１６話 「猫ちゃんを返して貰おうか？」
男連中の頭を張っている人物の脇に、彼女はいた。
だらんと手足を項垂れて、ノラはピクリとも動かなかった。
「猫ちゃんを返して貰おうか？」
そう言ったコナーの両目には、彼女以外映ってはいない。
剣呑さを隠せないコナーと、その傍で銃を手に見守るラスカル。
「ああ？！」と、ぎらついた反抗の目を向け、中心に立つ男は脇に抱えたノラを何の躊躇もなく、地面へと落とした。
ドシャッという鈍い音と共に、少女が地面へと転がる。
「冗談じゃねぇ、この女はラスカル姉さんから貰った報酬なんだよぉお！」
「彼女はアイテムじゃないんだぞ」
即座に返した言葉に、男は「うるせぇ！」と癇癪を起こしたように怒鳴り散らすと腰に下げていたサーベルを抜いた。ジャリンと独特の金属音を立てながら銀色に輝く刀剣が引き抜かれる。
「ぶっ殺してやる！！」
男は凄まじい形相でコナーを睨み付けると、片手剣を前へと繰り出してくる。
「オラァ！！」
サーベルの切っ先が容赦なくコナーに突き出された。
コナーは咄嗟に後退して男と距離をとる。そして、ウインドウ画面を開き掌にすっぽりと納まる程度のボールを出現させる。ボールは、透明色の中に禍々しい暗色の帯がぐるぐると渦巻いていた。
コナーはそれを息つく間もなく、空へと振りかぶった。
ボールは、ゆっくりと回転しながら空中へと放たれる。
「ソルセルリー・コア発動！！」
コナーが空へと手を翳してそう叫んだ次の瞬間、空中浮遊していたボールが炎を纏いながらコナーのもとへと戻ってくる。
「フレアバレッド！！！！」
技名を叫んだコナーの声に反応して、舞い降りてきた炎のボールは男を目掛けて火炎の砲弾を幾度となく発射した。
砲弾に規則性はなく、相手が逃げようとするとそれに合わせて追尾するように攻撃を繰り返した。
まるでそのボールは生きているかのような動きだった。
「マジックボール……！ くっそ、こいつウィザードかっ！」
男が、手に持ったサーベルで砲弾を受け止めながらコナーをねめつける。
「距離をとってしまえば、圧倒的に遠距離攻撃のコナーが有利よ。このままゴリ押しで攻め続ければ……っ」
傍らで様子を伺っていたラスカルが小さく呟く。
その言葉の通りに、炎の砲弾に気圧されて男は地面に片足をついてしまった。
サーベルで攻撃を防ぎ続けるのに限界がきたのだ。
「勝負あったわね！ 降参しなさい！」
ラスカルが大声で男へと告げる。
しかし、男は根を上げるどころか不適な笑みを浮かべるだけだった。
突如ピュイッと男が口笛で合図を送る。
まさに一瞬の出来事だった、後ろで待機していた男の仲間がボールに向かって突進してきたのだ。
マジックボールから放たれる砲弾に向かって、サーベル使いの男を守るようにして仲間は特攻していく。
迫ってくる敵二人を目前にしたマジックボールは、自らの危険を察したのか、そちらを優先して攻撃しだしてしまった。
「茶番はここまでだぜぇ！ 兄ちゃんよぉ！」
男は雄たけびを上げ、全力で地を蹴ると弓から撃ちだされる矢の如くコナーに向かって真っ直ぐに猛進してくる。
コナーは「あちゃー」と額に手をあてて小さくため息をつくと、目に飛び込んでくる男を半歩身をずらしながら回避した。
「魔法使いは、杖でもだして戦えよ！ それともなにか、お前杖のひとつも持ってないのか？！」
男はコナーを挑発しながらむちゃくちゃにサーベルを振るってくる。
ひとつひとつの攻撃を、優雅に交わしながら「参ったなぁ」とコナーがボヤく。
ステップを踏むようにして攻撃を全てかわしきると、いつの間にかノラの眠る場所へと二人は移動していた。
「このままだといつまでたっても終わらないからね、ここらへんで決着をつけようか」
コナーは、男の一瞬の隙をついてしゃがみ込むと足元で眠るノラの背中から、彼女の愛用する大剣を引き抜いた。
手馴れた様子で大剣をブンブンと振り回すと、両手でその柄をしっかりと掴んだ。
「なっ……！？ なんだと？！」
男が驚愕した様子でコナーを見つめている。
それもそのはず。
コナーのこのゲームにおいての職業は〝ウィザード〟つまり、魔法使い。
男が扱っている、サーベル。そしてノラが扱っているクレイモアは、職業が〝ソードマン〟のものにだけ与えられるスキルだ。
魔法使いであるコナーが装備できるはずがない。
コナーはひとときも男から視線を外さずに、口を開く。
「さあ、茶番はここまでだ」
先ほど男が言い放った言葉をそっくりそのままオウム返しする。
彼は嬉々とした瞳で、男を挑発していた。
