EP 28
一級品のポーションと商人の値踏み
数週間にわたる試行錯誤の末、ついに「ホープ・クローバーズ」特製の魔法回復薬、第一ロットの大量生産が完了した。
白月草の生命エネルギー、リーシャの高度な回復魔法、キャルルの月兎族の栽培力、そして勇太の「科学的アプローチ」による徹底した温度・配合管理。
それらが融合して生まれたポーションは、澄み切った蒼い液体の中に、銀色の光の粒子が星屑のようにキラキラと舞う、見るからに神秘的な芸術品に仕上がっていた。
勇太達は、自信作のポーション50本を『マジック・ポーチ』に詰め、帝都中央区のゴルド商会本店へと足を運んだ。
VIP専用の応接室に通されると、すぐに話を聞きつけたニャングルが目を輝かせて飛び込んできた。
「毎度! ユウタはん、皆様! いやー、首を長ぁ〜くしてお待ちしておりましたで! 例の魔法薬、ついに完成しましたんか!」
「ええ、試作品だけどね。まずは、これを見てほしい」
リーシャが、テーブルの上にそっとポーションの入った特製ガラス小瓶を一本置いた。
ニャングルはすぐさま商人の顔になり、懐から『鑑定の片眼鏡』を取り出して右目に装着した。
「どれどれ……」
小瓶を窓の光にかざし、中の液体の揺らめき、魔力の密度、そして成分構成を確認する。
数秒後。ニャングルの猫目が、こぼれ落ちんばかりに見開かれた。
「な、何ですかいな、このバケモノみたいな品質は!? 不純物ゼロ……いや、それどころか、魔力の粒子が完璧な配列で澄み切っとる! ワテ、こんな美しいポーション、王宮の宝物庫でも見たことおまへんで!?」
ニャングルの声が、興奮で完全に裏返っている。
「当然よ。私達が最高の素材と技術を注ぎ込んで作ったの。……エリクサーに肉薄する効果があるわ」
リーシャは、自分の作品に絶対の自信を持って、誇らしげに胸を張る。
「顕微鏡っていうので見ながら、0.1グラム単位で何度もやり直したんですから!」
キャルルも、苦労した開発の日々を思い出し、うんうんと頷いた。
勇太も、仲間たちの努力を労うように微笑む。
ニャングルは震える手で小瓶をテーブルに戻し、ごくりと唾を飲み込んだ。
そして、努めて冷静な「商人の顔」を貼り付けて言った。
「……素晴らしい。実に素晴らしい逸品ですわ。これなら、帝都の貴族や騎士団に出しても文句は言われしまへん。つきましては、お値段なんやけど……卸値として、1本につき『金貨1枚』でどうですか? 破格の値段でっせ」
金貨1枚。日本円にして約1万円。消耗品の薬としては確かに破格だ。
だが、その言葉に、腕を組んで黙っていたイグニスの眉がピクリと跳ねた。
「……ああん?」
ギリッ、とイグニスが奥歯を鳴らす。
彼は、このポーションを作るために仲間たちがどれだけ苦労したか、勇太がどれだけ緻密な計算に頭を悩ませていたかを間近で見てきたのだ。
バンッ!!
イグニスが応接室のテーブルを叩き割らんばかりの勢いで叩いた。
「おい猫吉! テメェ、舐めた口きいてんじゃねえぞ! 俺たちの仲間が、血と汗と魔力と闘気で作ったこの『奇跡の薬』を、たった金貨1枚で買い叩こうってのか!?」
「ひぃっ!?」
イグニスの巨体から発せられる本気の凄み(竜気)に、ニャングルはビクッと体を震わせ、ソファの背もたれに張り付いた。
「あわわ、じょ、冗談ですやんか、イグニスはん! そ、そないな怖い顔せんといて! ほな、倍! 1本につき金貨2枚でいかがでっしゃろ!? これ以上はホンマに、ワテの首が飛びまっせ!」
ニャングルが涙目で両指を立てる。
1本金貨2枚(約2万円)。今回持ち込んだのは50本だ。つまり、このテーブルの上だけで金貨100枚の価値があることになる。
イグニスが「けっ」と鼻を鳴らして引き下がると、今度はリーシャが優雅に脚を組み替えた。
「……まぁ、良いでしょう。基本の卸値はそれで手を打ちましょうか。ただし」
リーシャの碧眼が、ニャングルを射抜く。
「今後の生産量と販売について、私たちに有利な条件を飲んでもらうわ。卸値の金貨2枚とは別に、『最終的な販売利益の20%』をロイヤリティとして私たちに還元すること。……それが、このポーションの『独占販売権』をゴルド商会に渡す条件よ」
「に、二割のロイヤリティ……!?」
ニャングルが絶句した。単なる卸売りではなく、継続的に利益を吸い上げる現代的なビジネスモデル。勇太がリーシャに教え込んだ「交渉術」だ。
「……どうする? 嫌なら、別の商会を当たるけど」
勇太がしれっと言うと、ニャングルは頭を抱えて数秒悶絶し――やがて、白旗を上げるように両手を挙げた。
「……分かりましたわ。完敗です。その条件で契約しまひょ! ホンマ、あんさん達は冒険者よりも商人に向いてまっせ!」
こうして、勇太達は『ホープ・クローバーズ印の特製魔法回復薬』の強力な納品契約を、ゴルド商会と無事に結んだのだった。
帰り道。
イグニスはまだ少し「安すぎたんじゃねえか?」と不満そうだったが、キャルルは完全に計算モードに入っていた。
「1本金貨2枚で、それが50本……。ひゃ、ひゃく枚!? ユウタさん! お庭の畑の草が、全部金貨に見えてきました!」
キャルルの目が「¥」のマークになっている。
「ははは。でも、これで事業の基盤は盤石だね」
勇太は、そんな仲間たちの様子を見ながら、自分たちの手で生み出した価値がこの世界で確かに認められたことに、大きな手応えを感じていた。
このポーションが、彼らの夢を、そしてこれからの帝都での冒険を、また一歩、確実なものへと変えていくのだった。




