2.2000年の引き籠り
引き籠って2000年ほど。
何の音もしない、静かな場所でずっとひとり。食事の必要もないから外にもでていない。やることと言えば自分を鍛えるくらいだったが、それももうずいぶん前に極めてしまっていた。以来、寝てばかり。飽きるほどの退屈に身を任せ、寝てばかりいた。
今日も微かな星明りの中、ひたすら惰眠をむさぼっている。相変わらずやらなきゃいけないことも、やりたいこともない、なんの変哲もない夜。ふと目を開け、誰かこの退屈を壊してくれたらいいのに、そう思いながら星を見た。
星に願い事をすると叶う、そんな馬鹿な話を信じている訳じゃない。なんとなく思いを込めて星を見ただけ、そんなたわいもない遊びだった。やはり何もなく、変なことをした自分を鼻で笑い終わった。
何もない。明日も、明後日も、何もないだろう。そうやって時間だけが過ぎていく日々が、私に与えられたものだ。さてとと嘆息をつき、瞼と閉じて、つまらない退屈な一日に幕を引いていく。燦々と煌く星々を枕に、意識が緩やかに静まり深く落ちていった。
<なんだ?>
揺らめくまどろみの中で、意識が灯る。感じたそれを見るように、わずかに目を見開き首をもたげた。目の先で小さな空間歪んでいる。するとそこから青白い魔力の光が漏れだし、魔法紋を紡いでいった。
<転移か・・・>
――はて、ここに転移できる者などいないはずだが?
怪訝に思うが特に警戒はしていない。自分を傷つけられる者など、何処にもいないのは知っている。それでもここに来れるならそれなりの力は持っているのだろうと、その珍しい来客をつぶさに見つめた。数回の瞬きののち、魔法紋の光は青白い燐光を残し消える。そして、小さな籠をストッと落としていった。
<籠? ・・んぅ・・爆弾?>
贈り物みたいな籠だが、わずかに血と煙の臭いが香る。すぐに爆弾を連想し、誰か自分を殺すために送ってきたのかと勘繰った。
興味をそそられ体を起こす。
仮に爆発したらそれはそれで面白い。炎が広がるより速く止めて見せよう。自分が傷つけば送り主を探そう。想像は期待に変わり、思わずにやける。そして急くように体を動かし、小さいそれに顔を近づけた。
「あぅーきゃふー」
聞こえてきた声に、点になる。
<ん??? これは・・・なんだ?? 人間の赤子?>
自分を納得させようと、もう一度よく見る。
一応魔力を探るが、他に異常は感じない。
<って・・・待て! なぜ怯えていない? しかもこの人の子、笑ってないか!?>
「だーいーー。きゃっきゃっきゃっ」
自分を見る他の生物はみな怯え、慄き、恐怖する。笑う者など全く記憶にない。それがどうだ。この子は怯えのない目で、面白いものを見るように楽し気な声を上げている。なにをどう見ても、笑っているようにしか見えないのだ。
「きゃっきゃっきゃっ。んふー」
驚愕が体の芯を震わせている。生まれてこの方、ここまで近くで笑っている人を見たことは無い。しかし何度目をこすっても、やはり笑っている人の子がいた。夢じゃないのだ。
「だーだーだー」
しばらく赤子を眺める。
そして疑問を整理するように考えに沈んだ。
これだけ怖がらないのであれば、人間がなにか耐性を得たとしか思えない。だとすればどうやって?いや、その前に赤子がなぜここに来たかだ。
あれこれ疑問を並べるが、どれも2000年も籠っていた自分には適当な答えを出せない。自分の知る人間は、蜘蛛の子を散らすように逃げ怯えるのが当たり前。泣き叫ぶことはあっても笑うなど皆無だ。そもそもここに来た転移魔法だって使えるはずもなかった。悩みは巡り堂々と居座っていく。これはもう、見に行くしかない。
外に出ると、久しぶりの空に向けて身体をゆったりと伸ばす。そして首を少し回して2000年分のコリをほぐすと、翼を広げ空に羽ばたいた。瞬く間に夜空を駆け上がった体を、星明りがしばらくぶりと照らし、闇夜に紛れていた体を映し出していく。
深い闇に染まった漆黒の体に、極彩色で揺れるダイヤモンドのような牙。頭から尻尾の先まで伸びる鬣は、何かの結晶のように煌めき、月の光を虹色に変えている。それは竜ではなく、正しくは龍と呼ばれるもの。それも普通の龍よりも遙かに大きい龍だった。
眼下に広がる大森林と呼ばれる森の遙か先。記憶にある人が集まっていた方向を、七彩色の揺らめく黒眼で静かに見据える。そして翼を振り下ろすと、巨体が風を裂くように突き抜けていき、残った風が踊る様に跳ねまわった。




