最強ロケコーディネーター ~勇者一行ご案内~
四十一歳、独身。
映画やドラマの撮影場所を探し、許可を取り、移動手段を確保し、食事を手配する。
そんな「ロケコーディネーター」という仕事だけを、誰よりも真面目に続けてきた男――ギン。
ある冬のロケ帰り、雪道で事故に遭ったギンは、気がつくと異世界に転生していた。
しかし、期待していたイケメン化はなし。
与えられた能力も、剣術や魔法ではない。
「現地の人との交渉」
「ロケ地探し」
「スケジュール調整」
……どうやら神様は、ギンの前世の仕事をそのままスキルにしてくれたらしい。
だが、ギンは知らなかった。
異世界では、それらの能力がとんでもないチートだったことを。
勇者を魔王城へ案内するだけのつもりだったギン。
ところが気がつけば、勇者よりも強くなっていて――。
「いや、俺は勇者じゃなくてコーディネーターなんだけど?」
これは、戦えない普通のおっさんが、仕事の経験だけで異世界最強になってしまう物語。
「……マジかよ」
それが、俺の人生最後の言葉だった。
たぶん。
俺はギン。
四十一歳。
独身。
そして、ロケコーディネーターだ。
映画やドラマの撮影場所を探して、監督から、「こういう場所が欲しい」と言われれば、
全国どこへでもスッ飛んでいく。
古い旅館
廃校
山奥の神社
海辺の倉庫
昭和の商店街
撮影許可を取って、料金を交渉して、撮影隊の移動手段を手配して、
食事いわゆるロケ弁やケータリングまで準備する。
簡単に言えば、
「撮影現場で困ることを全部先回りして片付ける仕事」だ。
俺は、この仕事が嫌いじゃなかった。
というより、家庭もいないし仕事以外にやることがなかった。
だから仕事だけは、誰よりもきっちりやった。
撮影時間
移動時間
食事時間
許可関係
全部、分単位で確認する。
「そこまでやらなくてもいいだろ」と言われることもあった。
でも俺は、「もし何かあったら困るので」と答えていた。
そんな俺の人生最後の仕事は、冬の雪山ロケだった。
ロケバスには俳優とスタッフ。
俺はその後ろを自家用車のミニバンで走っていた。
中古だがまだ距離は7万キロ、まだまだいける!
雪が強くなってきて、嫌な予感がした。
その瞬間
前を走っていたロケバスが――
滑った。
「うわっ!」
俺も急ブレーキを踏んだ。
ミニバンが横を向く。
ハンドルを切る。
切る。
切る。
「止まれ!」
止まらない。
「相棒頼む!」
道路の端。
ガードレール――が――
「ない!」
「うそだろ……!」
ドンッ!
車体が浮いた。
その瞬間、俺は思った。
――このあとの撮影、大丈夫かな。
自分の心配より先に、それが頭に浮かんだ。
そして――
俺の記憶は、そこで途切れた。
◇
◇
「……寒い」
目を開けると、空が見えた。
青い空
木々
知らない森
俺はゆっくり起き上がった。
「……どこだ、ここ?」
体を動かす
痛くない
どこも
俺は自分の体を確認した。
腕
足
腹
頭
全部ある。
「……右膝?」
二十歳の頃、事故で痛めた右膝。
その後、ずっと痛かった。
階段を下りる時。
寒い日。
長時間車を運転した後。
必ず痛んだ。
それが――
「痛くない」
俺は右膝を何度も曲げ伸ばしした。
痛くない。
「……マジか」
そして立ち上がった。
周囲を見渡す。
どう見ても森だ。
日本の森ではない。
いや、日本かどうかすら怪しい。
その時、俺はある可能性に気づいた。
「……まさか」
異世界転生。
一度は夢見たことがある。
いや、正確にはネット小説を読んで、
「俺だったらこうするのにな」と思ったことがある程度だ。
でも、もし本当にそうなら。
俺はまず自分の顔を確認した。
近くの水たまりを覗く。
そこには――
四十一歳の普通のおっさんがいた。
「…………」
少し待った。
もう一度見る。
「……そのままかよ」
異世界転生といえば、イケメン。
若返り
美少年
そういうのを期待していた。
だが俺は、四十一歳の俺だった。
「まあ……いいか」
俺は諦めが早い。
「……ん?」
歯に違和感を感じもう一度水たまりを覗いた。
歯が綺麗だ。
以前入れていたインプラントもない。
治療した歯の被せ物もない。
全部、自分の歯のように綺麗になっている。
「これは……嬉しいな」
俺は笑った。
「次の人生では、歯磨きもっと丁寧にしよう」
前の人生では、力任せに磨きすぎていた。
今思えば、あれは良くなかった。
「よし」
俺は立ち上がった。
「まずは現状確認だ」
仕事柄、こういう時に慌てるのは嫌いだ。
まず情報収集。
次に安全確保。
そして移動。
……そんなことを考えていた時だった。
ガサッ。
「……?」
茂みが揺れた。
出てきたのは――
俺の知っている動物ではなかった。
狼のような体。
だが、頭には角がある。
口からは妙な煙。
「……魔物ってやつ?」
そいつが俺を見なり牙を剥いた。
「いや、待て、まずはスライムとか、優しい系だろ」
どう考えても逃げられない、直感でわかる。
「ちょっと待ってくれ」
当然、魔物は止まらない。
「話し合おう」
その瞬間だった。
頭の中に声が響いた。
《スキル:現地の人との交渉》
《発動》
魔物の動きが一瞬止まった。
俺には、なぜか分かった。
今なら少しだけ時間を稼げる。
「……お腹、空いてるのか?」
魔物が唸る。
「俺を食べても、そんなに腹いっぱいにはならないと思うぞ」
魔物が首を傾げた。
「それより、もっと大きな獲物を探したほうが効率がいい」
魔物が考えている。
ように見えた。
「……よし」
俺はゆっくり後ろへ下がった。
視界の端に大きな岩がある。
「あっちの方に美味しい獲物がいたよ」
魔物の後ろを指差した、魔物が後ろを振り返る。
次の瞬間。
俺は岩を持ち上げた。
「すまん!」
ゴンッ!
魔物が倒れた。
「……」
「やったか?」
魔物の体から、小さな石が転がり出た。
青白く光っている。
「なんだこれ?」
拾ってみる。
《魔石を入手しました》
「おお……」
俺は魔石をポケットに入れた。
「こういうの売れるんだよな、きっと」
その時、また頭の中に声が響いた。
《スキル:ロケ地探し》
《発動しますか?》
「……ロケ地?」
俺は思わず笑った。
「こんなところで仕事するのかよ」 だが、使えるものは使う。
「発動」
すると――
頭の中に、この森の地図が浮かび上がった。
俺が立っている場所。
森の出口。
そして――
その先に、小さな集落。
《コロモ村》
「……あるじゃん」
俺は出口に向かって歩き出した。
道中あの狼みたいなヤツを数匹倒したが
交渉も不意打ちもどんどんスムーズに進んだ。
「なんかゴメンな……」
◇
コロモ村に着いたのは、夕方だった。
村の入口にいた男が、俺を見るなり槍を構えた。
「止まれ!」
「はい」
俺は止まった。
「お前は何者だ!」
「ギンです」
「どこの者だ!」
「……」
困った。
日本と言っても通じないだろう。
「遠いところから来ました」
「怪しいな」
「はい。自分でもそう思います」
男がさらに警戒する。
ここで、スキルが発動した。
《現地の人との交渉》
俺は自然と口を開いた。
「まず、あなたの名前を教えてもらえませんか?」
「……俺か?」
「はい」
「コロモ村の門番、ガルドだ」
「ガルドさん。ありがとうございます」
俺は頭を下げた。
「俺はギン。敵意はありません。森で魔物に襲われて、逃げてきました」
ガルドの表情が少し変わった。
「魔物に?」
「はい」
「一人で?」
「はい」
ガルドはしばらく俺を見る。
「……入れ」
「……」
俺は思った。
前の人生でも、こういう交渉は何度もやった。
撮影場所の所有者
自治体
警察
商店街
旅館
神社
誰かに何かをお願いするときは、まず相手の立場を考える。
それだけだ。異世界でも、仕事の基本は変わらないらしい。
ペコペコしながら門番ガルドの横を通り過ぎる、
ついでに。
「あっあとこれを換金できたりしますか?」
俺は狼から出てきた魔石?を見せた。
「……」
「お前が倒したのか?」
「……」
まずは、これは疑いの眼差しだ。
スキルの話をしてもややこしい事になりそうだ。
「いえ、落ちてました」
「落ちてただぁ?」
ますます怪しむガルド。
やばいな、この流れ・・・
許可降りないパターンだ、菓子折りか、土下座か・・・
えぇい! こうなったらダメ元で
《現地の人との交渉》重ねがけ!
「……」
ガルドの動きが止まった。
「……」
「……そうか、、、落ちていたのか、、、」
「そうです、そうです、なんか狼同士で争ったのかなぁ」
「……まぁ、、、そういうこともあるか、、、換金しなくても魔石で、、、払えるぞ」
ガルドの言葉に勢いがない。
このスキル、副作用でもあるのか?
「そうですよね!ありがとうございます」
これ以上、スキルをかけるとガルドに悪影響がありそうだ。
「では行ってきます、ご親切にありがとう!」
「……おぉ」
ボーっとしているガルドは心配だが、
とりあえず村に入ることができた。
あとでガルドの様子を見にこよう。
◇
その夜。
俺は村の小さな宿で飯を食べていた。
狼の魔石1つで一泊二食付きだった。
久しぶりの温かい食事。
牛肉っぽいもののステーキとマッシュポテトのようなもの。
「うまい……」
食事を終える。
風呂に入る。
そして寝る前に、宿の洗面所で歯を磨く。
丁寧に。
一本ずつ。
「……これだ」
鏡を見る。
四十一歳になって初めて、人生で大切なものが少し分かった。
「歯だ」
◇
翌朝
俺は宿屋の店主に教えてもらった冒険者ギルドへ向かった。
仕事人間だった俺はとにかく仕事がしたい。
なるべくなら前職の経験を活かしたものがいい。
ギルドの受付嬢に説明を受ける。
この世界では、冒険者は魔物退治や素材採取をして生活しているらしい。
ランクはF級からS級。S級は国に一人か二人。
そして、魔王討伐を目指す冒険者は「勇者」と呼ばれる。
「魔王って本当にいるんですか?」
「もちろんです」
受付嬢は真顔だった。
このメリダ大陸には五つの国があり、それぞれに魔王がいる。
千年以上前。
宇宙から飛来した謎の生命体。
それが魔族。
異常な繁殖力。
人間の何十倍もの身体能力。
魔法。
そして悪夢のような姿。
その頂点にいるのが魔王。
「……」
俺は少し考えた。
「ちなみに、俺も勇者になれます?」
受付嬢が笑った。
「冒険者なら誰でも目指せますよ」
「じゃあ登録します」
こうして俺は――
F級冒険者になった。
◇
最初の依頼は素材採取。
レベルに見合った仕事しかないのは異世界も元の世界も同じだ。
依頼書にはこう書かれている
ー薬草
ー魔物の素材
難易度F級以上
ご丁寧に魔物のイラストまである、
ウサギに角が生えたカワイイやつだ。
これなら大丈夫だろう。
俺はすぐに森へ向かった。
村を出る時に。
「おはようございます、ガルドさん」
「おう昨日の!」
「おかげさまで良い宿屋で休む事ができました」
「そうか、そりゃ良かった!」
どうやらガルドは元に戻っている。
「そういえば昨日、お前が村に入る前後の記憶が曖昧で、、、」
「そうなんですね!きっとお疲れだったんですよ!あまり無理せず!」
「うん、そうか……?」
「冒険者登録をしたので、これから素材採取いってきます!」
「おう気をつけな」
勢いで誤魔化した。
危ない危ない、この人にスキルは使用しないでおこう。
そして、森に到着し。
スキル《ロケ地探し》を発動。
「……薬草、ここ」
「あそこにも」
「角のあるウサギ……こいつを倒せばいいのか」
気づけば、依頼は一時間もかからず終わった。
「ロケハンより楽だな」
ロケハンとはロケ地候補をひたすら足を使って探す作業のことだ。
その時だった。
「誰か助けて!」
森の奥から声がした。
女性だ。
しかも若い。
金髪。
長い髪。
細い体。
「……!」
ギン、四十一歳。
異世界転生して初めての美女イベントである。
「いま助けに、行くぞ!!」
ちょっと演技っぽかったかな?
などと思いつつ俺は走った。
そこには、大きな魔物に追われている人物がいた。
「大丈夫ですか!」
「あっち!」
俺は魔物を確認する。
車サイズのイノシシだ。
……強そうだ。
……ふと、相棒のミニバンを思い出す。
「もっと走りたかったな」
バキバキバキ!
突進する特大イノシシが
木々を薙ぎ倒しながら進む音で現実に戻る。
俺には無理だ。
圧倒的に無理だ。
交渉に応じるタイプじゃない。
「走りましょう!」
「え?」
「いいから!」
俺は《ロケ地探し》を発動した。
安全なルートが頭に浮かぶ。
「こっち!」
二人で走った。
魔物が追ってくる。
「右!」
「え?」
「右です!」
木の根を避ける。
崖を避ける。
そして森の出口へ。
魔物は途中で追跡を諦めたようだ。
「助かった……」
俺は息を切らしながら、助けた人物を見る。
「大丈夫ですか?」
「はい!」
振り返った顔は――
美少年だった。
「…………」
「?」
「……男?」
「はい!」
元気な返事だった。
「ハクと申します、ありがとうございました」
「あ、そう……」
俺は空を見上げた。
人は何も考えたくない時にそうするのだと悟った。
「台本と違うじゃないか」
「え? ダイホンってなんです?」
美女だったら、俺の人生は完全に異世界転生の台本通りだったのにな。
まあ、そんなに都合よくはいかない。
「俺はギン」
「ギンさん。助けてくれてありがとうございます!」
「いや、俺も素材採取の途中だったから」
「素材採取?」
「そう」
俺は依頼書を見せた。
ハクは目を輝かせた。
「じゃあ、僕も一緒にやっていいですか?」
「いいけど……」
「僕、冒険者です」
なんだか懐かれた。
美女か猫耳とかなぁ。
まだ諦めきれない自分がいるが、現場でのトラブルは想定内だ。
「何級?」
「D級です!」
「上かよ」
いや撮影現場では年下の俳優やスタッフとも良好な関係を築けていた。
年齢なんて関係ない!
こうして俺たちは、臨時で素材採取のパーティーを組んだ。
◇
それから数日。
ハクは思った以上に優秀だった。
剣の腕は俺より遥かに上。
魔物との戦いもできる。
ただし――
「ハク、そこじゃない」
「え?」
「魔物が三体いる」
「見えませんよ?」
「スキル<ロケ地探し>で分かる」
「すごい……」
「その立ち位置じゃダメだ、後ろのヤツに隙を見せることになる」
「はい」
どうもハクは段取りが悪い。
俺は魔物の位置を伝える。
ハクが倒す。
素材を回収する。
俺が場所を探す。
ハクが戦う。
二人での仕事は、妙に噛み合った。
お昼前
「ここらで休憩しよう」
「まだまだ行けますよ!」
「いや、人は集中力を保てる限界がある」
「はぁ」
「ここらで一旦、休むのがベストだ」
「わかりました!」
ハクが言った。
「ギンさんって、すごいですね」
「そうか?」
「魔物がどこにいるか分かるし、危険な道も分かる」
「前の仕事でも似たようなことしてたからな」
「前の仕事?」
「ロケコーディネーター」
「……?」
異世界転生を説明したが分かってもらえない。
そもそも俺にも転生が何なのかよく分かっていない。
代わりにハクにも理解できる内容で前職の仕事を説明した。
場所を探す仕事。
許可を取る。
人を集める。
トラブルを回避・解決する。
ハクは真剣に聞いていた。
そして。
「それって……」
「うん」
「勇者の仕事じゃないですか?」
「全然違う」
俺は即答した。
「勇者を支える仕事だ」
ハクは笑った。
「じゃあ、ギンさんは勇者を案内する人ですね」
「……」
その言葉が、なぜか妙に頭に残った。
◇
数日後。
ギルドに新しい依頼が出た。
【新ダンジョン<迷いの森>攻略パーティー募集】
俺は紙を見る。
「ダンジョン攻略……攻略難易度C級以上」
ハクが隣から覗き込む。
「行きます?」
「いやいや」
俺は笑った。
「俺はF級だぞ」
俺は魔物討伐をほとんどハクに任せて指示するのみ。
なので、きっとレベルは上がっていない。
俺は依頼書を見る。
必要なのは
剣士
魔法使い
僧侶
斥候
「……これ、スタッフ編成と同じじゃないか?」
気づいた。
俺はずっと、映画の撮影現場で同じことをしてきた。
監督の希望を聞く。
必要な人間を集める。
移動を組む。
食事を用意する。
トラブルを潰す。
だったら。
「……やってみるか」
ハクを見る。
「ハク」
「はい」
「勇者一行、作ってみよう」
冒険の序章までを書きました。




