EP 31
水晶の巨亀と絶望の淵
凶暴化した動物たちを鎮静化させ、四人は「囁きの森」の深淵へと到達した。
そこは、この世ならざる光景だった。
地面を埋め尽くす青い苔が、血管のように脈打ち、周囲の樹木を侵食している。空気は重油のように粘りつき、呼吸をするだけで肺が焼けるようだ。
「……ここが、汚染源ね」
リーシャが呻くように言った。
開けた空間の中央。巨大な洞窟の入り口から、ひときわ強い燐光が漏れ出している。
ズシン……ズシン……。
地底から響くような振動と共に、その主が姿を現した。
「嘘だろ……。山が、動いてやがるのか……?」
イグニスが呆然と呟く。
全長10メートル超。象をも凌駕する巨体の亀。
だが、その甲羅は骨でも岩でもなかった。
無数の巨大な**「水晶」**の結晶体が幾重にも折り重なり、青白い苔の光を複雑に乱反射させている。
歩くたびに、シャララ……という美しい音色が響くが、その巨体が放つ威圧感は生物の頂点に立つ者のそれだ。
「『クリスタル・フォートレス(水晶要塞亀)』……! 古文書にある伝説級の魔物よ! あの甲羅はダイヤモンドより硬く、あらゆる魔法を拡散させる『魔封じの鏡』だわ!」
リーシャの悲鳴のような警告。
亀の瞳――それもまた巨大なルビーのような結晶――が、ギョロリと勇太たちを捉えた。
「来るぞ! 散開ッ!!」
勇太の叫びと同時、亀が身震いをした。
ヒュバババババッ!!
甲羅から無数の水晶の棘が、散弾のように射出される。
「くっ!」
イグニスが大盾を斜めに構え、弾き流す。
キャルルは残像が見える速度で回避するが、頬にかすり傷を負う。勇太も岩陰に飛び込み、なんとか直撃を避けた。
着弾した場所には、鋭利な水晶が深々と突き刺さっている。
「こんな所で立ち止まってられるかよォッ!!」
イグニスが咆哮し、土煙を上げて突進した。
取り戻した相棒、戦斧『ヴォルカニック・バスター』に全闘気を乗せ、無防備な脚部へ叩きつける。
カァァァァンッ!!!
高い金属音が森に木霊した。
だが、砕けたのは亀ではない。戦斧の衝撃がそのままイグニスへ跳ね返り、彼の手首を痺れさせたのだ。
「なっ……!? 弾かれただと!?」
「硬すぎる……! モース硬度10以上か!?」
勇太が戦慄する。
イグニスの剛力と鋼鉄の斧を受けて、傷一つ付かない。物理物理耐性が異常だ。
「なら、魔法で内側から焼くわ! 『フレイム・ストーム』!!」
リーシャが業火の竜巻を放つ。
だが、炎が甲羅に触れた瞬間、水晶のプリズムが光り輝き、炎を七色の光へと分解・拡散させてしまった。
「ダメよ! 魔力が霧散させられる! あれは『魔法反射』の特性を持ってる!」
物理無効。魔法反射。
まさに、歩く難攻不落の要塞。
「くそっ、どうすれば……!」
勇太は薙刀を構えつつ、高速でボードを展開した。
(銃弾は弾かれる。RPGか? いや、跳弾したら狭いここでは全滅する。C4爆薬? 近づいて設置する隙がない!)
所持ポイント6455P。
最強の武器を買える金はある。だが、**「何が効くか」**が分からない今、無駄な買い物は命取りになる。
思考が空転する間にも、状況は悪化していく。
キャルルが果敢に側面を突くが、尻尾の一撃を受けて吹き飛ばされた。
イグニスの大盾にも、無数の棘が突き刺さり、亀裂が走っている。
「……オ、オオォォォ……」
亀が、ゆっくりと首をもたげた。
その口の奥で、青白い光が収束し始める。
大気中のマナを吸い込み、圧縮している音。
キィィィィィン……という高周波音が、破滅の到来を告げる。
「高出力の魔力収束……! ブレスが来るわ!!」
リーシャが叫ぶ。
だが、彼女の魔力は先ほどの攻撃で枯渇寸前だ。防御障壁は張れない。
回避? 間に合わない。範囲が広すぎる。
(終わる……?)
勇太の思考が白く染まりかけた、その時。
「伏せてろォォォォッ!!!」
赤い影が、勇太たちの前に躍り出た。
イグニスだ。
彼はボロボロの大盾を地面に深々と突き立て、両足を踏ん張り、アンカーのように自らを固定した。
「イグニスさん!?」
「無理だ! その盾じゃ耐えられない!」
勇太の制止に、イグニスは背中越しにニカッと笑った。
「俺は『盾』だ。仲間を守れずに、何が竜人族の戦士かよ!」
直後。
クリスタル・フォートレスの口から、青銀色の閃光が解き放たれた。
『プリズマティック・バースト(水晶殲滅砲)』
音すら置き去りにする、純粋なエネルギーの奔流。
それが、イグニスという一点に直撃した。
ズドオオオオオオオオオオッ!!!!!
「グ、オオオオオオオオオオッ!!!」
視界が白一色に染まる。
イグニスの絶叫と、大盾が悲鳴を上げる金属音が交錯する。
「イグニスさーーーーーん!!」
キャルルの悲痛な叫びが、轟音にかき消された。
勇太は、ただ呆然と、圧倒的な光の暴力を見つめることしかできなかった。
自分の無力さを、これほど呪ったことはない。
光が収まった時。
そこに立っているのは、仲間か、それとも――。




