死を迎えなくていい、僕達に次の戦争はない。
戦場で生まれ、戦場で死に、戦場で蘇る。僕達にとって戦地は大地であり、弾丸や爆弾は水や食料のような生きるために必要なもの。戦争が終われば、僕達からは弾丸も爆弾も奪われ、大地は失せる。
次の戦争は次の僕に任せよう。
僕の人生は終わったのだ。