8話 「おっさんは、関係ないでしょ? 引っ込んでてよ」
「で、依頼と言うのは?」
コナーが身を乗り出して、ラスカルに尋ねるとノラに後ろから引っ張られてしまった。
「おっさんは、関係ないでしょ? 引っ込んでてよ」
「なくないよ、仲間なんだから」
「仲間、仲間って一時の関係でしょ!」
「一時の関係だろうがなんだろうが、俺にとって猫ちゃんは大事な存在なんだよ?」
空いた椅子に腰を落として、二人の口論を黙って見守っていたラスカルは所在なさげに手を上げると、軽くそれを振って自分に注意を引いた。
「あの~すみません、もしもし~? 依頼の話をしてもいいです?」
「「どうぞ」」
「……実はですね、最近ここらで若い女性プレイヤーを狙った事件が発生していまして。夜道をひとりであるいていると大柄の男が現れてその場で乱暴されてしまうとか……その男をどうにかして捕まえたいのです」
数秒思考した後に「まさか……」とノラが疑念の目でコナーを見ると、彼は慌てたように「俺は何もしてないよ! というか何で俺疑われてるの!」と声を上げた。
ノリ突っ込みを一人で繰り広げているコナーを無視して、ノラは場を仕切りなおすと「それで?」とラスカルに話の続きを催促した。
「ノラさんに、ひとつオトリになって協力して頂けないかなと。その男は、丁度ノラさんみたいな真っ黒い髪の毛を長く伸ばしていて、真っ白い肌をした女の子が大好物みたいなんです」
ノラが眉を引きつらせると、ラスカルは急にあらたまった様に姿勢を正して「お願いします」と頭を深く下げてきた。
それを目の当たりにして口をつぐんだノラの代わりに、コナーが言葉を続ける。
「できないよ。というか、悪質なプレイヤーを取り締まるのは、運営の仕事じゃないか? どうして一プレイヤーの君や、猫ちゃんがそんな危ない目にあってまで犯人を捕獲しなきゃいけないんだよ?」
コナーに指摘されると、ラスカルは「それは……」と困ったような顔で俯いてしまう。その態度にコナーは、不審の念を抱いた。
「何か理由があるのなら正直に話してほしい」
「……ただの私怨です。その男についこの間妹がレイプされたのです。傷物になった妹の無念を晴らす為に姉の私があの男を手にかけてやるんです」
ノラは、いったいなんのことを言っているのかわからなかったが、意味を理解した途端、自分の体から血の気が引くのを感じた。
現実世界にいたとき、ヤクザの男に乱暴された事を思い出したのだ。
ノラが真っ青な顔で目を泳がせているのを見て、コナーは目を細める。
「ラスカルさん、悪いけど。そういうのは他をあたってくれないかな? 猫ちゃんには、オトリとかそういうの向いていないと思うんだよね」
落ち着いた口調で断りを入れるコナーの声にノラは、ハッとなった。今回の依頼、内容は別として報酬金額は驚くほどに良い値段だったのだ。実はここ最近全ての支払いをコナーに任せてしまっていた。
それにはノラが無一文だという理由もあったが「女の子に払わせられないよ」というコナーなりの紳士さのアピールでもあった。しかしいくらパーティを組んでいるといってもおんぶにだっこは気が引ける。
「わかった、やる」
ノラが小さく頷くと、ラスカルとコナーは驚いたような表情を向けてくる。
「本当に?! 本当に手伝ってくれるの?! ありがとう!」
「猫ちゃん……っ。ちょっと待ってよ、そのオトリ作戦が失敗して、もしもの時はどう対処するの? ちゃんと案があるんだよね?」
続けざまに、コナーがラスカルを問いただすと「そういうのはこれから考えていこうと思っているので」となんとも間抜けな返事が返ってきた。悪びれない態度で答えているところを見るに、他人にオトリ捜査をお願いするのがどういうことか、多分このラスカルという女性はわかっていないのだろう。
コナーは「お話にならないな」と頭を振って、立ち上がった。
***
店を出てラスカルと別れた後、ノラはコナーから離れようと足を一歩踏み出したが腕を掴まれて制止された。気安く触るなと、その腕を振り払う。自分でも驚くほどに冷ややかな対応だった。
「猫ちゃん、どうしてあんな依頼受けたの」
憮然と言い放つコナーの顔を、ノラは横目で鬱陶しそうに眺めた。そして、小さな声で「金になるから」と吐き捨てる。
「お金のためなら何でもするの? それって間違ってない?」
その口調から、コナーが怒っているのは明白だった。不快感をおさえきれないという様子でこちらを見つめている。
「私はこれからこの世界で自立して生きていきたいの」
「ずっとこの世界で生きていくなんて無理にきまってるだろ。現実世界の自分の体がぼろぼろになるよ。それに、そんながむしゃらになって働かなくても、お金なら俺もってるし。ほしいのがあるなら買ってあげる」
現実世界の自分の体……という言葉に、ノラはあからさまに顔をしかめた。
カプセル<イースター>に身を置く自分の体には命が宿っている。
それはノラが望んで授かったものではない。
わざと思い出さないように、毎日レベル上げに明け暮れていた。
斬る・倒すという単純作業を朝から晩まで続けることで、この悲劇から目を背けてきていたのだ。
コナーが自分を心配して言ってくれているのはわかっていた。けれど、余裕のないノラは刺々しい気分のせいで、ついこう言ってしまった。
「そういうのが嫌なの! もう誰の手も借りたくない! 私はひとりがすきなの! おっさんのお荷物になるのなんか死んでもごめんだから」
その言葉を聞いた瞬間、コナーの眉尻がピクッと上がった。
「……ふうん。じゃあ、俺からも仕事の依頼。お金払うから、キスさせてくれない?」
「……は?」
「お金のためだったらなんでもやれるんでしょ? じゃあ、させてよ?」
また罵倒するような言葉が返ってくるだろうとコナーは頭の隅で考えながら言い放ったのだが、予想に反してノラは不意に肩を落とすと「そうだね」と一言呟いた。
そのままコナーの目の前まで移動すると、彼の胸倉を強く掴んで自分の方へと引き寄せる。
重なった唇から、息を飲む気配を感じた。突然のことに、コナーも目を見開いて驚いているのだ。
「……あんたなんか大嫌い……っ」
消え入りそうな声で呟いて、ノラは彼を突き放すと背中を向けて走り始めた。コナーからは、返事もなければ後を追ってくる様子もなかった。