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5話 「医者にこのゲームを勧められたんだよ」







「おっさん、遅い」



 ノラとパーティメンバーのコナーは、始まりの地である、クリソベリルシティ界隈かいわいを歩いていた。クリソベリルには、まだゲームを始めて間もないプレイヤーたちが集まり。パーティを探したり、装備品やアイテム等の調達に訪れている。賑わう町をノラはズンズンと進んでいった。



「待ってよ、猫ちゃ~ん」



 この猫ちゃんという呼び名は、コナーがノラににつけた愛称のようなもので、ソロ活動専門だったノラが、パーティを組んで仲間ができ、ノラでなくなったことからただの猫になったらしいのだが、ノラ本人からしてみたらそんなことはどうでもよい話だった。



「もっと早く歩いて」


御老体ごろうたいにそんな酷なこと言っちゃいけないよ。はあ、疲れた。ちょっと休憩しない?」


「それじゃあ、おっさんは一生ここで休憩してて、さよなら」



 石畳の階段の前で足を止めたコナーにうんざりした口調で言い放つと、ノラは背を向けてさっさと歩き出してしまう。



「あー! わかった! わかりました! 歩きます!」



 コナーは、ノラに縋り付くように引き止めると、観念したようにまた歩行を開始した。



「昨夜は猫ちゃん中々俺を開放してくれなくて、結局寝付いたの朝だったからね。もうくたくただよ」



 非難めいたようにコナーが言うと「だから他人と組むと面倒くさいんだ」とノラは眉を顰めた。


 ここ数日、二人の出会いの場所でもある〝迷いの森〟と呼ばれる狩場(レベル上げスポット)でレベルを上げることに集中し続けていたノラだったが、今日は気晴らしなのか突然「町へ行くぞ」と言い出したのだ。



「私は、ガンガンレベル上げをしてもっと強くなりたいの。方向性の違いってことで解散でいい?」


「音楽の方向性が違うから脱退するバンドマンみたいな発言しないでよ……それよりもさ」



 コナーはノラの解散発言を受け流すと、話題を変えた。



「ゲーム開始から今日で一週間だけど、猫ちゃんいつログアウトして休息とってるの?」


「……休息?」



 ノラが首を傾げて意味が分からないという表情になる。

 


「はあ、やっぱりとってないだろう……チュートリアルの時に、何度も警告として出ていたじゃないか? このゲームは強い中毒性があるから三時間に一回は休息、またはログアウトするようにって。そうだなぁ……分かりやすく説明しよう。HPヒットポイントゲージと、SPスキルポイントゲージの少し下にEPゲージがあるだろう?」


「ああ、うん」



 コナーに言われて、ノラは自分の視界に表示されているEPゲージを探した。言われてみれば確かに、緑色と青色の帯の下にもう一本赤い帯が表示されているのを確認できた。



「これは、espritエスプリゲージと呼ばれるもので、自分の心とこのゲームのシンクロナイズを計っているんだよ。より、ゲームに心がシンクロするとゲージがたまっていく仕組みなんだ」


「シンクロ? 同調するってこと?」


「そういうこと。敵を倒すごとに、麻薬に似た快楽を脳に与えることのできる機能が備わっている。その快楽こそが、ゲージのポイントさ。そして、ゲーム作者の意図としては、このゲームをプレイすることによって敵を倒し、その微量の快楽でストレスを発散し、現実世界へ戻って人生という名の長い旅路をまた頑張ってほしいという画策があったみたいだ。ゲームのうたい文句が、「現実世界に疲れてしまった人へ、最高の餞を」という意味深なキャッチフレーズだっただろう? あれには、こういう意味が隠されていたんだよ」


「説明書か何か……、チュートリアルにそう書いてあったの? そんな長文だった気がしないんだけど」


「いいや。俺は……」


「何?」


「……医者にこのゲームを勧められたんだよ」


「お医者さんに……?」



 何がおかしいのか、コナーは「そうさ」と唇の端をつり上げた。そのままノラの肩を掴もうと手を伸ばしてきたので、容赦なく腕を振り払った。


 冷めているとか性格的なものだとか、そういうものを全て通り越した、嫌悪も露な態度だった。コナーは何も言わずに両手をあげると、ノラから少しだけ距離をとる。



「触らないで」



 ノラの発した言葉にも、コナーはただ乾いた笑みを浮かべるだけだった。


 なんの感情も読み取れない冷たい表情。


 顔が整っているだけに、そんな表情になると余計に笑えない。背筋に緊張が走った。コナーと数日一緒に過ごしてきたがいつもヘラヘラ笑って疲れただの、眠いだの甘えるような事ばかり言ってきていたので、こんな顔を見るのは初めてだった。


 ノラは何故だかこの時、目の前にいる男を怖いと感じた。












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