第1話
~帝都アークライト~
2人の男が狭く細い裏路地を駆け抜けていた。
土煙をあげ、心臓が破裂する寸前まで男たちは死に物狂いで走る。
「はぁ...はぁ...何なんだあのバケもんは!聞いてねぇぞあんな奴がいるなんて!」
「兄さん!あいつら凄腕の護衛だったんじゃないのかよ!」
「馬鹿いえ!この日のために大金払って雇ったんだぞ!弱いはずがねえだろ!」
弟の悲痛な叫びに兄は口に残る僅かな唾を飛ばして吠える。
「でもあいつ一人にあっさり負けちまったじゃねか!」
「そんなの知るか!黙って走ってろ!くそっ計画が台無しだ。
ふざけんな今日のためにどれだけの時間と金割いてきたと思ってるんだ!くそが」
心臓が早鐘を打つ。
どれだけ走っただろうか。永遠にも感じる逃走の末、彼らはアジトとも呼べる寂れた一軒家にたどり着く
「くそ!全部全部台無しだ!こいつさえ売り払えれば一生遊んで暮らせるはずだったが、、、あの野郎のせいで!」
怒声と共に安っぽい机が悲鳴をあげる。
強くたたかれた机にはこぼれた水が広がっていく。
「ふぅ…。兄さん落ち着け。まだそいつを取られた訳じゃないんだ。それにあいつからも逃げれたんだ!命があるだけマシだと思えよ!」
弟は荒ぶった息を整えながら、小さな声でしかしはっきりとした口調でそう告げる。
「...。そう、だな。少し焦っていたのかもしれねぇ」
そういうと兄もまた安堵の白い息を吐き出した。
部屋には再び静寂が戻る。
「そうだぜ兄さん。まだそいつが俺らの内にあればチャンスはあるんだ。とりあえずここはあぶねぇからいったん別の拠点を探さねぇとだな。とりあえず必要最低限のものだけもって、、、うん?」
荷物をまとめようと動いていた弟の動きが止まる。
「なんか聞こえてこねぇか?」
「何も聞こえねぇぞ。それよりさっさと準備するぞ」
「いやちょっと待て。やっぱり聞こえるぞ。誰か来てやがる、、、。」
弟の顔から血の気が引いていく。
コツ、コツ。
革靴がコンクリートの上を歩く音が広がる。
「こんな夜更けに出歩く奴がいてたまるか!今こんなところ歩いてる奴なんか、うしろめてぇことしてるやつか、それこそ俺らのこと追ってたあいつぐれぇ」
「ご名答。正解だな」
低い男の声が聞こえた直後、扉が吹き飛ぶ。
「!?」
かつて扉だった木片が空気中を散らばる中、黒いコートをまとった男が現れる。
「おっおっおめぇなんでここが!おめぇのことはさっき巻いたはずなのにっ!」
「あぁおまえらがアジトに行くまでそりゃぁ長くて暇だったぞ。ゆっくり追いかけるのもまったく骨が折れることだ。」
男はそういうとポケットからおもむろにたばこを取り出し火をつけ、まるで自分のものであるかのように近くにあった椅子に腰掛けた。
暗い部屋でタバコの炎だけが男の冷え切った顔を映し出す。
「おまえらのせいで俺は夜まで仕事する羽目になったわけだが、さっさとその手に持ってるもの、渡してもらおうか。他にもあるなら探すの面倒くさいからさっさとまとめて出すんだな。じゃなきゃ力ずくでも探さなきゃならねぇ。」
煙を出す男の言葉に兄弟は凍りつく。
数瞬の時が流れる。兄の顔が悔しさに歪み、弟は諦めたように肩を落とした。
(この男と正面から戦って勝てるとは思えない、、、。だからこいつを俺らが持ち続けるのは不可能。なら手元にある方を渡して後ろにあるもう一つの方を隠し通すのがベストか。)
「...。兄さんそれをあいつに渡そう。」
弟は冷静にそう告げる。
「ふざけるな!これを守るためにどれだけ必死の思いで」
「命に変わるほどの価値はねぇよ。」
せまい一室に張り詰めた空気が広がる。
「ずいぶん殊勝な態度だな。いいぞさっさとそいつをよこすんだな。」
悔しげな表情を浮かべる兄の手から物をとった弟は、たばこを吸う男に近づく。
「ほらこれでいいんだろっ」
そういうと弟は椅子に座る男に「それ」を投げた。
「...。偽物ではなさそうだな。」
男は受け取った物をしっかりと確認した後にこうつぶやいた。
「ほらそいつは渡しただろ。さっさと出ていけよ!」
弟は叫ぶが男は微動だにしない。それどころか呆れたように鼻を鳴らした。
「出て行く?そりゃどうしてだ?目の前に犯罪者がいるのに取り逃がす奴がどこにいるんだ。」
「なっ...、おまえさっき渡さねぇと力ずくでっていったじゃねぇか!!!」
「言ったぞ。そして渡したら手を出さないなんて一言も言ってないな俺は」
一瞬にして自分達の早とちりに気づいた男達の表情からは血の気が引いていく。
「たとえ俺が手を出さねぇと言ってたとしても、おまえらみたいな犯罪者達のために守ってやる約束なんざこの世にはねぇよ。」
そういうと男は吸い終わったたばこを投げ捨て椅子から立ち上がる。
「それに奥にあるその箱。中身見せてみろ。こいつと同じもんがもう一個入ってるだろ。」
「ッ!?」
兄弟の表情がさらに歪んでいく。
「おおかた俺に本物を一つ渡して捜査を終わらせて、その後にもう一つを売る算段だったんだろうが...詰めが甘いな。」
「ど、どうして分かったんだ...」
「そんだけ禍々しい魔力出してりゃどこにあったって分かるさ。」
再び沈黙が部屋を支配する。
「ほらさっさとそいつもよこすんだな。そうすりゃ少しは手加減してやるぞ」
「黙れ!お前の言葉なんか信用なるか!」
「じゃあどうするんだ?」
「決まってんだろ。こうするんだよっ!」
兄は懐からナイフを取り出し男に一瞬で詰め寄る。
「死ねや!このクソ野郎が!!!」
勢いよく突き出されたナイフは男の心臓目掛けて一直線に進む。
殺意に満ちた一撃は正確に男の心臓を捉える
はずだった。
しかしナイフが心臓に到着する直前にナイフが動きを止める。
男の手前で止まったナイフには男の指がかけられている。
「ゆっ指で...どうなってんだ、、、」
「お前じゃ俺を刺すことなんかできねぇよ。そもそもお前らの護衛がやられている時点でお前らより俺の方が強いことなんか分かりきってんだろ。」
そういうと男は指に力を込めナイフを破壊する。
鉄製のナイフは一瞬にして粉々に砕け散る。
「あ、がッ....」
返す刀で放たれた膝蹴りが兄の腹を捉える。
兄は悲鳴をあげるまもなく地面に崩れ落ちる。
「ーーで?お前の兄貴はくたばったが、お前はどうする?」
残された弟は、泡を吹いて倒れた兄と、化け物を見る目でグレイを見比べる。
「うっうぁぁぁ!」
恐怖と絶望感から混乱した彼は男に向かって駆け出す。
ドォン!
しかし、その瞬間に警棒のようなものが彼の懐に打ちつけられる。
そしてその勢いのまま弟は壁に轟音と共にぶつかる。
一瞬にして大の男2人を制圧した男は地面に横たわる彼らに背を向け再び椅子に腰掛け、気怠げな様子で通信機器のようなものを取り出す。
「こちら魔法犯罪取締室所属グレイ。違法魔道具を所持していた男2名の無力化に成功。現物を回収し次第帰還する。」




