4話 「人と関わるの疲れるんです。すごく」
「あんた……誰ですか」
少女は不審者でも見るかのような鋭い目つきで、目の前の男に応酬する。
「助けてもらったんだから。普通は、まず最初にお礼を言うもんじゃないのかなー」
男は困ったように眉尻を落とし、ブロンドの前髪をゆっくりとかきあげた。月明かりに照らされた彼のプラチナ色の髪は、この世のものとは思えない程美しく、思わず目を奪われてしまう。
「……ありがとう。でも助けてくれと頼んだ覚えはないです」
「どういたしまして。まっ、それはそうなんだけどさ。女の子が一人あんなモンスターに襲われている所を見たら普通は助けてあげるものでしょ? ……あ、自己紹介が遅れたね。俺はコナーっていうんだ。宜しく、ノラ猫ちゃん」
愛想のいい笑みを浮かべてコナーは右手を差し出し、少女に握手を求めてくる。
「……ノラ猫ちゃん?」
どういう意味なのか、訝しく思って聞き返した。するとコナーは「ああ、それはね」とのん気な口調で話はじめた。
「君の名前、〝ノラ〟って書いてある。しかもしゃべり方とか雰囲気とかイメージが猫っぽい。だから〝ノラ猫ちゃん〟 ……ど? 可愛くない?」
人差し指を立てて楽しそうにコナーが提案する。彼が言っている〝ノラ〟とは、少女のHPゲージのすぐ上に表示されているプレイヤーのHNのことだった。
「意味不明。いい歳こいて何言っているの、目を覚ませって感じですね」
自分のことをからかっているのだと、コナーの態度に腹を立てたノラは、冷たく突き放すように言い放った。
「えっ、ひっど!! ……俺の事も好きに呼んでくれて構わないよ? 可愛いあだ名をつけてくれると嬉しいなぁ?」
「おっさん」
「え!!! もっとひどい。まだ、二十五歳なのに……っ」
大変ショックを受けたようで、コナーがガックリと項垂れた。
コナーは見てくれは美青年なので、おっさんという愛称は実はあまり似つかわしくないのかもしれないが、こうでも言わないとノラの気がおさまらなかった。
「私からしたら充分おっさん。……じゃあ、そういうことで」
「話は終わり」とでもいうように、ノラは言葉を切った。しかし「待ってよ」とコナーに呼び止められてしまう。
「どこいくの? ここで会ったのも何かの縁だしさ。……よかったら俺と少しの間パーティ組まない?」
唐突にそんなことを切り出されて、ノラは戸惑った。パーティとかギルドとか他人を交えて行動することに抵抗があったからだ。どうせ信用したって、この男もいつかは私を裏切る。そう心の奥底で思った。
「ナンパなら他あたってください。私はパーティとかは……っ」
「馴れ合いは嫌いなんだっけ? なんてったって孤高のソロプレイヤーノラさん、だもんね? でも、一人で戦っていてさっきみたいな場面になったらどう対処するつもり? 大人しく殺されるの?」
見透かされたように言われて、ノラは驚いたように目を見張った。
「……私の事知っているの? ……人と関わるの疲れるんです。すごく」
「真夜中にこの森でソロ狩りしてる可愛い女の子がいるって噂を聞きつけてさ。どんな子かなぁって興味あったから見に来たんだよ。あーそうだよねー! 人間関係って疲れるよね~、わかるわかる~っ」
わざとらしい程のオーバーリアクションで知った風な口を利くコナーを睨み付け、ノラは背を向けると忌々しそうに溜息をついた。
「やっぱりナンパですか。あなたみたいな人にはわからないですよ。私の気持ちなんか……っ」
それきりノラは唇をギュッとかみ締めてだんまりを決め込んだ。そんなノラの姿を、コナーは表情を引き締めて見つめてきた。先ほどまでへらへらと笑っていたのが嘘のように思えるほど真剣な眼差しだ。
「そうだね、でも君にだって俺の気持ちはわからない」
「……」
互いの瞳を交えて、暫くの間静寂が続いた。少し間を置いた後で、コナーがゆっくりとまた口を開いた。
「俺、基本前線には出ないんだけど。魔法スキルも高いんだよ。ヒール系も扱えるし。俺の事上手く利用すれば簡単にレベル上げできるかもしれないよ?」
「会って間もない、しかも素性のわからない人間に、俺の事利用してくれってドMですか?」
「いや、別にそういうわけじゃ……っ」
「……では短期間でということでなら、いいですよ」
コナーのしつこさに根気負けしたのか、ノラは一つ溜息を落とすと嫌々ながらも了承した。それを聞いたコナーがパッと表情を明るくする。
「そ? よかった、断られたらどうしようかとひやひやしちゃったよ」
「そんな風には見えませんでしたが。敬語疲れるし、はっきりいってあなたのこと目上の人間と思っていないので砕けた話し方でもいいですか?」
「タメ口大歓迎だよ! 仲良くしてね、 猫 ち ゃ ん 」