9話 「そうだったわ。ごめんなさい」
足音の絶えた夜更けのクリソベリルシティは深山のように静かだった。
早いもので気がつくともう三日が経過していた。
あれからコナーとはまったく顔を合わせておらず、先ほどパーティメンバーから名前を外してしまった。もちろんその後も音沙汰はない。
ノラは、これでよかったのだと冷静だった。コナーに対して特にこれと言って特別な思い入れもないし。一緒に過ごしたのだって、たった一週間。最初の約束も短期間でという話だったのでここらへんがちょうど潮時だったのかもしれないと納得している。
そして、自分はとことん人付き合いに向いていないという事が今回の件でよくわかった。何よりも、独りでいるほうが気楽だ。
「気楽なのに」
ポツリと出た自分の言葉にため息を落とす。
自分から離れたはずなのに、なんだろうこの空虚な気持ちは。頭ではとっくに整理がついているはずなのにどこか物足りなさを感じている。
なまじ〝おっさん〟等と愛称のようなものをつけてしまったので情が移ってしまったのだろうか。
よく犬・猫に名前をつけてしまうと愛着がわいて、可愛く思えてしまうものだ。多分それと同じことじゃないだろうかとノラは思った。
ノラは、町の中でも一際目立つ大木の傍まで歩みを進めると、その幹に寄りかかるようにして腰を下ろした。そこで二度目の息をついたのも束の間、不意に名前を呼ばれて顔を上げる。
「冴えない顔ね。この間一緒にいた男の子と何かあったの?」
からかうような声が飛んできてノラが辺りを見回すと、少し離れた場所にラスカルを見つけた。
「……ラスカルさん。いえ、あの人はもうパーティも解消したし。関係ないです」
「ふうん、じゃあ彼はノラさんとは本当に何もなかったのね?」
ノラの目の前までやってきて、ラスカルが興味津々に食いついてくる。何でそんな事を気にするのだろうか、と思い怪訝そうに頷くと、彼女は「そうなの!」と至極嬉しそうに口元を緩ませた。
何故だかその時彼女の笑いに嫌な含みを感じ、ノラはその考えを振り払うようにして口早に「依頼に取り掛かりましょう」と言って立ち上がった。すると、ラスカルも同意するように頭を振った。
***
クリソベリルシティの町外れにある酒場の傍までやってくると、ノラは足を止めた。
「ラスカルさん、妹さんが襲われたというのはこの辺りですよね?」
ノラが少し前を歩くラスカルの背中に問いかけると、彼女は「ああ」と素っ頓狂な声を上げて満面の笑みで振り返った。
「そうだったわ。ごめんなさい」
胸の前で両手を合わせて笑うラスカルに、ノラは眉を顰める。
これから戦闘体制に入るというのに、この余裕な態度。
しかも、自分の大切な妹が酷い目にあった男と会うというのに、へらへらと笑いながらだ。どういう神経をしているのだろうか。
ラスカルの挙動に疑念を抱いたノラは、思わず身構えてしまう。