EP 12
商人の切り札と値引き交渉
帝都での生活にも慣れ始めたある日。
勇太たちは、中央商業区の一等地にある白亜の巨塔――**『ゴルド商会アウストラ本店』**を訪れていた。
「うわぁ……。お城みたいです」
キャルルが口を開けて見上げる。
店内は磨き上げられた大理石の床、天井には魔光石のシャンデリア。
並んでいる商品は、宝石、魔導具、シルクのドレスなど、目がくらむような高級品ばかりだ。
「へっ、儲かってやがるな。誰のおかげだと思ってんだか」
イグニスが鼻を鳴らすと、奥から聞き覚えのある声が飛んできた。
「おやおや! これはホープ・クローバーズの皆様ではありまへんか!」
現れたのは、仕立ての良いベルベットのスーツに身を包んだニャングルだ。
部下たちにテキパキと指示を飛ばしていた彼は、勇太たちを見るなり商売人の顔(満面の笑み)になった。
「いらっしゃい! 待ってましたで! 聞きましたよ、ロックサウルスを狩って大金持ちになったとか! さぞかし懐が温かいんでっしゃろなぁ!」
「やあ、ニャングルさん。……情報が早いね」
勇太が苦笑すると、ニャングルは揉み手をしながら近づいてきた。
「ほっほっほ、商人たるもの、太客の情報は逃しまへん! ……で、今日は何の用です? 武器? 防具? それとも投資の話でっか?」
「買い物だよ。……僕らの冒険に役立つ、とっておきの品はないかな?」
勇太が尋ねると、リーシャが補足した。
「素材の運搬に困っているの。ノマド号は便利だけど、ダンジョンの奥や狭い坑道には入れないでしょう? だから、持ち運びできる収納道具が欲しいのよ」
「なるほど! さすがお目が高い!」
ニャングルはニヤリと笑い、ショーケースの奥から恭しく一つの箱を持ってきた。
中に入っていたのは、手のひらサイズの古びた革ポーチだ。
「これぞ**『亜空間収納鞄』**! 古代遺跡からの発掘品ですわ! 見た目はこない小さいですが、その容量たるや……大型魔獣ロックバイソンが10頭、丸ごと入りまっせ!」
「10頭分!? トラックの荷台並みじゃない!」
リーシャが身を乗り出す。
これさえあれば、トラックが入れない場所でも、無限に素材を回収できる。冒険の効率が段違いだ。
「すごいです! ……でも、お高いんでしょう?」
キャルルが恐る恐る尋ねる。
「そりゃあもう! 希少な空間魔法が付与されてますさかい、市場価格なら金貨20枚は下りまへん」
「20枚!?」
イグニスが目を剥く。大金を手にしたとはいえ、全財産の4割が吹っ飛ぶ額だ。
「せやけど! ユウタはん達には日頃から儲けさせてもろてます! 特別に……金貨12枚! どうです、赤字覚悟の大出血サービスですわ!」
ニャングルが自信満々に提示する。
確かに相場よりは安い。イグニスなどは「おっ、安いな! 買うか!」と乗り気だ。
だが、勇太は冷静だった。
彼はポーチを手に取り、縫い目や魔力の摩耗具合(リーシャに目配せして確認)をチェックすると、静かに棚に戻した。
「……うーん。確かに良い品だけど、中古品だしなぁ。魔力の劣化も気になる」
「えっ? い、いやいや、まだまだ現役で使えまっせ!?」
「それに、僕らにはトラックがあるからね。緊急性は低いんだ。……金貨12枚なら、美味しいものを食べて帰ろうか。行こう、みんな」
勇太は踵を返した。
その背中には一切の迷いがない(ように見せた)。
「ちょ、ちょちょちょ! 待ってくださいユウタはん!」
ニャングルが慌てて回り込む。額に冷や汗が浮かんでいる。
「そ、そないな殺生な……! 分かりました、分かりましたから! 商談はこれからですやん! ……金貨10枚! これでどないです!? 原価割れですって!」
「金貨10枚か……」
勇太は立ち止まり、懐からジャラリと「金貨が入った袋」を取り出した。
「ニャングルさん。僕らは今、**『現金一括』**で払えるよ」
「……ッ!」
商人の目が釘付けになる。ツケ払いでも小切手でもない、即金の魅力。
「それに、僕が今開発中の**『新商品(地球製の虫除けスプレー)』**……。これを最初に卸す権利を、ゴルド商会にあげてもいい」
「な、なんですとォォッ!?」
ニャングルの猫耳がピンと立った。夏の帝都で虫除けは爆売れ必至だ。
「ポーチの値段は……金貨7枚。これなら、今すぐここで握手だ」
勇太はニッコリと微笑んだ。
それは勇者ではなく、悪徳商人の笑顔だった。
「な、なな……なな……!」
ニャングルはプルプルと震え、ポーチと金貨、そして未来の利益を天秤にかけ――。
「……負けましたわ! あんた、ホンマにえげつない交渉しはる……!」
ニャングルはガックリと項垂れた。
「まいどあり! 金貨7枚で商談成立や!」
「ありがとう。良い買い物ができたよ」
こうして、勇太たちは相場の半値以下で、冒険者の神器『マジック・ポーチ』を手に入れた。
「やったー! これで森のキノコも採り放題ですね!」
キャルルがポーチを嬉しそうに撫でる。
「フフ、まさかあのニャングルを言いくるめるなんて。……貴方、商人としても一流ね」
リーシャが感心したように勇太を見つめる。
勇太はポーチを腰に装着した。
ノマド号(拠点)とマジック・ポーチ(携帯倉庫)。
二つの収納を手に入れた「ホープ・クローバーズ」の物流は、盤石のものとなった。
「さて、装備も整ったことだし……。そろそろ『本業』の冒険に戻ろうか」
勇太が店の外へ出ると、帝都の空は高く澄み渡っていた。
だが、その平穏な空の下で、不穏な噂が流れ始めていたことに、彼らはまだ気づいていなかった。




