EP 14
ルナキャロット村とほかほか肉まん
リザードマンの脅威は――ひとまずは――去った。
勇太とキャルルは、道中で共闘したエルフの魔導士、リーシャと共にルナキャロット村への帰路を急いだ。道中、リーシャは多くを語らなかったが、その知識は深淵だった。勇太たちが気付かない薬草の群生地や、魔物の痕跡を的確に指摘し、最小限のルートで森を抜けさせてくれた。
彼女がなぜ一人で、あんな危険な場所にいたのか。理由はまだ分からない。だが、その凛とした横顔には、高貴な誇りと、隠しきれない疲労が滲んでいた。
村のバリケードが見えてくると、ラトルをはじめとする自警団員たちが、武器を握りしめたまま駆け寄ってきた。
「ラトルさん、ただいま戻りました! 偵察のつもりが、交戦してしまいましたが……撃退しました」
勇太が報告すると、ラトルは安堵の息を吐き、そして勇太の背後に立つ人物に目を丸くした。
「ご苦労だった、ユウタ、キャルル。無事で何よりだ。……して、そちらの御仁は?」
「……リーシャと申します。道中、彼らに窮地を救われました」
リーシャが優雅に、流れるような動作でカーテシー(礼)をする。
その瞬間、村人たち――特に男衆――から感嘆のため息が漏れた。
銀の髪、宝石のような碧眼、透き通る白い肌。
この辺境ではお目にかかれない、絵画から抜け出したような「高嶺の花」の美貌に、誰もが言葉を失っている。
「こ、これは丁寧なご挨拶を……。私は自警団長のラトルです。歓迎します、リーシャ殿」
ラトルは慌てて姿勢を正し、彼女を村の広場へと招き入れた。
丸太のベンチに座り、ひとまずの休息。村人たちが遠巻きに見守る中、緊張の糸が解け、静寂が訪れる。
勇太も、背中の重い薙刀を下ろし、革防具のベルトを緩めて深く息を吐いた。
(ふぅ……生きて帰れた)
ステータスを確認すると、戦闘と偵察の報酬で、ポイントは100Pを超えている。
画面の端には【Rank 2:ホットスナック・お弁当カテゴリ解放】の文字が輝いていた。
(調理済みの温かいものが買えるようになったのか……!)
勇太が感動していた、その時だった。
グゥゥ~~~~……キュルルル……。
静まり返った広場に、なんとも可愛らしい、しかし誤魔化しようのないほど盛大な「空腹のファンファーレ」が鳴り響いた。
音源は――高貴なエルフ、リーシャの平らなお腹だった。
「…………ッ!!」
リーシャの動きが凍りつく。
次の瞬間、透き通るような白い肌が、耳の先まで一気に茹で蛸のように真っ赤に染まった。
彼女は両手でお腹を押さえ、俯いて震えている。
銀髪の隙間から見える表情は、羞恥で泣き出しそうだ。
(……可愛いところあるな)
勇太は口元の笑みを必死に噛み殺し、そして閃いた。
そういえば、ランクアップしたばかりだ。試すなら今しかない。
「あー、そういえば! 僕もキャルルさんも、連戦で小腹が空きましたね! 何か温かいものでも食べませんか?」
勇太はあえて明るい声で言うと、ボードを操作した。
新しく解放された『ホットスナック』のタブ。
そこには、日本のコンビニのレジ横で輝く、あのケースの中身が並んでいた。
勇太は迷わず、『特製・極厚肉まん(3P)』を選択。
ラトルや子供たちの分も含め、奮発して10個注文した。合計30P。残り75P。安い出費だ。
ポン、ポン、ポン!
軽快な音と共に、勇太の前のテーブルに、湯気を立てる白い山が出現した。
途端に、醤油と肉、そして発酵した小麦の甘い香りが爆発的に広がり、村人たちの鼻孔をくすぐる。
「さ、どうぞ。僕の故郷の料理で『肉まん』って言うんです」
勇太は、一番ふっくらとした熱々の肉まんを、まだ赤くなっているリーシャに差し出した。
「こ、これは……? 湯気が出ている……魔法ですか?」
「いいえ、ただの食べ物ですよ。熱いうちにどうぞ」
リーシャは、見たこともない白くて丸い物体を、恐る恐る両手で受け取った。
指先に伝わる、赤ちゃんのほっぺのような柔らかさと、火傷しそうなほどの熱量。
そして何より、抗えない暴力的な「良い匂い」。
彼女の警戒心は、食欲の前には無力だった。
「い、いただきます……」
彼女は小さく可愛らしい口を開け、白い生地をはむ、とかじった。
その瞬間。
リーシャの碧眼が、カッと見開かれた。
「んんっ!? ……な、何ですのこれ!!」
もちもち、ふわふわの甘い生地。
その奥から溢れ出す、肉汁たっぷりの豚肉と、シャキシャキした筍、そして椎茸の旨味。
「生地は雲のように柔らかいのに、中のお肉は味が濃厚で……! お口の中で肉汁が……っ! こんなに美味しいもの、エルフの里でも食べたことがありませんわ!」
「はふっ、はふっ」と熱がりながらも、リーシャの手は止まらない。
さっきまでの「クールな魔導士様」はどこへやら、彼女は口の周りを少しテカらせながら、夢中で肉まんにかぶりついている。
「あ~! ユウタさん、ずるい! 私も!」
匂いにつられたキャルルが、ピョンと飛びついてきた。
「はいはい、みんなの分もありますよ。ラトルさんたちもどうぞ!」
勇太が配ると、村人たちも歓声を上げて肉まんに群がった。
「うまっ! なんだこの柔らかさは!」「中の肉がすげぇジューシーだ!」「熱っ、でも美味い!」
広場はあっという間に、「ハフハフ」という音と笑顔で満たされた。
日本のコンビニの味が、異世界の住人たちを虜にしていく。
リーシャも、あっという間に一つ目を完食し、名残惜しそうに指についた生地を舐めた後、ハッと我に返った。
そして、二つ目の肉まんを差し出す勇太を見て、少しバツが悪そうに、しかし花が咲くような微笑みを向けた。
「……ユウタ。貴方、不思議な力を持っているのね」
「気に入ってもらえましたか?」
「ええ。……命を救われた上に、こんなに美味しいもので空腹まで満たしてもらえるなんて。悔しいけれど、完敗よ」
彼女はそう言って、二つ目の肉まんを嬉しそうに受け取った。
その表情は、もう「他人のエルフ」ではなく、同じ釜の飯(肉まん)を食った「仲間」のものだった。
ほかほかの湯気と、笑顔。
ランクアップした勇太のスキルは、種族の壁も、心の壁も、優しく溶かしていったのだった。




