物分りの良い女。
皆さん、ご機嫌よう。
いきなりですが、わたくしの旦那様に離縁を申し上げようということを宣言します。
というのも、私、気づいてしまったんですもの。
旦那様が浮気しているということに。初夜もすっぽかして、それから毎晩どこかにお出かけなさるの。
でも、私はとやかくは言いたくないですわ。だって私の容姿は平々凡々。目の大きさも普通、鼻の高さも並程度。誇れるといったら、手入れを欠かさない黒髪ぐらいでしょうか。
しかし、黒髪が誇れるといって、周りはほとんど私より美しくしい人がいますわ。男性って綺麗で、胸の豊かな方が好きでしょう?こんな私が妻だったら浮気もしてみたくなるのもわかりますわ。容姿の端麗な旦那様のことですもの、きっと麗しいご令嬢のもとに通い、真実の愛を育んでいるのでしょう。
私は容姿に優れないので、せめていつだって身の程を弁えて、人の心情、性格に理解力があるようになりたいと思ってます。さらに、私と旦那様は政略結婚。私の実家の侯爵家の経済状態が傾き、我が家に比べ新興ですが、領地経営が上手くいっている伯爵家との両親同士が約束を交わした結婚でしたわ。でしたら旦那様が浮気をしたというのなら、あまり旦那様が恋愛感情
を抱いていない私から身を引いて、真実の恋を応援させていただくべきではないかしら?
そう考えたのが2日前のことですわ。
それから私の友人に相談をし、離縁のお手伝いをしてもらったのです。彼は賢く、私の持っていないものを持っているから、本当に尊敬するわ。彼に旦那様との新婚生活について話していると、浮気じゃないかと言ってくれましたの。その時は私にそんな考えは無かったものだからとても驚きましたけど、彼が理路整然と説明してくれたから気づくことができましたわ。
彼に言ってもらわなかったら、旦那様が真実の愛を育んでいることに気づかず、旦那様に私との結婚生活という無理を強いていたのではないかと思うとゾッとしますわ。本当に彼は賢いわ!
けど、「離縁が成立したら、言いたいことがあるんだ。」と彼が私に言ったのですが、なんのことなのかしら?読書が趣味な彼だから、お礼に本をくれとのことかしら?それならその時に言えば良かったのに。
ともかく、彼の忠言のおかげで、離縁の手筈はととのいましたわ。経済状態の傾いた我が家には申し訳ないことをしたと思ったのですが、妹がなんと先日の公爵様誕生会の席で、公爵様に見初められ懇意にしているとのことで、仕事でも上手くいくようになったそうですわ。経済状態もやや右上向きに変わりつつあるとのことですので、父様から今度は恋愛結婚してもいいとの言葉をもらいましたの。家の爵位が格上だからといって離縁を言い渡した私に求婚しに現れる男性がいるかは分かりませんが、自分のことを大切にしていただける人に巡り合いたいものですわね。
もちろん旦那様のご隠居なされているご両親にもご挨拶させていただきましたわ。離縁を申し上げようとしていることに詫びようとすると、お義母様が泣かれてしまわれましたわ。曰く、息子ばかりで女の子に恵まれなかったお義母様に、私が気に入っていただけたらいく、お義父様にも「娘が嫁に行くみたいだ。」すごく残念がられてしまいました。私もお義父様、お義母様によくしていただき、第2の父と母だと思っていました。罪悪感がありますが、それも旦那様が真実の愛を育むためであります。それに第2の父と母にも新たに綺麗で優しい義娘ができるためにも我慢ですわ。
そして今日。なんとか双方の両親に離縁の了承を得ましたので、あとは旦那様に離縁を申し上げるだけですわ。
婚約している間も、結婚してからの日中も旦那様は、こんな私にも優しく、穏やかに接してくださったので、嫌いなどころか好意的に思ってますわ。
私が旦那様のことが嫌いでもないのに三行半を突きつけたことによって、離縁をいい渡されたという称号がついてしまうのは、非常に忍びないことですが、旦那様が真実の愛に報いるためです。その称号で傷ついた旦那様の心も、相手のご令嬢に慰めて頂くのですから、さらに真実の愛が深まるかもしれないわ!私は2人の越えるべき障壁となって、ご助力させていただくのよ!
離縁状を用意し終えてからしばらくすると、久々に旦那様のご帰宅ですわ。旦那様に内緒で、2日間離縁の用意に奔走できたのもここ数日間旦那様がご不在だったからですわ。けど、この期間中に旦那様は麗しいご令嬢と愛を育んでいたでしょうからちょうど良かったわ。これからは夜な夜な外出しなくても自宅で愛を囁きあえるのですから。私ったら恋のキューピッドかしら。うふふ。
「おかえりなさいませ。旦那様。」
「ただいま。本当に会いたかったよ。」
妻(仮)であるにもかかわらず、私を労ってふわりと抱きしめてくれる旦那様の優しさにものすごく尊敬しますわ。私に対しても気を遣ってそう振る舞ってくれるのですもの。
「旦那様。お疲れ様です。お疲れのところ悪いのですが、朗報ですわ。」
そう!朗報ですわよ!旦那様!私に縛られずにご令嬢と真実の愛をお深めになって!
「なんだい?この間になにか嬉しいことでもあったのかい?」
旦那様が微笑みながら、話を聞いてくれます。その笑顔が爆発する瞬間がもうすぐ訪れますわ!
居間のソファにつき、侍女がお紅茶を用意し退出したのを見計らってすぐさま私は切り出しましたの。
「旦那様、私と離縁してくださらない?」
「は?」
その瞬間、明らかに視線の温度がマイナスになったのを私は感じましたわ。そ、そ、それはそうですわよね!私みたいな女にフラれるってことですものね!大変だわ!旦那様のプライドを傷つけてしまいましたわ!
弁解しなくては!
「えーっと.....旦那.......「誰?」......え?」
旦那様、誰かと聞くなんて、いくらなんでも私と言えど傷つきますわ。政略結婚といえど、あなたの妻(借り)だったのですよ。
「あなたの妻ですわ。」
「そうじゃなくて、誰?誰が気になるの?」
「え?」
私が誰か聞いているのではないのかしら?
「誰?君は誰に懸想してるの?結婚前に、仲良かった彼?この間も会って話ししてたそうじゃないか。君は僕と離縁して彼と結婚するのか?」
「違います!私は......」
「じゃあ、この前の舞踏会で声をかけた伯爵家の次男?それとも会釈していた男爵家の若当主?それともこのまえ凝視していた公爵家のあいつ?君は誰のことが好きで、僕と離縁しようとしてる?」
婚約の時から、穏やかな眼差しだった旦那様の、野獣をも射殺さんばかりの視線に私の心臓はすくみあがってしまいましたわ。
「も、申し訳ございません!旦那様!出過ぎた真似をいたしましたわ!じょ、冗談にございますわ!」
「そうなの?良かった。本当に面白い冗談だね。」
あははと旦那様は笑っていらっしゃいますが、目が笑っておりません。
そんなにプライドが大事なのでしょうか?私にフラれるという称号はそんなにもお嫌なのですね!
分かりました!これまでも、旦那様とご令嬢は真実の愛を育んで来られたのですもの!これからも旦那様との関係を変えずに真実の愛を見守っていきましょう。そして旦那様から離縁を言い渡されるのを待ちましょう!それが一番ね!
1人早合点をしてる伯爵家の新妻であるが、彼女の旦那様が、夜な夜な外出する理由が、ただただ仕事であるということ、それも彼女に懸想する輩どもを社会的に退散させているからということを知らない。それにこれからも離縁が彼女の旦那から言い渡されることなく、子だくさんの伯爵家になることも知らない。
そして彼女の男友達との長年の水面下での戦いがあることなど、有能な彼女の旦那が手を汚さないため、知らないのである。
彼女は物分りのいいようで、周りが見えていなかった。
旦那様があまり活躍せず、彼女の男友達もあまり活躍しないなんともな感じですみません。
このあと旦那様は毎夜家に帰ってきて奥様を口説き、奥様は疑問に思うというのは、また別の話。