EP 13
湿地帯の戦いと炎のエルフ
ルナキャロット村を背にし、勇太とキャルルは西の湿地帯へと足を踏み入れた。
足元はぬかるみ、腐葉土と水草が発酵したような独特の臭気が立ち込める。
キャルルの長い耳が、レーダーのようにピクピクと動き、周囲の気配を探っている。
「……ッ、ユウタさん! 聞こえますか?」
キャルルが足を止め、鋭い視線を前方の藪に向けた。
「この先……戦闘音です! それも、かなりの乱戦!」
勇太も耳を澄ます。
湿った空気の向こうから、金属がぶつかり合う甲高い音と、何かが爆ぜるような轟音が響いてくる。
ただの狩りではない。殺し合いの音だ。
「リザードマンかもしれない。……行こう、音を殺して」
二人は泥に足を取られぬよう慎重に、かつ迅速に距離を詰めた。
藪を少しだけかき分け、視界を確保する。
そこに広がっていたのは、ファンタジー映画さながらの――しかし、あまりに絶望的な光景だった。
ぬかるんだ開けた場所で、10体近いリザードマンの群れが、たった一人の獲物を包囲していた。
包囲の中心にいるのは、息を呑むほど美しい女性だった。
泥の中でも輝きを失わない流れるような銀髪。宝石のように澄んだ翠の瞳。そして、人間よりも長く尖った耳。
エルフだ。物語の中でしか見たことのない、幻想種。
彼女は緑色のローブを翻し、身の丈ほどの杖を構えていた。
対するリザードマンたちは、錆びた曲刀や手斧を振りかざし、下卑た鳴き声を上げながら肉薄する。
「汚らわしい爬虫類風情が……焼かれなさい! 『フレイムショット』!!」
彼女が杖を振るうと、空気が歪み、紅蓮の火球が三つ、虚空に出現した。
発射音と共に火球が奔る。
先頭のリザードマンに直撃すると、それは爆発的な熱量で燃え上がり、瞬時に黒焦げの炭へと変えた。
(すごい……あれが、本物の魔法……!)
勇太は肌がチリつくような熱波を感じ、戦慄した。
だが、敵は狡猾だ。
仲間が焼かれた隙を突き、別の二体が左右から挟み撃ちを仕掛ける。
「っ、数が多いわね……!」
彼女――リーシャはバックステップで躱そうとするが、ぬかるんだ足場がその優雅な動きを阻害する。
詠唱の隙間。
死角に回り込んでいた大型のリザードマンが、凶悪な曲刀を振り上げた。
「――そこだ!」
勇太の身体が、思考より先に動いていた。
藪を飛び出し、泥を蹴る。
背中の薙刀を引き抜く。鯉口を切る音と共に、蒼白い刃が湿地帯の光を呑み込んだ。
(硬い鱗を持つ竜人……鉄をも弾くと聞く。だが、この『蒼月』なら!)
勇太は、ウルジが魂を込めて打った薙刀を、迷いなく振り抜いた。
狙うは、振り上げられた腕ごと、胴体。
ザンッ――!!
衝撃は、驚くほど軽かった。
まるで豆腐でも切ったかのような感触。
だが、現実は残酷だ。
リザードマンの鋼鉄のごとき鱗も、強靭な筋肉も、骨も。全てが、蒼き刃の前には無意味だった。
一拍遅れて、リザードマンの上半身がずりと滑り落ち、血飛沫が舞う。
「グ、ギャ……ア……?」
自分が死んだことすら理解できず、リザードマンは絶命した。
「ユウタさん!」
「援護します! キャルルさんは左翼を!」
勇太の咆哮に、キャルルが弾丸のように飛び出す。
彼女の全身が、淡く白い光――**『闘気』**に包まれていた。
「任せてください! これでもくらえっ! 月影流……『百舞連脚』!!」
それは舞踏のような、しかし必殺の演武だった。
キャルルは空中で回転しながら、目にも留まらぬ速さで蹴りの雨を降らせた。
一撃一撃が、闘気によって強化され、鈍器のような破壊力を生む。
ドカッ、バキッ、ゴッ!
リザードマンたちが成す術もなく吹き飛び、水面に叩きつけられる。
突然の乱入者。しかも、一撃で同胞を屠る手練れ。
リザードマンの統率が乱れた。
「加勢……!? 感謝します!」
エルフの女性は驚きに目を見開いたが、歴戦の術士らしく、その好機を見逃さなかった。
杖を高く掲げ、魔力を練り上げる。
「氷精よ、彼らの足を止めなさい! 『アイスバインド』!」
杖の石が青く輝くと、地面の泥水が一瞬で凍結した。
氷の蔦が蛇のように走り、残ったリザードマンたちの足を拘束する。
「ギッ、ギャ!?」
「今だ!」
動きの止まった標的など、勇太とキャルルの敵ではない。
蒼い刃の閃きと、闘気を帯びたトンファーの打撃が交錯する。
数分後。
生き残った数匹のリザードマンは、恐怖に顔を引きつらせ、武器を捨てて湿地帯の奥深くへと逃げ去っていった。
「はぁ……はぁ……」
戦闘終了。
勇太は薙刀についた血糊を振り払い、残心をといて息を吐いた。
ウルジの薙刀には、刃こぼれ一つない。恐ろしいほどの切れ味だ。
「あ、貴方達は……?」
エルフの女性が、肩で息をしながらこちらを見た。警戒心はあるが、それ以上に深い感謝と、興味の色が浮かんでいる。
「僕は勇太。ルナキャロット村の自警団員です。こっちは……」
「キャルルです! 兎耳族のキャルル!」
キャルルが長い耳を揺らして元気よく名乗ると、エルフの女性はふっと表情を緩め、杖を胸元に引き寄せて優雅に一礼した。
その所作一つ一つが、絵画のように美しい。
「……助けてくれて、ありがとう。私はリーシャ。世界を旅する、しがない魔導士よ」
蒼き薙刀を持つ人間。
闘気を操る兎の武闘家。
そして、炎と氷を統べる銀髪のエルフ。
湿った風が吹き抜ける中、三人の視線が交差する。
それは、後にこの「アナスタシア世界」を揺るがすことになるパーティの、運命的な出会いの瞬間だった。




