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守護霊  作者:
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第1章 守護霊現る

 基本的には、非科学的なことは信用していなかった。

 テレビで放送されていた心霊写真も合成だと思い込んでいたし、ミステリーサークルだって人間の手によって作られたものだと思っていた。UFOなんてもってのほかだ。

 20年間生きてきて、その考えで不自由したことはなかった。それならば、目の前にいるこいつは何なのだろうか。

 最初は大学の喫煙所で煙草(たばこ)を吸っていただけだった。しばらくすると、吐き出された白い煙の中にぼんやりとだが何かが形作られていった。そして、最終的にははっきりとした人間が目の前に現れたのだ。

「ケムいんだよ」

 開口一番がそれだった。10代後半くらいの男にしては大きく見える瞳、茶色に染められた髪、黒いパーカーにジーパンというラフな出で立ちの少年(?)がそこに立っている。いや、正確に言えば宙に浮いている。

「よぉ、高宮直樹。いつも一緒だけど、こうやって話すのは初めてだな」

 なんだコイツ・・・。危うく加えていた吸いかけの煙草を落としてしまうところだった。自分の名前を知られているうえに、いつも一緒と言いやがった。こういうのを物好きなストーカーっていうのかと直樹は口をぱくぱくとさせながら考えた。

「お前・・・・・誰だよ」

 ようやく出た言葉がそれだった。

「俺?お前の守護霊だ。名前は山田」

 頭までおかしくなっているらしい。普段ならばそれで解決できるところなのだが、地面にその少年の足がついていないのを直樹は見過ごすことができなかった。試しに左手を伸ばしてみる。少年の左肩に触れるつもりでいた。しかし、直樹の左手は何かに触れることなく少年の肩を貫通してしまった。

「ユーレーかよ!?」

「ちっげーよ!守護霊だっつってんだろ!物わかり悪すぎるぞ!!」

「そんなんいるわけねぇだろ!今までだって1度も見たことねぇし!」

 灰皿にまだ長かった煙草を押さえつけて怒鳴りつける。もうすぐ次の授業が始まってしまうからこれで終わりにするつもりでいた。

「じゃ・・見れば納得するんだな」

 その少年は(ひる)まなかった。むしろ、子供のようにニッと笑って、何を思ったのかパーカーの下に隠れていたペンダントを手に取った。それを直樹の目の前にぐいっと差し出した。

「何だよ」

「いいから。これ持ってみて」

 触れるのかと思いながら手を伸ばすと、確かな感触を感じた。途端(とたん)に視界に映るものすべてが一変した。

 まず喫煙所にいる学生の数が増えた。いや、正確に言えば元々いた学生1人につき1人ずつ宙に浮いた幽霊が取っ付いているのだ。目が合うと、なぜか手を振ってきたり、会釈(えしゃく)をされたりする。それから、プラスアルファで幽霊があちこちでうろうろとしている。

「な?これで俺の言ってること信じるよな?ちなみに見えてるのはほとんどが守護霊だよ。たまに違うのも混じってるけど、まぁ気にすんな」

 自称山田が直樹の手からペンダントを取り返すと、元の光景に戻った。

 直樹は何も言えずにいた。まさかこの世にこんな非科学的なことが存在するなんて思ってもみなかった。守護霊を信じるわけではないが、この少年がただの頭がおかしくなったストーカー男ではないことはわかった。

 山田はベンチにすとんと座る。宙に浮いているくせに、ベンチには座れるらしい。

「まぁ聞いてくれ。こないだ俺守護霊選手権でチャンピオンになっちまってよー、その才能を見込まれてかちょっとした面倒な仕事を押し付けられちまった。そいつを片付けるためには直樹の協力がないとできないんだ。だから頼むぜ」

 口をぽかんと開けたまま直樹は固まってしまった。

「意味わかんねー。お前1人でやりゃぁいいだろ」

「その仕事ってのが、今まで憑いてた守護霊に突然逃げられた人間を10日間守ることなんだ。直樹はそいつと接点がないから、俺がわざわざ姿を現して事情を説明してんだよ」

「つまりあれか。俺にその人間と仲良くなって10日間守れって言ってんだな?」

「まぁそうなるかな」

「断る」

 にべもなく言い放つと、山田の口の端がひくっと痙攣(けいれん)するのがわかった。立ち上がり、直樹は次の教室に行こうと木々に囲まれた喫煙所を後にしようとする。しかし、山田はやはり変だった。

「待てや。守護霊にはむかうと痛い目みるぜ」

 言うやいなや、目の前の地面に上から灰皿が落下してきた。止まらなかったら、今頃煙草の灰だらけである。2,3歩よろけると、今までいた所に木の枝がざくざくざくっとまるで矢のように突き刺さっている。さすがに顔から血の気が引くのを感じた。

 よく見ると、山田から得体の知れないオーラが出ていることがわかり、慌てて直樹は、

「わかった!山田の言うとおりにする!だからもうやめろ!」

 すぐに変なオーラの放出がなくなった。次はナイフでも飛んできかねないので、直樹としては冷や汗ものだった。

「そうか?さすが直樹だな!」

 そのしてやったり顔でしまったと思った。直樹は、最初から山田の手の内で踊らされていたのだった。


 同じ市内に位置し、名門と呼ばれる女子高。直樹にとっては全く縁のなかった高校に通う生徒こそが、今捜している原田聡美(さとみ)という人間だ。と言ってもまだ実物は見ていない。下校時刻に合わせて原田が出てくるのを待っているのだ。

 しかし、女子高の正門近くのハンバーガーショップでキャピキャピした女子高生を眺めている大学生はなんて悲しいのだろうと思う。他の人には姿が見えない山田が(うらや)ましい。

「いた。あの子だ」

 隣で山田が身を乗り出す。直樹もその目線を追った。ちょうど地味で小柄な女子高生が足早に歩いているところだった。

「おい。行くぞ」

「はぁ?どこに?」

「決まってんだろ。原田聡美んとこだ」

 まさか本当に地味なあの女子高生が原田だとは思わなかった。どうせならもっと派手でミニスカートの女子高生が良かった。

 未練たらたらだったが、山田に連れられて直樹はショップを出た。


「あの・・・ちょっと今いいですか・・・・・・」

 まるでナンパのようだ。黒髪の短髪に眼鏡をかけた明らかに年上とわかる男性が、突然女子高生に話しかけるなんてナンパ目的以外に何があるのだろう。散々迷った挙句に、直樹がかけた言葉はこうなった。山田が隣で「いつ世代のナンパだよ」とつぶやいているのが聞こえたが、無視をすることにする。

 そして、予想通りの原田聡美の反応だった。彼女は警戒心むき出しの猫のようにたじろいで後ずさった。

「あ・・・俺は怪しい者じゃなくて・・・えっと」

 隣にいる山田に助けを求めると、しかし山田は車通りの多い道路を見て険しい顔をしている。

「おい、山田」

「あの黄色い車。酒気帯び運転だ。もうすぐここに突っ込んでくる」

 小声での直樹の言葉を無視して、山田は1人つぶやく。何を言ってんだコイツと思いながら直樹も道路に目をやると、確かに黄色い車が蛇行運転をしているのが見えた。

「あの、もういいですか」

 少し不機嫌気味な原田聡美の声がしたが、直樹は答えることができなかった。すでに黄色い車が猛スピードでこちらに向かってくるからだ。こんなとき、映画だと主人公は間一髪で避けたりするのかもしれない。しかし、今の直樹にはそんな芸当は到底不可能だった。

「直樹!聡美を守れ!!」

 山田の声に反応して、直樹は無我夢中で聡美の頭を抱え込み、全身で彼女の体をかばう。その直後に、何かがぶつかる音がした。

 何が起きたのだろうか。おそるおそる目を開けると、さっきまで蛇行運転をしていた黄色い車がガードレールにぶつかっていた。あと少し右にずれていたら、ちょうどガードレールのない場所にいた直樹たちにぶつかっていただろう。

 自分の腕の中で何かが動く気配がして、直樹ははっとして力を抜いた。原田が驚いた顔でその光景を見ている。

「声を出すなよ。俺は直樹にしか姿を見せれない。それに、今憑いている人間しか守れねぇんだ」

 声を出しそうになったが、やめておいた。何をしたのかはわからないが、たぶん山田は直樹たちを守ってくれたんだ。

「いいか。お前が聡美を守るんだ」


 この日、直樹の生活が一変した。今まで不自由なことなく、非科学的なことを経験することもなく生きてきた。しかし今日、大学の喫煙所で煙草を吸っていたら守護霊に出会った。そして、守護霊に会ったことのない人間を守れと言われてしまった。

 おかしくなっているのは自分かもしれない。直樹はそう思った。

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