EP 18
勝利の宴と異郷の調べ
魔獣ガルムが灰となり、リザードマンの脅威が去った夜。
ルナキャロット村は、かつてないほどの熱気と歓喜に包まれていた。
夜空には満月が優しく輝き、広場には巨大なキャンプファイヤーがいくつも焚かれている。
「野郎ども! 今夜は無礼講だ! 食って飲んで、生きてることを祝おうぜ! 乾杯ッ!!」
「「「乾杯ーーーッ!!」」」
ラトルの音頭と共に、勝利の宴が幕を開けた。
テーブルには村の御馳走が並ぶ。ピッグシープの丸焼き、香草を詰めたトライバードのロースト、川魚の塩焼き。
大人たちは木の実の酒を酌み交わし、子供たちは英雄たちの周りを駆け回る。
勇太もその中心で、揉みくちゃにされていた。
「ありがとう」「ユウタ先生のおかげだ」
次々に注がれる感謝の言葉と酒。
戦いの疲労は、温かい居場所を得た充足感へと溶けていった。
だが、勇太はまだ終わらせない。
(みんな、本当によく頑張った。……僕からも、最高のご褒美を出そう)
「皆さーん! 注目してください! 今日は僕の故郷の、とっておきの『祝いの料理』を振る舞います!」
勇太が立ち上がり宣言すると、広場の視線が集まった。
彼はボードを展開し、惜しみなくポイントを投入する。
所持ポイントは3000P以上ある。ケチる理由はない。
【購入完了:カセットコンロ、鉄鍋、A5ランク黒毛和牛、新鮮野菜セット、特製割り下、南魚沼産コシヒカリ、純米大吟醸『月見酒』……】
ざっと500ポイントの散財。
だが、出現した「霜降り肉」の芸術的なサシを見た瞬間、勇太は確信した。これは、勝てる。
「な、なんだその美しい肉は……? 赤い宝石に、白い雪が降ったようだ……」
ウルジが、鍛冶師の目つきで牛肉を凝視する。
勇太はニヤリと笑い、カセットコンロの青い炎に鉄鍋を乗せた。
「これは『スキヤキ』と言います。……いきますよ」
熱した鍋に牛脂を引く。
そこへ、大判の霜降り肉を広げ入れた。
ジューーーッ!!
脂の弾ける音が広場に響く。
すかさず、砂糖と醤油ベースの「割り下」を回しかける。
ジュワワワ……ッ!!
その瞬間。
醤油の香ばしさと、砂糖の甘い香りが、爆発的に拡散した。
それは、塩味と香草の味付けしか知らない異世界人にとって、暴力的なまでに食欲を刺激する「魔性の香り」だった。
「な、なんだこの匂いはっ!?」「甘い? いや、しょっぱい? 涎が止まらねえ!」
「さあ、まずは一枚。……新鮮な生卵を溶いて、それにくぐらせて食べてください」
勇太は、焼きたての肉を小皿に取り分け、キャルルとリーシャに差し出した。
「な、生卵……? 大丈夫なのですか?」
「僕のスキルで出した卵です。安全は保証します」
キャルルはゴクリと喉を鳴らし、箸(これもセット品)を使って肉を卵に絡めた。
そして、パクり。
時が止まった。
キャルルの長い耳が、ピン! と垂直に跳ね上がる。
「んんん~~~~~~っ!!!」
キャルルは頬を押さえ、身悶えした。
「お、美味しいぃぃ! 何これ、噛んでないのにお肉が溶けた!? 甘辛いタレの味が、卵でまろやかになって……口の中が幸せぇぇぇ!」
「大袈裟ね……。たかがお肉料理で……」
リーシャも一口食べる。
彼女の碧眼が、カッ! と見開かれた。
「……ッ!! 嘘、信じられない……。これが獣の肉? 芳醇な香りと、濃厚な旨味……。都の王宮料理だって、これほどの味は……」
そこからは、戦争だった。
「俺にもくれ!」「私も!」と村人が殺到する。
勇太は次々と鍋を増やし(コンロを追加購入し)、野菜や豆腐、しらたきを投入していく。
さらに、白いご飯と、冷えた日本酒が登場すると、宴のボルテージは最高潮に達した。
「くぅ~ッ! この『ニホンシュ』って酒、水みたいに透き通ってるのに、花の蜜みてぇに甘くて強烈だ! 最高だぜユウタ!」
ラトルが顔を真っ赤にして叫ぶ。
リーシャも、いつの間にか一升瓶を抱え、トロンとした目で勇太に寄りかかっていた。
「んふふ……ユウタぁ。貴方、本当にいい男ねぇ……。魔法も使えて、料理も上手で……。私、貴方のこと、ちょっと好きかもぉ……」
「ちょ、リーシャさん、飲みすぎです!」
「あー! リーシャさんだけズルい! 私もユウタさんのすき焼きもっと食べる!」
賑やかで、温かい夜。
誰もが笑顔で、腹を満たし、心を満たしている。
宴もたけなわとなった頃。
勇太は喧騒を少し離れ、焚き火のそばに腰を下ろした。
リュックから、古びたハーモニカを取り出す。
月を見上げ、深く息を吸い込む。
彼が奏でたのは、パッヘルベルの『カノン』。
プウゥ……と、素朴で優しい音色が夜気に溶け出す。
それは、勝利の凱歌ではない。
傷ついた心と体を労り、平和な日常への回帰を願う、祈りの旋律。
「……?」
騒いでいた子供たちが、不思議そうに顔を見合わせ、静かになる。
酔っ払っていた大人たちも、一人、また一人と口を閉ざし、耳を傾ける。
言葉はいらなかった。
優しく、どこか懐かしいメロディは、種族や言葉の壁を超えて、彼らの魂に直接染み渡っていく。
キャルルは、肉を頬張る手を止め、うっとりと勇太を見つめていた。
彼女の長い耳が、リズムに合わせて心地よさそうに揺れている。
リーシャは、膝を抱え、静かに目を閉じていた。
その表情からは、エルフとしての矜持も、孤独な旅人の影も消え、ただ安らかな少女の顔があった。
一曲が終わると、長い静寂が訪れた。
パチパチと、焚き火が爆ぜる音だけが響く。
そして。
ワァァァァァ……!
割れんばかりの拍手が、星空へ向かって巻き起こった。
「ユウタさん……すごいです。心が、洗われるみたい……」
「ユウタ様は、戦いも料理も、そして音楽までも……!」
勇太はハーモニカを下ろし、照れくさそうに頭をかいた。
「……みんなが喜んでくれて、良かったよ」
その夜の宴は、異世界の文化と地球の文化が、鍋と音楽を通じて一つになった、奇跡のような時間だった。
勇太とキャルル、そしてリーシャ。
三人の間に生まれた絆は、もう誰にも断ち切れないほど強く、確かなものになっていた。
ルナキャロット村の夜空に、ハーモニカの余韻と、笑い声がいつまでも響いていた。




