EP 45
三つ首の猛威と反撃の狼煙
視界は乳白色の闇。
だが、勇太の視界には「別の世界」が広がっていた。
『サーマルモード、起動』
勇太が装着した**『軍用暗視ゴーグル(サーモグラフィー機能付)』**のモニターが、世界を青と赤に塗り替える。
冷たい霧は青く沈み、その奥で蠢く三つの巨大な熱源――ヒュドラの首だけが、禍々しい赤色で浮かび上がっていた。
(見える……! 動きも、筋肉の収縮も!)
シュッ!!
右の鎌首が音もなく襲いかかる。
勇太は熱源の動きを先読みし、最小限の動きで回避した。
すれ違いざま、薙刀で「赤い部分(血管が集中する首筋)」を斬りつける。
「ギャッ!?」
手応えあり。だが、浅い。
勇太はバックステップで距離を取りつつ、ハンドガンで牽制射撃を行う。
科学の目があれば、この霧の中でも戦える――そう思った矢先だった。
「グルルル……!」
三つの首が同時に大きく息を吸い込んだ。
サーモグラフィーの警告色が、真っ赤に染まる。
(まずい、熱源反応が急上昇……!?)
ゴオオオオオオオオッ!!!
吐き出されたのは毒霧ではない。**「火炎」**だ。
三方向からの灼熱のブレス。
直接的なダメージよりも先に、周囲の温度が爆発的に上昇したことで、勇太のゴーグルが機能を失った。
『エラー。入力信号過大。ホワイトアウト』
「しまっ……!?」
視界が真っ白なノイズに埋め尽くされる。
勇太が慌ててゴーグルを外した瞬間、火炎の裏から太い尻尾が鞭のように迫っていた。
ドゴォッ!!
「がはっ……!!」
避ける間もなかった。
トラックに跳ねられたような衝撃。肋骨がきしむ音。
勇太の体はボロ雑巾のように吹き飛び、岩壁に叩きつけられた。
「……っ、ぐ……」
地面に落ちると同時に、肺から空気が絞り出される。
手足が痺れて動かない。グロックが手から滑り落ちる。
(……動け、動けよ……!)
霞む視界の先。
三つの首が、愉悦に歪んだ笑みを浮かべて見下ろしていた。
口元に再び、赤黒い炎が溜まり始めている。
トドメの一撃だ。
逃げ場はない。防ぐ手立てもない。
勇太が死を覚悟し、目を閉じかけた、その時。
パァァァァァァァッ!!!
突如、強烈な閃光が霧を切り裂いた。
車のヘッドライトではない。工事現場を照らすような、超高輝度の**「LED投光器」**の光だ。
ヒュドラが眩しさに目を細め、動きを止める。
そして、光の中から、怒れる雷鳴が轟いた。
「俺たちの仲間にィ! 手ぇ出してんじゃねえぞオオオッ!!」
ズドンッ!!
イグニスだ。
リーシャの治癒魔法で復活した竜人が、ノマド号の屋根から大ジャンプし、ヒュドラの右首に落下攻撃を見舞ったのだ。
戦斧の一撃が鱗を砕き、巨大な首を地面に叩き伏せる。
「グギィッ!?」
「ユウタさんに! 触らないでぇぇぇッ!!」
左からは、銀色の弾丸と化したキャルルが突っ込んだ。
「月影流・破骨砕き!」
全体重を乗せたトンファーが、左首の顎を打ち抜く。
バキッという嫌な音が響き、左首が白目を剥いてのけぞった。
「二人とも……!」
「ユウタ! 掴まって!」
駆け寄ってきたリーシャが、勇太の体を抱き起こす。
彼女の杖からは温かな光が溢れ、勇太の激痛を和らげていく。
「ごめんなさい、遅くなったわ! ……ノマド号のライトで目眩ましをして、その隙にイグニスたちが突っ込んだの」
見れば、少し離れた場所に停められたノマド号が、ルーフの投光器でこの場所をステージのように照らし出していた。
鉄の城と、頼れる仲間たち。
絶望的な戦況が、一気にひっくり返る。
「……ありがとう、みんな」
勇太はリーシャの肩を借りて立ち上がった。
痛みは引いた。思考もクリアだ。
そして何より、先ほどのサーモグラフィーの映像が、ヒュドラの**「ある秘密」**を捉えていたことを思い出した。
「反撃だ。……あいつの弱点は分かった」
勇太がグロックを拾い直し、カチャリとスライドを引く。
その瞳には、冷静な科学者の光が宿っていた。




