第二章 帝都マルシアへ
帝都への誘い ~釣り場の騒がしい闖入者~
「霧降りの谷」での激闘から数週間。
ルナキャロット村は、勇太がもたらした「地球の知恵」と「ノマド号」の存在によって、かつてないほどの繁栄と安心感に包まれていた。
村の防衛、産業、医療。すべてが軌道に乗り、勇太たちがいつ旅立っても大丈夫な状態が整いつつあった。
夏の終わりの、穏やかな午後。
勇太は村外れの川辺にいた。
手には、あえて「地球ショッピング」を使わず、現地の竹で作った釣り竿。
最新鋭のキャンピングカーを持つ身だからこそ、こうしたアナログな時間は贅沢な息抜きだった。
(平和だな……。モンスターに追われない時間は、いつぶりだろう)
木漏れ日が水面を揺らすのを眺めていると、軽やかな足音が近づいてきた。
「あ、ユウタさん。こんなところにいたんですね」
「ふふ、探したわよ。勇者様が職務放棄中だって」
キャルルとリーシャだ。
キャルルはバスケットを抱え、リーシャは涼しげなワンピース姿。
二人は勇太の両隣に腰を下ろすと、冷えた果実水を手渡してくれた。
「ありがとう。……いやぁ、この平和な空気に浸ってると、戦いのことなんて忘れそうになるよ」
「そうですね……。ずっとこうしていたい気もします」
キャルルが肩を寄せ、リーシャも静かに微笑んで川面を見つめる。
その時、勇太の竿がググッと大きくしなった。
「おっと!」
「ああっ! 引いてます! 大きいです!」
勇太が竿を立てる。魚の手応えが伝わる。
だが、リールを巻こうとした瞬間――。
「おーーーい!! ユウタァァァァッ!!!」
背後から爆音のような怒鳴り声が響いた。
驚いた魚が跳ね、プツンッ! と糸が切れる。
「あーあ……」
「もう! イグニスさん! お魚が逃げちゃったじゃないですか!」
キャルルが頬を膨らませて振り返ると、土煙を上げてイグニスが突進してきた。
その顔は、ヒュドラ戦の時以上に興奮して紅潮している。
手には、ニャングルが置いていったであろう「羊皮紙の地図」が握られていた。
「デカイ事だ! もっとデカイ事をしようぜユウタ!」
「デカイ事って……どうしたんだよ急に」
イグニスは地図を勇太の目の前にバン! と広げた。
「いつまでもこんな平和な村で燻ってちゃダメだ! 俺たちはドラゴンをも屠る最強パーティだぞ!? もっと広い世界! 強い奴ら! そして……**『極上の美味いモン』**がある場所へ行くべきだ!」
「美味いモン……結局そこか」
勇太が呆れると、イグニスは鼻息荒く地図の一点を指差した。
「見ろ! ニャングルの野郎から聞いたんだ。大陸の中央にある**『マルシア帝都』**! ここには世界中の強者が集まる闘技場があり、皇帝が食うような最高級の料理があるらしい!」
「帝都、か……」
その響きに、リーシャが反応した。
「マルシア帝国……。魔法技術と機械文明が融合した、大陸最大の都市ね。そこの大図書館には、失われた古代魔法の書物もあると聞くわ」
「ユウタさんのスキルなら、帝都でもきっと大活躍できます! ……それに、最新のファッションとか、あるかもしれませんね」
キャルルも目を輝かせる。
イグニスがニカッと笑い、勇太の背中を叩いた。
「だろ? ノマド号がありゃ、大陸横断だって楽勝だ。……行こうぜ、ユウタ。俺たちの伝説を、帝都に刻みに行こうじゃねえか!」
勇太は、仲間たちの顔を見渡した。
イグニスの冒険心、リーシャの探求心、キャルルの好奇心。
そして何より、勇太自身の中にもある「未知への渇望」。
村での生活は素晴らしい。だが、ここで立ち止まるために異世界へ来たわけではない。
勇太は竿を仕舞い、立ち上がった。
「……分かった。行こう、帝都へ」
「っしゃあ! そうこなくっちゃな!」
「ただし!」
勇太は地図上の、帝都へのルート上にある「海沿いの街」を指差した。
「帝都は遠い。まずはここ……**交易都市『アルトリア』**を目指そう。ここで物資を補給して、装備を整える。それに……」
勇太はニヤリと笑った。
「ここには**『海』**がある。せっかくの夏だ。……海で泳がない手はないだろ?」
「「「海ーーーっ!!」」」
三人の歓声が重なった。
特にキャルルとリーシャは、「水着」という単語を想像したのか、顔を見合わせて頬を染めている。
「よし、決まりだ! すぐに出発の準備だ! ノマド号のエンジンを暖めてくる!」
イグニスが走り出し、キャルルとリーシャも弾むような足取りで続く。
勇太は最後に一度だけ、穏やかな川面を振り返った。
平和な日常は終わり。
ここからは、波濤と陰謀が渦巻く、大冒険の始まりだ。
「待ってろよ、世界」
勇太は力強く歩き出した。
目指すは碧き海、そして遥かなる帝都。
第二章、開幕。




