14話 「こんのっっっ、くそガギャーっっっ!!! 歯ァ食いしばれぇええええ!!!!」
あっと言う間の出来事だった。
コナーの翳した掌に目を奪われ、気づくとノラは床に転がっていたのだ。
自分のHPに目をやると、瀬死の状態だった。体は傷だらけになり、指一本動かすのも億劫だ。
唖然とした様子で両目を見開くノラ。呼吸どころか、心臓さえも止まってしまったような。そう思えるほどの驚きだった。
「いったい……私に……っ、なにをした?」
何がなにやら訳がわからず、絞り出すようにやっとのことでそう言うと、隣で薄ら笑いを浮かべ自分を見下ろすコナーをねめつけた。
「抵抗されると面倒だからさ。時間を止めて、軽く痛めつけてあげたんだよ。……さぁ、猫ちゃんの居場所を吐いてもらおうか?」
「冗談! わたしは知らないわよ。そんなに大事なら、次からはあの子に首輪でもつけておくのね」
即答され、コナーは訝しげに眉を動かすと、醒めた眼差しで少女を眺めた。
「ディスオーダーインフェクションには、デスペナルティが存在する。現在使用している、武器、アイテムの攻撃力、能力が一週間半減してしまうんだ。だから、プレイヤーは、このゲームでの死を恐れるのさ。だけど、俺は優しいからね。君には選択肢をあげよう。猫ちゃんの居場所をおとなしく吐くのなら、このまま殺さないで見逃してあげる。でも、正直に話さないなら……わかるね?」
静かに告げるコナーの表情は、いつになく硬く引き締まっていた。
冗談で言っていないことが、ひしひしと伝わってくる。
「そんな、脅し。きかないわよ! 殺すなら殺せばいいわ。一週間のペナルティぐらいなんてことないんだから」
「そう。それじゃあ、これならどうかな?」
何を思いついたのか。コナーは突然その場にしゃがみ込むと、ノラの右手を掴み、その手を軽く振って彼女のウィンドウを表示させた。
「何をするのよ!」
「選択肢を変えるのさ」
焦って振り払おうとするノラを押さえつけ、ウィンドウに無理やり指を滑らせる。
ノラのウィンドウの文字はどれも文字化けしていて、コナーのそれとはだいぶ違っているようだった。
「これは、バグだな。制作過程のものか、……はたまた君が自主的に生み出しているものなのか」
「離しなさい! そんなことをしても吐かないわよ!」
頑として頭を縦にふらないノラに、コナーは小さくため息をつく。
そして自分のウィンドウを開き、ノラ宛にアイテムを転送してきた。
左手で自分のウィンドウ画面を操作し、右手でノラの手を使い、送ったばかりのアイテムをノラの画面に表示させる。
二画面を使って何をしようとしているのか、皆目見当がつかない。ノラは黙って様子を見守っていたが、ついには口を開く。その声には少し焦りが感じられた。
「……なんなのよ、そのアイテムはっ」
「バグを、修正するパッチさ」
コナーが上品な笑みを浮かべて発言したのと同時にアイテムを起動させると、目の前の少女はノラの姿から、ラスカルの姿に変化した。
「これでバグを起こしているホロを剥がしていけば、君の本当の姿がわかるだろ? どうしてそこまで本当の姿を隠したがるのか不思議だったんだけどさ。今、化けの皮を剥いであげるよ。ラスカルさん」
「やめろぉおおおお!!!!」
さっきとは、打って変わって取り乱したようにラスカルが暴れだす。だが、抵抗するも、瀬死の間際なので当然、本来の力がでるはずもない。
「それじゃあ。おとなしく教えてくれる?」
「ほっ、ほんとに知らないのよ! お願いやめて! それだけはやめて!」
頭を横に振って体を震わすラスカルを蔑んだ目で見つめると、無情にもコナーは彼女を纏っている最後のホロを剥ぎとった。
「きゃああああああああ!!」
ラスカルの悲鳴がだんだん、低いものへと変わり。
ホロが削れていくと共に、彼女の姿はおっさんのものへと変わった。
先ほどまで目の前にいた綺麗な女性はあとかたもなくなり。そこに現れたのは色黒で筋肉質、スキンヘッドの大柄なおっさんだった。
「こんのっっっ、くそガギャーっっっ!!! 歯ァ食いしばれぇええええ!!!!」
「あっぶねーーー。もうちょっとで俺は……っっ」
掘られるところだったのか、とコナーは心の中で静かに付け足した。
「……君。女アバターのホロを身に纏って、こうやって男を食いまくっているのか」
「変な言いがかりはやめてよ。わたしは、いい男を味見しているだけ!」
野太い声で発せられる女性的な言葉に、コナーは吐き気を覚え、嗚咽を漏らした。
「はやく、もとの姿にもどしてよ! こんな、姿じゃおもてを歩けないじゃない!」
「何を言っているんだよ。それが君の本当の姿だろ? このバグウイルスは、運営に報告するつもりだったんだけどさ……、君の返答によっては、黙っててあげてもいいよ。報告されるのが嫌なら俺と一緒に猫ちゃんを探すの手伝ってもらう事になるけどね? どうする?」
ひどく優しい声でコナーに問われ、ラスカルは男臭い顔を歪めた。
悔しいことに今の彼には頷く他に選択肢がなかったからだ。