第8話
レグルスの号令を聞き、各々が再び己の作業に戻る。
グレイは再びアイマスクをつけ、深く椅子に沈み込む。
そんなグレイのもとにセレスがやってくる。
「お疲れ様です!グレイさん。今回は未熟者ですがよろしくお願いします!」
「...んあ?よろしくな。」
一瞬だけセレスの方を見たグレイは、再び興味を失ったようにうつむく。
その気怠げな態度に、セレスは焦りを覚えた。
「あっあの、、、私はこれからどう動いたらいいのでしょうか?」
「うん?そんなものは自分で考えろ。
といいたいところだが、さすがにそれは無理だからな、、、。」
グレイはポリポリと頭をかくと、何やら書類を確認していたジンに目を向ける。
「ジン、現場の補佐は俺がするからおまえがやり方教えてやってくれ。おまえの方が潜入は得意だろ。」
「まったく、、、あなたが補佐なんですけどね。」
自身の仕事を丸投げしてきたグレイに呆れた視線を向けつつ、ジンは諦めたように溜息をついた。
「まぁセレスさんが可哀想なので今回はよしとしましょう....。セレスさん、今からあなたにやっていただきたいのはこの男と接触することです。」
ジンはそう言うとセレスのヴォックスに画像データを送る。
「この人は?」
「この男の名前はディスタ。スペリドの構成員で今回の薬物売買の実働部隊を仕切っている男です。
セレスさんには彼と接触し、彼が薬物を売買している現場を押さえるそして薬物が保管されている箇所を突き止めてください。
そのためにまずはインカータに客として入って彼と接触するといいでしょう。」
「そこからはどうすればいいんでしょうか?」
セレスが不安そうにそういうとジンは瞳を細めてセレスを見つめる。
「そこからはセレスさんの判断に任せますよ。ただおすすめの方法としてはまずは単純に客として店に通ってみてください。大体4,5回ぐらいでしょうか。
いきなり捜査するのではなく、とにかくあなたがあの空間にいるのが不自然でないように思わせましょう。そこからそれとなく探りをいれていけば、尻尾をつかめる可能性は高まりますね。」
ジンはなんてことないように言う。
「とにかくセレスさんにやってもらいたいのはディスタがインカータで薬物売買を行なっているという動かぬ証拠です。あとは現場でグレイに聞いてください。私も近衛の調査に入りますので。」
そういうとジンは部屋をでていく。
「はっはい、、、。」
残されたセレスの胸中には、初めての潜入任務への重圧と不安が渦巻いていた。
〜インカータ side エリス〜
ぎぃ。
いつも通り店の扉をあけると、シャンデリアの毒々しい光と、甘ったるい香り、そして紫煙の入り混じった空気が私を出迎えた。
私は重低音の響く流行りの曲に合わせて踊る男女を尻目にカウンターの隅に座る。
私がカウンターに座り、グラスについた水滴をなぞっていると、横から男の声が降ってきた。
「君最近よくきてるじゃん。今日も一人?」
声の出所を振り向くと、派手なヒョウ柄のシャツの胸元を開けた男が、下卑た目線でこちらを見ていた。
「そうですけど。」
男の目の色が変わる。
獲物を見つけたような、ねっとりとした視線が私を突き刺す。
「俺はロメロっていうんだ。ここの常連だから、何度かもう会ってるよな!」
「そうですね。何度かは見てます。」
(……面倒くさいな)
私は鼻をつく酒の匂いと、甘い香りに内心いらだちながらも、表情を崩さず答える。
「君の名前はなんていうのさ?」
「...アリスです。」
ドス、ドスと腹に響くスピーカーの振動。
ロメロと名乗った男は私の隣の席にわざわざ移動すると、親しげな雰囲気で話しかけてくる。
「アリスちゃんっていうんだ。アリスちゃんは最近からここに来てるの?」
(しつこいなこいつ。適当にいなして終わりにしたいけど..。常連っていってたし《《ディスタ》》っていう男とも繋がりがあるのかも。なら割り切ってこいつからディスタへの繋がりを見つけてくるしかないか)
「そうですね。ロメロさんはいつ頃から通われているんですか?」
「俺?そうだな大体1年前ぐらいからかな!だから顔は結構広い方だぜ!聞きたいことあったらなんでも俺に聞いてよ」
ロメロが自慢げに胸を張る。私は手元のグラスを見つめ、少しだけ声を潜めた。周囲の喧噪に紛れさせるように。
「そうなんですね。そしたらお言葉に甘えて一つお聞きしたいことがあるのですが....」
「おっ何々?何でも聞いてよ!」
「ここの店にいる人、皆さんなんか見たことない粉をのんでいるように見えたんですけど、、、あれって何ですか?」
ピタリと、ロメロの動きが止まった。
そして次の瞬間、ニヤリと深く笑う。
「おっあれか!最近ここの店で売っている薬だな。」
「薬?」
(ヒットだ)
「あっ薬っていっても危ないやつじゃないんだよ!っとどこにあったっけな、、、。あっっこれこれ!」
ロメロはゴソゴソとズボンのポケットを探り、小さな透明の袋をカウンターの上にコトンと置いた。
「これ”スティムラント”っていう薬で、自分の体内にある魔力を整えてくれる薬なんだ。体の調子も良くなって、めちゃくちゃ気分がアガるんだ!」
(ジンさんの報告にあったとおりだ。)
スティムラント。
使用者の魔力に干渉して、脳内への魔力供給量を増やしていくもので、魔力が一時的に脳へと集まるから気分が良くなったり、感覚がさえてコンディションも整ったように感じるけど...。
術式とは違って魔力の運用に慣れていない人が急に魔力を集めてしまうから、脳への負担はでかい。それに体調の変化にも気づきにくいからこそ、気づいた頃にはもう手遅れになってしまう恐ろしい薬。すでにこんなに蔓延しているなんて....。
私は込み上がる嫌悪感に蓋をし、小首をかしげる。
「ロメロさんはいつから使ってるんですかその薬。」
「俺?俺は三ヶ月前ぐらいからかな。ここの常連はみんな飲んでいるよ。何々?アリスちゃんも興味あるの?」
「いえ私は...」
「もったいないなぁ!めっちゃ効果あるからおすすめなのに...。そうだ!ディスタさんって知ってる?」
その言葉に一瞬だけドキッとしたが、顔には出さず、私はわざと戸惑ったような表情を作った。
「いえ、、、。聞いたことないです。」
「ディスタさんっていうのはこの薬売っている人で、よくお店にも顔出してるんだ!俺知り合いだから一度話通してあげるよ。」
(これはチャンス。まずはディスタと近づいて証拠を押さえないと)
「話だけなら、、、。」
「おっ何だ。やっぱり興味あるんじゃん!」
ロメロは上機嫌に立ち上がる。
「ちょっと待っててね、今日はディスタさん来てるからオッケーか聞いてくるね!」
「お願いします。」
「任せてよ!アリスちゃんのためなら一肌脱いじゃうもんね。」
上機嫌な足取りでロメロが人混みへ消えていく。
その背中が完全に見えなくなったのを確認し、私はすかさずポケットからヴォックスを取り出した。
「今からマル被と接触します。フォローアップお願いします。」
そうとだけ送ると私はヴォックスをしまいロメロを待つ。
ドクン、ドクンと自分の鼓動がうるさい。
不安とともに集中力も高まり、周囲の喧噪が聞こえなくなっていくような感じがした。




