EP 8
村の案内と最初の治療
翌朝。勇太は「コケコッ、コッ!」という聞き慣れない、しかし愛嬌のある鳴き声と、鼻先をくすぐるスープの香りで目を覚ました。
キャルルの家で借りた寝床は、藁の上に「ピッグシープ」の毛皮――驚くほど弾力があり、温かいウール――が敷かれており、異世界に来て初めて泥のように深く眠ることができた。
「おはようございます、ユウタさん! よく眠れましたか?」
朝食の席では、キャルルとミルルが笑顔で迎えてくれた。
テーブルには、鮮やかなオレンジ色の黄身を持つ「トライバードのオムレツ」、人参と豆のスープ、そして黒パン。
ミルルは嬉しそうに、昨日勇太がプレゼントしたプラスチックのミルを回し、スープに黒胡椒を振っている。スパイシーな香りが、勇太の胃袋を心地よく刺激した。
「ユウタさん、もしよければ今日、村を案内します! みんなにも紹介したいですし!」
食事の後、キャルルが長い耳を揺らして提案してくれた。
「ありがとう。ぜひお願いしたいな」
二人は連れ立って、朝の光に包まれたルナキャロット村へと歩き出した。
外は活気に満ちていた。
畑では、逞しい筋肉を持つ農夫たちが、巨大な角を持つ牛――「ロックブル」に鋤を引かせ、大地を耕している。
牧草地では、子供たちが丸々と太った羊毛質の豚「ピッグシープ」を追いかけ、鶏冠が三つある鶏「トライバード」が足元を走り回っていた。
「あそこが自慢の人参畑です! ここの土は特別で、甘~い人参が育つんですよ」
「あっちは工房区画。機織り小屋や、鍛冶場が集まっています」
キャルルは弾むような足取りで、村の施設を案内してくれる。
すれ違う村人たちは、昨日の冷たい視線とは打って変わって、「やあ、昨日の兄ちゃんだな!」「助けてくれてありがとな!」と、気さくに手を振ってくれた。
黒胡椒の噂か、キャルルの信頼か。村の空気は柔らかく、温かい。
(いい村だなぁ……)
勇太が心を緩めた、その時だった。
鍛冶場の方向から、ただならぬ怒号と悲鳴が聞こえてきた。
「ああああっ!! い、痛い、痛いよぉ……!」
「しっかりしろ! おい、誰か水だ! 早く薬師婆様を呼んでこい!」
「……!?」
キャルルと勇太は顔を見合わせ、駆け出した。
人垣をかき分けると、熱気漂う鍛冶場の前で、一人の若い兎人の青年が地面に転がり、右腕を押さえてのたうち回っていた。
傍らには、赤熱したままの鉄の延べ棒が転がっている。
「どうしたんですか!?」
「作業中に手が滑ってな……熱した鉄を腕に落としちまったんだ!」
親方らしき男が蒼白な顔で叫ぶ。
勇太は青年の前に滑り込み、患部を見た。
(ひどい……!)
ジュッ、という音が聞こえてきそうなほど、皮膚が焼け爛れている。
赤く腫れ上がった部分と、白く変色した部分。そして水ぶくれ。
(第二度熱傷……いや、一部は第三度(皮下組織まで到達)に近い。範囲も広い。水で冷やすだけじゃ足りないし、この衛生環境じゃ細菌感染のリスクが高すぎる……!)
「薬草を持ってきたぞ! これを塗れば……」
村人の一人が、すり潰した緑色の草を持ってきた。だが、勇太はそれを手で制した。
「待ってください! その火傷に、消毒していない薬草を直接塗るのは危険です! 傷口から菌が入って、最悪の場合、腕を切断することになりますよ!」
「な、なんだと!? じゃあどうすればいいんだ! このままじゃ痛みでショック死しちまう!」
村人たちが動揺する中、勇太は覚悟を決めてリュックを下ろした。
「僕に任せてください。……もっと確実に、治す方法があります」
彼はボードを展開する。現在の所持ポイントは30P。
素早く『医療品』カテゴリを検索し、脳内で計算する。
『冷却・殺菌消毒スプレー』:5P
『抗生物質入り・麻酔成分配合 火傷軟膏』:15P
『滅菌ガーゼ(10枚)』:3P
『伸縮包帯』:2P
合計25P。
全財産のほとんどが消える。昨日の命がけの報酬が、一瞬でなくなる。
だが、勇太の指は止まらなかった。躊躇いなんてない。目の前の患者を救うこと、それが彼にとっての「絶対憲法」だからだ。
【購入完了】
光の粒子と共に、現代の医療セットが現れる。
「な、なんだそれは……?」
村人たちが息を飲む中、勇太は手際よく動いた。
まずは水筒の清潔な水で患部を洗い流し、スプレー缶を振る。
プシュ――ッ!!
鋭い噴射音と共に、白い霧が患部を覆う。
「ひっ!?」
青年がビクリと体を震わせたが、すぐに表情が和らいだ。
「つ、冷たい……? 痛みが、引いていく……?」
冷却効果と、局所麻酔成分のおかげだ。
勇太は間髪入れず、チューブから透明な軟膏をたっぷりとガーゼに出し、焼け爛れた皮膚を優しく、しかし隙間なく覆った。
最後に、真っ白な伸縮包帯を巻き、手際よく固定する。
その手並みは、実習で何度も繰り返した通りの、無駄のない動きだった。
「……終わりました。これで、菌が入ることもないし、痛みもすぐに引くはずです」
勇太が額の汗を拭うと、静寂が訪れた。
村人たちは、青年の腕に巻かれた、雪のように白く、均一な布(包帯)と、魔法のような道具に目を奪われ、言葉を失っていた。
「……すげぇ……」
「痛くない……嘘みたいだ、あんなに焼けるように痛かったのに……」
青年が恐る恐る腕を動かし、涙目で勇太を見上げた。
「あ、ありがとう……ございます……! 神官様の治癒魔法みたいだ……」
その言葉を皮切りに、鍛冶場が歓声に包まれた。
「すごいぞ!」「人間さん、いやユウタ様!」「なんて手際だ!」
キャルルも、尊敬と誇らしさが入り混じった瞳で勇太を見つめている。
勇太が照れくさそうに笑った、その時。
【ピンポンパンポーン♪】
【善行ポイントが 50 P 加算されました】
【現在所持ポイント: 55 P】
(50ポイント……!?)
勇太は目を疑った。
ゴブリンを殺して10P。襲われている人を助けて20P。
そして、傷ついた人を治療したら、50P。
(そうか……この世界は、『奪う』ことよりも『救う』ことを、何よりも高く評価するんだ)
失った25ポイントが、倍になって返ってきた。
それは単なる数値以上の意味を持っていた。
医者を目指す自分の道は、間違っていない。この世界でも、自分の知識と技術は通用するのだ。
「ユウタさん、すごいです! 本当に……すごいです!」
興奮して駆け寄ってくるキャルル。
勇太は55ポイントという、これまでで最大の「資産」と、村人たちの信頼を背に、医者としての第一歩を確かに踏み出したのだった。




