異世界
いまいち異世界に転移されたという実感が持てないが、先程の女性、アニさんというメイドっぽい人と廊下を歩きながら会話をしてみて、異世界に召喚されたことへの真実味が帯びてきた。
この世界では各領地で住んでいる種族もあるみたいで、俺達のような普通の人間である人族、動物の部位の1部等が付いている亜人族、獣寄りだが豊富な身体能力に長けた獣人族。そして魔法に長けている魔族の4種族から成り立っているようだ。
魔族と言われると無意識的に悪魔等を連想したから聞いてみたところ、魔法の扱いに長けた人々が人種関係なく集まった人達の総称を魔族と言うらしい。考え方が合っているなら大半的には俺達の世界の漫画などで出てくるような角や翼が生えていたりとかするものが占めているようだが、『エルフ族』も魔族に含まれるらしい。微妙なラインとして『妖精』は人の種族としては入らないようだけど、会話はできるみたいなので曖昧な感じみたいだ。
しかし、人種関係ないってどういうことだろうか。魔法に長けた人々が魔族とかだと分けるのが大変そうなんだが…
「アニさん。魔族は人種関係なく魔法の扱いに長けてたら魔族ということなら、人間族や他の種族から魔族になったりするケースもあるんですか?」
「それはですね…まだこちらの世界に来たばかりなのであまり知らない方がいいと思いますが、知りたいですか?」
...言葉を濁らされたってことはあまりよろしくない内容ってことか。
「あ、いえ。もう少しこっちの世界に慣れてきたらまた改めて聞かせてください。つい気になってしまったので、すいません」
「気になさらないで下さい、カズヤ様。まずはこの世界の事を知ろうとする事は良い事ですから」
そう言ってアニさんは俺に微笑んでくれたが、様付けされると複雑な気分になる。
この世界...か。本当に異世界に来てしまったんだなぁ。それにしても魔族の存在が気になるな。小説とかだと大抵敵対関係にあるけど、話を聞いた感じだとそうでもないのか?
「そういえば勇者候補って俺以外に何人いるんですか?」
洞窟で目が覚めた時の感じだと未来は確定として、他にも確かいたと思う。
「今回初めての勇者召喚を行いましたが、私が確認した限りだとすれば、あなたを含めて5人だと思います。男性4人、女性1人ですね。
本来なら1人でも召喚できれば成功だったんですが、5人も召喚もされたことにより大騒ぎになってますよ……」
少し興奮した様子で話してくれたが、後半は少し声が小さくなった感じがしたから本当に大騒ぎになったんだろう。実は1人分の用意しかしてなくて慌てて準備をさせられたとかその辺りだろうか。
「王の命令で城中の者達は1人残らず装備の買い出しやその他の準備に駆り出されたので大変だったんですよ。はぁ、、私なんか休憩中に呼び出されたのでたまらないですよ。この間なんかも定刻間際に仕事を押し付けられたりその他諸々....はぁ...」
「ははは...大変だったんですね」
社会人にありがちな哀愁漂う感じのオーラを幻視できるくらいの落ち込みを見せられると居た堪れなくなるな。どこにいってもブラック企業みたいなものは存在するようで、折角の異世界ファンタジーに心躍るかと思えばこの話を聞かされるとしんみりとしてきた。
「さて、カズヤ様。そろそろ他の勇者候補様方がお待ちになっている広間に着きますが...あの、なんでしょうか、その同情したような目は...」
「あ~。異世界でも俺らの世界と似たようなものはあるんだなーっと…思いまして」
...同情の目を向けていたことがばれたようで、アニさんがますます落ち込んでいくのが目に見えて分かる。もうオーラが幻視のレベルじゃないんじゃないかというレベルだ。耳の形も変わったしな。
ん?...耳の形が変わった!?
ゆっくりと息を吐いて落ち着ちついてからまた見ると明らかに変わっている。耳が縦長く、先が尖っている。
そう、俺達が知る『エルフ』のように。
ここは人間族の国のはずだ。なのになぜエルフのような耳が彼女にあるのか。
遠回しに聞いてみるか…
「あの、エルフ族の特徴ってどんな感じなんですか?」
「そうですね、エルフ族は耳が尖っていて、長命なことでも有名ですね。他にも、魔法の扱いが魔族の中でも頭ひとつ抜けているとも言われるくらい魔法に長けており、特に自然の力を利用する魔法を得意としてますね。噂によるとエルフ族のみが使う秘術みたいなのもあるみたいですよ?」
ほほう、やはりエルフ族は魔法が得意なのか。
それにしてもエルフ族だけの秘術か。かなりありがちな感じだけど結構秘密抱えてそうな種族って感じだな。アニさんも使えたりするのかな。耳が尖ってるし。
「じゃあ、アニさんも魔法は得意なんですか?」
「そう…ですね。苦手ではないですし。いきなりどうされたんですか?」
「あの…アニさんの耳の形がさっきと違ってますし。まるでエルフみたいだなーっと、思いまして…」
「へっ?」
「いや、だからアニさんの耳が変わってっ…!」
もう一度教えようとしたら本当に一瞬だった。
彼女が俺を壁に押し付け、喉元は短杖を突き付けられていた。
まずい、藪蛇だったかっ!
ど、どうする!今の動きに反応すら出来なかった…抵抗しても無駄だろうな…
「今見た事は誰にも言わないでください。口外したらどうなるのか…表情を見る限りお分かり頂けたようですね。私としてもあなたに危害を加えたくないので、そうならないようにお願いします…」
そして何事も無かったかのように耳に手を当てるとエルフの耳から人間の耳に変わっていた。
初めて見た魔法が耳の変化って…すごいからいいけど。
「…分かりました。でも…アニさんも気をつけてくださいよ?魔法?が解けた事に気付いてなかったようですし」
「…ぜ、善処します」
そう言いながら目を泳がせている。
さっき魔法は得意だって言ってたのになぁ。
「本当に気をつけてくださいよ?何が理由か知りませんけど、バレたら不味いんですよね?」
「そう…ですね。立場的に色々と…」
アニさん大丈夫かなぁ…結構ボロが出やすそうなんだが。
「二度ある事は三度あるとも言いますし、次がない事を祈っ「そろそろ着きますのでこの話は終わりにしましょうか!」
…逃げたな。さっきの怖かった雰囲気どこいったんだよ。
「この部屋に他の勇者候補様が控えて居られます。私は少しお会いして話しましたが……少々個性がある方も居りますが、大丈夫と思います」
うわぁ、少々の前の溜めが長かったなぁ。
余程個性的というか面倒な感じがしてきた。どう大丈夫なのか問いただしたいけども。会ってみてなきゃ分からんか。
「まぁ、会話さえ出来ればなんとかしますよ。ここまで案内してくれてありがとうございます」
「こちらこそ、短い時間でしたが有意義な時間を過ごさせて貰いました。スズモト様に勇者の力が宿る事を祈って居ります」
勇者…選ばれたのなら決して楽な道では無い。
この世界にとって初めての勇者召喚なんだ。当然期待やプレッシャーも大きいだろう。まぁ、選ばれたらの話なんだが。
もし、俺が選ばれたら…全然分からないな。
なったらなったで考えよう。
扉に手をかける前にアニさんに軽く頭を下げると、メイドっぽくお辞儀をしてくれた。
本職じゃないかもしれんけど…まぁ置いておく。
ドアノブを軽く回して、ゆっくりと部屋に入ると、音に気付いてこちらに振り返るのは話に聞いた俺と同様の召喚された人達。その中には俺にとって何よりも大切な少女が驚いた顔をした後すぐに満面の笑みを浮かべ、こちらに駆け寄ってくる。
「和矢!」