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1.プロローグ

それは束の間の一時。

西に見えていた夕日が1日の終わりを告げるように沈み、宵闇が覆いつくそうとする頃、至る所から黒煙を上げている街の片隅で、必死に何かを守っている二人を見ていた。


1人は男。女のような顔立ちをした、髪の短い優男だ。切り詰めた槍のような武器を持ち、その細い手足からは想像できないほどの豪快な動きで、飛来する岩石を撃ち落としている。

もう1人は女。髪と同じ銀色の瞳のせいだろうか。その美しい容貌と合いあって、神秘的にさえ感じる印象の強い女だ。短髪の男の背後で真っ白な籠を守るように小結界規模の魔法の障壁を張り、汗を滲ませながら魔法文字を紡いでいる。


どちらも見るものが見れば、かなりの使い手だとわかるだろう。短髪の男は豪快に岩石を撃ち落としているだけのように見えるが、場所を探るように広範囲に撒かれた岩石を、魔法も使わず結界に当たる前に全て破壊している。きっと魔力を感知されないように魔法を使わないのだろうが、素の力だけで雨のように降り注いでいる岩石を撃ち落としているのだ。豪快に見えるが、その実は繊細にして緻密。自らの可動域を完全に理解していなければ成し得ない芸当だ。

銀髪の女は地味に見えるが、結界魔法自体が高度な魔法。さらに紡いでいる魔法文字は、一文字当たりに上級魔法一つ分と言われる代物だ。それを複数紡ぎ、紋と言われる魔方陣を構築しているのだから普通では無い。放出、形成を経て維持と多分な負荷のかかる作業をあれだけの数、しかも他の魔法を行使しながらなど、集中力はもちろんのこと、よほどの魔力操作技術が無いとできないだろう。


だが彼らはそこまでだ。


この寒空の中、短髪の男はあれだけ激しい動きをしているのにも関わらず、息が白くない。間違いなく身体のどこかを損傷している。それも致命的なレベルで。銀髪の女の方はさらに深刻だ。人の魔力量で、あそこまでの魔法文字を休まず作れるわけがない。魔力は血と同じように、無くなれば体が新たに作り出そうとするもの。当然、行き過ぎれば身を削ることになる。彼女は見た目以上に疲弊しているはずだ。


いくら優れた技量を持つとはいえ、傷ついたあの体では結末は見えている。そう思った矢先、突然終わりが訪れた。


最初は西からの光。


速く、鋭く、冷酷に輝く美しいその赤光は、結界をいとも容易く貫き、間一髪で身を滑り込ませた男の身体を削りながら散乱した。散らばった破壊の光が辺りの壁を削り、大地を穿ちながら無数の傷跡を残す。そして銀髪の女が悲鳴を上げた。紡いでいた魔法紋が傷ついたのだ。


終わりだろう。


魔法紋は円環する魔力があって初めて起動するもの。あれでは使うことはできない。男もあの光の直撃を受けたのだ。命は辛うじて残ったとしても、意識は無いはず。立て続けに北からも赤光が迫っているのが見えた。まさに最後だ。最初に見かけた時、なんとなく気になって見ていたが、結末を見ればあっけないもの、特に残るものは何もなかった。人間二人が死ぬ、それだけだった。そう言えば、彼らが守っていたあの白い籠は何だったのだろうか?ふと視線を戻すと、そこで初めて驚き、一気に目を見開いた。


銀髪の女は魔法紋に身を投げ出し、身体を紋の一部としながら魔力を流している。意識がないはずの男の方は、あろうことか二つ目の赤光を体で止めていた。


――ありえない


頭の中に否定の言葉が奔る。確かに銀髪の女は魔力操作に優れていた。だが、魔法紋の魔力流量と速度は人の認識を遥かに超える。まだ電流を制御している方が現実的なほどに、それは不可能な話だ。短髪の男の方も、考えられないことをしている。先の直撃によって無くなった足に、あの短い槍のような武器を突き刺し、身体ごとぶつかるようにして止めているのだ。そもそも、もう意識はなかったはず。なぜ?理由は?どうやった?駆け巡る思考に没頭する。

そうしている内に、銀髪の女が身を投げた魔法紋は見事に輝きを増し、青白い燐光を舞わせた。そして中心にあった真っ白な籠がその光の奔流の中に消えていくと同時に、男は糸が切れたように倒れこむ。目に映る光景をただ流していく中で、その男の口だけが目についた。


――生きていてくれ


誰に向けた言葉なのかはわからない。その言葉に興味も無い。だが、彼らは面白い。あれこそ真と呼べるものであり、世界の真理に繋がる何かの1つだろう。そういう予感が体の中に沸いている。ようやくと言わんばかりの重い腰あげる。そして、少しだけ口角を緩めると指輪の魔法紋を起動させて、姿を消した。

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