15話 「デスペナルティは怖いだろう?!」
「……で、あんた何者なのよ」
タバコに火をつけながらラスカルが尋ねると、隣を歩いていたコナーが「何が?」と横目で視線を向けてくる。
「無色透明のHPや繰り出される不可解な技。一週間前から同時プレイしている同じプレイヤーとは思えないのよ」
紫煙を吐き出しながら「……あんたどうも臭うのよね」とラスカルが俯く。
コナーは、一呼吸おいてから「別に何も不思議なことはないよ」と小さく呟いた。
かすかに違和感を感じさせる間合いに、ラスカルが「ん?」と鋭い三白眼の瞳を細める。
「所謂ゲーム依存症と呼ばれる、寝食を忘れてゲームに熱中するなんてことは俺にはありえない。ただ、皆よりも効率よくゲームを進める術を知っているだけさ」
「曖昧な台詞で逃げるのね。まあ、いいわ。私のホロのバグ……。どうして気づいたのよ?」
もう一歩突っ込んで聞いてみたい事もあったが、他プレイヤーへのスキル詮索は、ゲーム上においてマナー違反だ。ラスカルは、コナーのつれない反応を見るとすぐさま話を変える。
「君のアバターが椅子などのオブジェクトに座ったとき、椅子と体の狭間に歪みが生じているのが見えたんだ。チリチリとホロが電磁波を放っているようなね。素人の作ったウイルスは、荒が目立つ。完璧ではないのさ。最初に会ったときから、クラッキングしているんじゃないかと睨んでいた」
「あの時には、もうそこまで気づいていたのね。驚いたわ。あんた……、何が目的なの? このゲームで何をしようとしているの?」
「一つだけ想定外の事もあった。まさか、あの美しい女性がスキンヘッドのおっさんだったとはね。このゲームは……単なる息抜き……、暇つぶしだよ。それより、今は猫ちゃんだよ。君の知っている事をすべて話してもらおうか?」
コナーが話題を変えてきたので、ラスカルはそれ以上の事を聞けなくなってしまった。
***
ラスカルの情報を頼りに、二人は森の奥深くへと歩を進めた。
ノラを攫った連中は、前にラスカルが遊んでいた男達で、ノラのアバターのコピーを取るために協力させたそうだ。コピーさえとれれば、ゲイのラスカルにとって女は不要。男連中に好きなようにしていいと彼女を明け渡した。
「この辺りがあいつらの縄張りよ」
「姿が見えないようだな」
二人がやってきたマップの位置は、普段利用している狩場(迷いの森)のかなり奥深い場所でモンスターもレベルの高いものが多く、初期装備で攻めるのは自殺行為だった。
こんな場所に身を潜めているところを見ると、連中はそれなりにレベルを上げている事が伺える。
「手分けをして周辺を探す? 私はあっちを……っ」
「いや、待て」
ラスカルが言いかけたところで、コナーが遮る。
その表情は険しく、殺気立った気配が如実に滲み出ていた。
「足音……聞こえないか?」
「え? 何も聞こえないわよ?!」
「二人……。いや、三人か?」
コナーは自分にしか聞き取れない足音に聞き耳を立てながらゆっくりと辺りへ視線を巡らせた。そして、突然彼の顔が何かを察知したように強張った。
「後ろだ! 飛べ!」
叫んだのと同時に、背後から飛び道具が飛んくる。
コナーとラスカルは地面を蹴って左右に散った。先ほどいた場所へ目を向けると、六本飛んできたスローイングナイフが規則正しく間隔をあけて突き刺さっている。あと少しその場を離れるのが遅かったらまともに食らっているところだった。
ラスカルは、反射的に身構えると先ほど使用していたベレッタを出現させた。
「不意打ちとは、汚いわね!」
暗がりの中、蠢く三つの影にラスカルが低い声で怒鳴りつけ、威嚇の為に数発砲弾した。
その音に驚いたかのように、三人の影が疎らに分散する。
宵闇の月に照らし出された三人の男の姿。
ラスカルは、見知った男たちに間髪容れずに銃を打ち続ける。
「ラスカル、闇雲に打つのはやめるんだ。弾には限りがある。無闇に消費するのは懸命じゃない」
コナーに静止されて、ラスカルはチッと舌打ちすると動きを止める。
「オマエラァ、俺たちの縄張りだって知ってここに足を踏み入れたんだろうなぁ?!」
「兄ちゃんと、おっさん! 殺されたくなかったらさっさとこの場を去るんだなぁあ!」
「デスペナルティは怖いだろう?!」
男連中は、コナーとラスカルを値踏みするように見つめながら、次々に二人に距離をつめて来る。脅しをかけるような台詞はどれも安っぽいものに感じられた。
それらを一切無視して、屈強そうな巨体を屈めると、ラスカルがコナーに耳打ちしてくる。
「悪いわね。こいつら、私の本当の姿は知らないのよ」
「んー……。だろうねぇ、この反応を見る限りでは」