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苦手な方はご注意ください。

ミミカブレ

作者: 城田 直

  今年百歳になるおばあちゃんに聞いた話。会津地方の山間の小さな町に、妙法原という高原がある。

 そこにごくまれに、小さな白い百合のような高原植物が生える。それは百合の花のように白くて、花粉が黄金色に輝いている。匂いは白檀に似ている。つまりお線香になる香木の香りだ。それは非常に百合に酷似しているのだが、ユリ科の植物ではない。だいたい名前がへんだ。

『ミミカブレグサ』

 なんでも、その花の花粉に触れた指で耳に触ると、手はかぶれないのに、耳だけが赤くはれ上がり、一ヶ月以上じくじくと膿む。皮膚科に行っても原因は不明で、ただじっとよくなるのを待つしかない。待っていれば自然に消えて跡も残らないのだが、その間の不愉快なことといったら、梅雨時のカビに覆われたパンを眺めているような具合だ。

 そして、その花の名前の由来をおばあちゃんは教えてくれた。

 なんでもこういう具合だ。


 千年の昔。会津地方の磐梯町は会津仏教発祥の地だった。都から菩薩を名乗る聖が仏教を広めるために遣ってきた。だが、その菩薩はとんでもなかった。

 無類の女好きだったのだ。似非菩薩は、村一番の別嬪のユリという女に熱を上げ、よなよな、ユリのすむ掘っ立て小屋に足蹴くかよい詰めた。ユリは別嬪だが知恵足らずだった。菩薩はユリが懐妊したのを知るとどこへでもなく姿を消した。

 ユリは独りで掘っ立て小屋で子を産み落とした。生まれてきた子は耳朶が赤くただれ、目はつぶれたように細く、口がかえるのように裂けていた。この、耳カブレ、化け物!ユリは血まみれの赤ん坊を摘み上げると、裏庭の山土を掘ったくって、生き埋めにした。

七日七晩たった夜のこと、ユリは乳がはって産後の肥立ちが悪く臥せっていた。

そこにしゅうっと蛇が這うような音がして

やがて胸元に何かが張り付いた。乳首にやわらかいぬめぬめしたものが絡みつくと、勢いよく乳を吸い上げる。乳が張って肩こりで吐き気がしてしかたなかったユリはほっと息を緩め安堵した。

それは暗闇の中でずいずい乳首を吸い上げた。気持ちいい。ユリは安らいだ気持ちで眠りをむさぼった。

 あくる日、朝日の差すので、夕べ乳を吸い上げたものの正体をユリは初めて知った。七日前に生き埋めにしたミミカブレだった。ぎゃああああ。ユリは叫んでミミカブレを土間にたたきつけた。すると、それは恐ろしい声で泣きわめいて、その涙がかかった土間に転がっていた石くれが、金に変わった。


どこから聴きつけたのか、金のにおいをかぎつけて、似非菩薩がユリの小屋に舞い戻ってきた。「こいつを叩きのめすと、その涙が石くれを金に変える」ユリは菩薩が戻ってきたのがうれしくて、ミミカブレの秘密を似非菩薩に教えた。

それから、聖とユリは、毎日のようにミミカブレをぶちのめし続けた。ミミカブレは弱っていって、やがて声も涙も出さなくなった。

似非菩薩はミミカブレの出した金を使って

師匠の高僧に取り入り、村の民から生き仏といわれるようになった。声も出せずに弱り続けるミミカブをユリと似非菩薩は

穴を掘って生き埋めにし、そこに無数の石を投げつけた。

汝、蔑むことなかれ。やがて厳かな声が天井から響きわたり、せみが殻の背を割って

羽を伸ばすようにミミカブレの姿は抜け殻になり細かい金粉が無数に空に散った。

似非菩薩とユリは、金の粉を浴びて盲になり、人に蔑まれながら生き恥をさらして余生を送った。

ミミカブレは花になった。

ひっそりと高原に咲き、誰かにこの教えを伝えるために金の粉を振りまき続けている。

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