EP 15
地球式防衛術と迫る影
リーシャという強力な魔導士を仲間に加え、肉まんで英気を養ったのも束の間。
再び村を包んだのは、鉛のように重い緊張感だった。
「間違いねえ。奴らの狙いは、この村だ」
追加の偵察から戻ったラトルが、地図の上に拳を叩きつけた。
「数は20以上。しかも、先頭集団は鉄の盾と剣で武装している。……ゴブリンの群れとは訳が違うぞ」
広場に集まった自警団員たちの顔色が、蝋のように青ざめる。
リザードマンの身体能力は獣人と互角か、それ以上だ。それが武装し、統率された軍隊として押し寄せてくる。
対するこちらは、農具と急造の槍を持つ民兵だ。
「村の柵は低いし、ボロい……。正面からぶつかれば、蹂躙されるぞ……」
誰かの呟きが、重い沈黙を連れてきた。
薬草と食料が豊富なこの村は、略奪者にとって格好の餌場だ。逃げる時間はない。戦うしかないが、勝算が見えない。
その絶望的な空気を、一人の青年の声が切り裂いた。
「……ラトルさん。僕に策があります」
勇太が一歩、前へ進み出た。
その瞳に、怯えの色はない。あるのは、医者が困難な手術に挑む時のような、冷徹な計算と覚悟だ。
「ユウタ? 何か手があるのか?」
「はい。僕の『地球ショッピング』を使って、村を要塞化します」
勇太はボードを展開した。
現在のポイントは、肉まんを買って残り75P。
決して多くはない。だが、使いようによっては戦局をひっくり返せる。
彼は脳内で検索ワードを打ち込む。
『ホームセンター』『建材』『防災用品』。
(狙うは、敵の足を止め、こちらの攻撃を通す一方的な防衛ライン……!)
彼は迷わず、ある二つのアイテムを選択し、残りの全ポイントを投入した。
『有刺鉄線(50m巻き)』×3:45P
『土嚢袋(100枚入り)』×3:30P
合計75P。所持ポイント、再びゼロ。
だが、勇太は躊躇わなかった。
「出ろッ!!」
ドサッ! ガシャアンッ!!
広場の一角に、麻色の袋の山と、銀色に輝く金属の束が出現した。
「な、なんだこりゃ!? ただの布袋と……鉄のツタか?」
ウルジが、有刺鉄線の束に近づき、触れようとして手を引っ込めた。
「っ! 危ねえ……。おい、触るな! こいつは刃物だ!」
鍛冶師の目は誤魔化せない。
細い鉄線に、等間隔で巻き付けられた鋭利な棘。
それは、殺すためではなく「絡め取り、肉を裂き、戦意を削ぐ」ために設計された、悪意の塊のような金属だった。
「これは『有刺鉄線』と言います。これを村の周囲に張り巡らせれば、リザードマンの強靭な皮膚も無事では済みません。そして、この袋には……」
勇太は土嚢袋を一枚手に取り、地面の土を素早く詰め込み、口を縛った。
ただの土の塊。だが、それを積み重ねると――。
「即席の『城壁』になります。矢も魔法も通さない、移動可能な盾です」
勇太の実演に、ラトルが目を見開いた。
「……なるほど! 杭を打つ時間がないなら、土を積めばいい、か! なんて合理的な考えだ!」
「面白い! この鉄の茨があれば、奴らの自慢の脚力も封じられる!」
ウルジもニヤリと笑う。
戦術の絵が見えた。勝機が見えた。
「野郎ども、聞いたな!! 時間との勝負だ! ユウタの指示に従って、村を鉄壁の要塞に変えろ!!」
「「おおおおおっ!!」」
ラトルの号令一下、ルナキャロット村は巨大な工事現場と化した。
男衆が土を掘り、女子供が袋に詰める。
力自慢のロックブルが土嚢を運び、勇太の指示に従って積み上げる。
「リーシャさん! 土嚢の隙間を、土魔法で固めることはできますか?」
「ええ、お安い御用よ。……ふふ、貴方の世界の知識と私の魔法が組み合わされば、最強の壁ができるわね」
リーシャが杖を振るうと、積み上げられた土嚢が結合し、岩のように硬化していく。
ウルジは鍛冶場の廃材を使い、有刺鉄線を張るための支柱を地面に打ち込んでいく。
勇太は、独学で学んだ「キルゾーン(殺傷地帯)」の理論を応用した。
敵を誘い込むための隙間をあえて作り、そこに有刺鉄線を集中配置。さらに、そこをクロスファイア(十字砲火)できるように、弓隊とキャルルの配置を決める。
数時間後。
日が傾き、空が茜色に染まる頃。
のどかだった農村は、刺々しい「野戦陣地」へと変貌を遂げていた。
幾重にも張り巡らされた銀色の茨。
大人の背丈ほどに積み上げられた、魔法強化済みの土嚢壁。
要所には、身を隠しながら攻撃できる銃眼(狭間)まで作られている。
「……すげぇ。これなら、勝てるぞ」
村人の一人が、汗を拭いながら要塞を見上げ、震える声で言った。
恐怖による震えではない。武者震いだ。
その時。
【ピンポンパンポーン♪】
【村の防衛力および生存率を劇的に向上させました】
【特大善行ボーナス: 200 P 加算】
【現在所持ポイント: 200 P】
(200ポイント……!!)
勇太の目の前に、見たこともない数字が躍った。
一人の命を救うのではなく、村という「共同体」の運命を変えたことへの対価。
それは、システムが勇太の「軍師」としての資質を認めた瞬間でもあった。
「ユウタ。……あんたのおかげで、俺たちはただ喰われるだけの獲物じゃなくなった」
ラトルが、力強く勇太の肩を叩いた。
その手は震えていたが、瞳には確かな闘志が宿っていた。
「さあ、来るぞ」
キャルルの長い耳が、ピクリと動く。
遠くから響く、不快な水音と、重い足音。
そして、金属がぶつかり合う音。
太陽が沈み、夜の帳が下りる。
最強の盾と、最強の矛(ウルジの薙刀と仲間たち)を構え、ルナキャロット村の防衛戦が、今始まろうとしていた。




