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2話 「それからが、悪夢だった」









 ボロボロの体で、自宅へと戻ってきた誉は母親のドレッサーの前で化粧品を手にとっていた。


 体は服で隠れているので問題ないが、顔は化粧でもしなければ隠せない。


 殴られて青痰になった頬や、赤く腫れ上がった瞼に念入りにファンデーションを叩きこんだ。


 母親が、パートから帰ってくる時間までにこの作業を終わらせないといけない。


 いつもの事。いつもの事なのだ。


 母親が帰ってきたら、いつものように笑顔を作って「おかえり」ってお出迎えしてあげなければいけない。口数や、表情は少ない誉だが大好きな母親には自分なりに精一杯愛情表現を示してきたつもりだった。



――今日までは



 ボロアパートの立て付けの悪いドアが大きな音を立てて開いた。



「お母さん、おかえり」



 誉は口角を上げて出来るだけ柔らかい表情を意識して笑顔で母親を出迎えた。……と、思っていたのだが母親の後ろには見知らぬ男が突っ立っていた。風貌も明らかに堅気じゃなさそうだ。



「誉、ただいま。悪いんだけどちょっとお茶の間まで一緒にきて、話しがあるの」


「……わかった」



 誉は、言われた通りお茶の間まで移動すると、男にお茶を差し出した。



「誉、私ね。この人と一緒になる事にしたから」


「……え?」




 母親は「こういう事なのよ」と言って自分の腹を数回撫で上げた。


 十五歳の脳では一瞬理解出来なかったが、二人の雰囲気を見ればそれとなくわかる。


 母親は、このヤクザのような男の子供を身篭ったのだ。



「どうするの……」


「どうするって……産むに決まってるじゃない。だからね、悪いんだけど誉。今日からこの人も一緒にここで暮らすことになるから……宜しくね?」



 じっとりとニヤついた目を、男は誉に向けてきた。


 それからが、悪夢だった。






***







「誉ちゃん、いいじゃねぇか。ちょっとぐらい」


「やめて!」



 先日から一緒に暮らし始めたヤクザの男は、我が物顔で誉の体に触れてきた。



 気持ち悪い。


 やめろ!


 やめろ!!



 母親がパートに出ているのをいいことに、その間誉はこの男に体を乱暴される日々だった。男はニートだったので真昼間は家にいる。たまにパチンコに出かけていることもあったが、誉が学校から帰ってきて、母親がパートから帰ってくる数時間は、誉に触れてきた。



 もう限界だった。


 気持ち悪い。


 吐きそうだ。



 そんなある日洗面所で、嘔吐している所を母親に見つかってしまった。


 母親は、誉を問いただしてきたのでこれ幸いとあの男の今までの悪行を全て暴露してやった。


 これできっと救われる。


 母親も目を覚ます。



 そう思っていたのに。




 母親に向けられた視線は、女の嫉妬のそれだった。



「誉……お前まさか……あの人の子供を……っ」


「お母さん?」


「堕ろせ!!! 今すぐに!!! 堕ろせ―――!!!」



 母親は目くじらを立てて憤怒すると、誉の肩を掴んで和室の畳に押し倒した。そして、両頬を何度も引っぱたいた。



「この恥知らず! 恥知らず!!! 出ていけぇえええ!!!!」



 何故、母親が泣くのか、誉にはわからなかった。



 泣きたいのは私の方だよ、お母さん。







***







 誉は、先ほどのゲーム屋へ半ば逃げ込むようにして行くと、購入手続きを済ませたのだった。



 VRMMO『ディスオーダーインフェクション』



 ソフト購入の際は、購入者が個人情報を事細かに販売会社へ明かさなければならない義務があり、また購入者の持病や現在の健康状態によっては、購入を断られてしまう場合もある。


 というのもこのゲームは、家庭用ハードウェアにソフトを入れて起動するという従来のものとはまったく異なるからだ。

 その構造は、特殊なカプセル型の充填機<イースター>に酸素を多く含む液体(パーフルオロカーボン等)で満たされた中へ身体を浸からせ、液体呼吸をした上で穴という穴を無数の管で繋がれる。いわゆる、植物状態の人間に延命措置を施すような体制をとるのだ。そうしてようやく、フルダイブという五感全てをゲームへアクセスさせることに成功する。


 ちなみに、このカプセル<イースター>は販売会社が用意した専門機関の備わった専用のホテルに設置されているもので、プレイするにはそこまで足を運ばなければならなかった。


 すぐにでも現実から逃れたかった誉は購入したソフトを手に我を忘れてホテルへと走っていた。



 ――現実世界に疲れてしまった人へ。最高の……


 誉はもう、この言葉に縋るほかなかった。

 最愛の母親から突き放されたこの瞬間から、現実世界に自分の居場所なんてありはしない。


 いや、最初からなかったのかもしれない……。











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