EP 49
月下の誓いと勇者の眠り
「霧降りの谷」の主、ヒュドラを討伐した勇太たちは、その吉報を届けるため、一度ルナキャロット村へと凱旋した。
難敵を排除し、交易路を完全に開通させた英雄の帰還に、村は揺れた。
そしてその夜、村の広場で盛大な「祝勝会兼お別れ会」が開かれた。
広場の中央には、勇太の愛車「ノマド号」が鎮座し、そのキッチンから次々と地球の美食が運び出される。
極上の焼肉、冷えたビール、そして甘い果実酒。
宴は深夜まで続き、熱気は最高潮に達していた。
「んふふ~、このオレンジ色のお酒、甘くて美味しいですぅ~」
キャルルが、とろんとした瞳でグラスを傾ける。
勇太が出した**『完熟・濃厚杏酒』**だ。
彼女の雪のように白い肌は桜色に染まり、長い兎耳がふにゃふにゃと揺れている。
「ユウタさぁん……」
キャルルがふらりと体を預けてきた。柔らかい感触と、杏の甘い香りが勇太を包む。
「本当に、ありがとうございます……。ユウタさんが来てくれて、村も、私も……夢みたいに幸せで……」
彼女は潤んだ瞳で見上げると、背伸びをして――勇太の頬に、ちゅっ、と唇を寄せた。
「えっ……!?」
小鳥がついばむような、愛らしいキス。
勇太が硬直する。心臓の鼓動が、ヒュドラ戦の時よりも早鐘を打つ。
「あらあら、キャルルったら。抜け駆けは感心しないわねぇ」
反対側から、妖艶なため息がかかった。
リーシャだ。彼女もすっかり出来上がっており、普段の知的な瞳を潤ませ、猫のようにしなだれかかってくる。
「こら、勇者様。私の方も見て? ……貴方のおかげで、退屈だった私の時間が、黄金色に輝き出したのよ……」
リーシャは勇太の肩に頭を乗せると、耳元で囁いた。
「料理も、道具も……そして貴方自身も。……ねぇ、私が一番魅力的でしょう?」
言い終わるが早いか、彼女はキャルルとは反対の頬に、吸い付くような熱い口づけを落とした。
チュッ……という生々しい音が、勇太の脳髄を痺れさせる。
「り、リーシャまで……!?」
右に天然の兎、左に誘惑のエルフ。
両手に花のフルコースに、勇太の思考回路はショート寸前だ。
「ケッ! やってらんねぇな! リア充爆発しろってんだ!」
少し離れた場所で、手酌酒を煽っていたイグニスが、呆れたように、しかし楽しげに笑った。
「おいユウタ! 男がそんなことで鼻の下伸ばしてんじゃねえぞ! ……ほらよ、気付け薬だ!」
イグニスは一升瓶(辛口の日本酒)を掴むと、勇太の口元にグイッと押し付けた。
「飲んでシャキッとしやがれ! 俺の弟分なら、これくらい飲み干してみろォッ!」
「むぐっ!? ちょ、イグニ……んぐっ、んぐぐぐっ!」
抵抗も虚しく、度数高めの日本酒が喉に流し込まれる。
甘いキスの余韻と、強烈なアルコール。そして幸福感のオーバーフロー。
カクン。
勇太の意識が飛んだ。
彼は白目を剥いて後ろへ倒れ――偶然にも、キャルルとリーシャの間に挟まる形で、二人の柔らかい肢体に受け止められた。
「「あ……」」
「……へっ、だらしねえ勇者だぜ」
イグニスがニカッと笑う。
それを見ていたラトルやウルジ、村人たちも、堪えきれずにドッと吹き出した。
広場は、温かく、幸せな笑い声に包まれた。
勇太がこの世界に転生してから、数ヶ月。
コボルトを倒し、村を豊かにし、病を癒やし、強敵を屠り、そして最高の仲間を得た。
彼の「地球ショッピング」という異能は、人々の笑顔を守るための力となった。
月光が、眠れる勇者と三人の仲間を優しく照らす。
彼らの旅は、まだ始まったばかり。
広大な世界、未知なるダンジョン、そして数多の出会いが彼らを待っている。
だが今夜だけは。
この温もりの中で、安らかな夢を。
―― 第一章 地球の勇者 完 ――




