19話 「あと、5分」
首もとで綺麗に切りそろえられた薄茶色の髪を片耳にかけると、ラスカルは愛銃ベレッタの照準を合わせた。
銃口の先には、首が二つに分かれ二つの頭を持つトカゲに似たモンスターが興奮した様子で彼女を睨みつけている。今にも飛び掛かってきそうな勢いだ。
「ガネーシャに代わっておしおきよ!」
彼女の言っているガネーシャについて、皆さま聞きなれない名前だろうが、同性愛を禁止しない、謂わばゲイの神様である。大抵の神様は同性愛を否定するものが多く、同性愛者にとっては自分達を認めてくれる数少ない存在が信仰の対象となっているのだ。
それはさておき、ラスカルは同性愛者であっても決して女性を好きなわけではない。
この美しい女神のような美貌に反してその正体はガチムチのオッサンなのである。
ベレッタから放たれた銃弾は、モンスターの急所を射抜き見事にそれを撃破した。
「たいしたことないわね」
目の前で粉々に砕け散った敵をフフンと鼻で笑っていたラスカルだったが、後ろから尖った声が聞こえ思わず振り返った。
「ラスカル、あまり敵を見くびらないほうが良い。ここは比較的レベルの低いモンスターの生息地だけど、境界によっては途中で桁違いの化け物と出くわすことだってあるんだ」
コナーにいなされて、ラスカルは「わかってるわよ」とおもしろくなさそうにぼやいた。
不意にラスカルがコナーの横に目を逸らすと、彼の肩を借りるようにして、ノラがやっとの様子で立っていた。
時折、心配そうにコナーが「大丈夫?」とノラに声をかけていて、ラスカルは少しムッとしたような顔になる。
「数日前の麻痺がこんなに尾を引くものなの? 歩くのも辛いのなら大人しく宿で待ってたほうがよかったんじゃないかしら」
ラスカルがつい毒づいてしまう。自分でも今のは意地の悪い言い方だったと思う。
「私なら大丈夫だ。コナーの友達が危険な目にあっているのなら助けにいかなきゃいけない。私たちはその……仲間だからな……」
ラスカルに向けての言葉だったはずなのだが、ノラはコナーの顔色を窺うようにしてそう言った。
「別にいいけど」とラスカルはフンッと鼻を鳴らした。
つい先日、コナーのもとに一通のメッセージが舞い込んできた。送り主はコナーが酒場で酒を酌み交わしたライヤという男だ。
ギルドで洞窟に潜り込んでいたところ、想定していなかったボス戦に巻き込まれ身動きがとれない状態だという。
コナーに力をかしてくれないかと、お願いしてきていたのだ。ギルドメンバーも大半が殺され形勢は不利な状態だという。
別ゲームで親密にしていた旧友とのこともあり、見過ごすことはできない。
数日前に起きた事件で、ノラは麻痺が体から完全に消えておらず。
最初はコナーひとりで向かおうとしていたのだが、どうしても力になりたいとノラの方から申し出てきたので、おいていくわけにもいかず。ラスカルは、罪滅ぼしとしてノラの体調が全快するまでの間戦闘のサポートをすることになり、今に至る。
「ねぇ、洞窟がいつまでたっても見当たらないけど、いったいそのお友達どこまでいっちゃったのよ」
かれこれ一時間は森の中をグルグルと歩いているのだか、いっこうに目的地の洞窟とやらにたどり着かず。ラスカルがついには、不満を漏らした。
「じきにつくはずだ」
コナーは、片手でノラの体を支えながら、空いた手を振ってウィンドウを開くとマップを表示させた。
「あと、5分」
「ほんとなのーーっっ もう私疲れたわよ! 歩けない!!」
ラスカルは、その場にへたり込むと恨めしそうな顔をして、ノラを見上げた。
「小娘だけ、ずるいわよ! 私にも肩かしてちょうだい!」
駄々をこねる子供のように、地面に背中をついて転がると手足をバタバタとさせラスカルは喚いた。
「わがままいわない。いったい誰のせいで猫ちゃんがこうなっちゃったのかな?」
「うっ……」
痛いところをつかれたと、ラスカルは息を詰まらせると、さっさと起き上がり何事もなかったかのように歩き出した。
ラスカルの後ろ姿を見て、ノラが思わず笑みをこぼす。
「猫ちゃんどうしたの?」
「いや……。 なんだか、おもしろいなと思って」
「恨んでないの?」
「……え?」
不意に、コナーにそう問われ、ノラは一瞬口を噤んだが。ゆっくりと首を横に振った。
「あの人には、色々気づかされたことがあったから。恨んではいないよ」
「そう。優しいんだね」
コナーは、静かにため息をつくと目線を落とした。
「……コッ……。 おっさんはどう思ってるの?」
幾分、緊張しながらコナーに声をかけると彼は微かに笑っているようだった。
「名前で呼んでくれてもいいんだよ」
「コッ…………、おっさんは、どう思ってるの」
笑い声など気にせずに、ノラは語気を強めてコナーを問いただす。
コナーは俯いたまま「そうだな」と呟いた。
「次は、もうない」
短く放たれた一言。
ノラは、理解が追い付かず。その台詞だけが頭の中をグルグルとまわっている。
---次はない。
それは、次もしも裏切る行為をしたら、知らないということなのか。
はたまた、次は殺すという意味なのか。
ノラは暫く黙っていたが、小さく「そっか」と頷くとそれ以降口を開くことはなかった。
無言の二人の草木を踏みしめる足音がやけに大きく感じた。