EP 10
模擬戦と信頼の槍
ラトルは、感心したように勇太の長槍を見つめ、土煙の舞う広場の団員たちに向かって声を張り上げた。
「見たか、野郎ども! ユウタの間合いの取り方、あの体の使い方を! 俺たちの、バネに任せた力任せの突きとは、モノが違うぜ!」
団員たちも、先ほどの魔法のような「巻き落とし」を目の当たりにして、コクコクと無言で頷いている。
ラトルは勇太に向き直ると、近くの木箱から一揃いの防具を取り出した。
「ユウタ、改めて頼む。俺たちの自警団に入ってくれ。……こいつは、その証だ」
渡されたのは、硬く鞣された革を重ね、要所を鉄板で補強した、軽量ながらも堅牢な革鎧だった。
獣人の激しい動きを妨げないよう、関節部分は柔軟な素材で作られており、独特の獣脂とタンニンの匂いがする。
「これは正規団員の支給品だ。あんたの服も動きやすそうだが、モンスターの爪や牙を防ぐにゃ心許ねえ。気休めかもしれねえが、着ておいてくれ」
「こ、こんな立派なものを……ありがとうございます」
勇太は渡された防具――胸当て、肩当て、腕当て(ガントレット)、すね当て(レガース)――を、自分のパーカーとズボンの上から装着した。
ベルトで締め上げると、驚くほど体に馴染む。
現代の衣服と、異世界の革鎧。奇妙な組み合わせだが、鏡を見なくても分かった。今の自分は、もう「迷い人」ではない。
「うん、様になってるじゃねえか。これで正式に仲間入りだ」
ラトルは満足そうに頷き、そして少し言い淀むように視線を落とした後、真剣な眼差しで勇太を見据えた。
「……なあ、ユウタ。恥を忍んで頼みがある」
「はい?」
「俺たちに、あんたの槍術……いや、『ナギナタ』とやらを教えてくれねえか?」
「ええっ!?」
勇太は素っ頓狂な声を上げた。キャルルや他の団員たちも、あのプライドの高いラトルが頭を下げたことに息を飲む。
「俺は村一番の槍使いを自負してた。だが、あんたには技術で完敗した。俺たちの槍は『速さ』だが、あんたの槍は『理』だ。……もし、俺たちがその理屈を少しでも学べたら、村の守りはもっと固くなる。頼む!」
ラトルが深々と頭を下げる。
それは、個人のメンツよりも、村の安全と仲間の命を最優先する、真のリーダーの姿だった。
「そ、そんな、頭を上げてください! 僕なんかが教えられることなんて……」
勇太は慌てた。薙刀は嗜んでいたが、師範代のレベルには程遠い。ましてやここは異世界、身体構造も違う獣人相手だ。
「謙遜しないでください、ユウタさん! あの動き、本当に綺麗でした。私、もっと強くなりたいんです。教えてください!」
キャルルも、キラキラした瞳で詰め寄ってくる。
周囲の団員たちも、期待と尊敬の眼差しを向けている。
(……やるしかない、か)
医者として命を救うだけでなく、技術を伝えることで未来の命を守れるなら。
それに、教えることで自分自身の技術も整理できるはずだ。
「……わかりました。僕でよければ。獣人の皆さんの身体能力に、人間の技術がどこまで合うか分かりませんが、基本の『体捌き』や『間合い』なら」
勇太が腹を括って答えると、広場は「おおー!」という野太い歓声に包まれた。
その日の午後から、勇太による「即席・異世界槍術教室」が開講した。
「いいですか、腕だけで振らないでください! 槍は『テコ』です。左手を支点、右手を力点にして……」
「足! 足が止まってます! 常に半身で、次の一歩が出せる位置に!」
勇太は、医学生らしい解剖学的な視点と、薙刀の理合を組み合わせて指導した。
獣人たちは、どうしても持ち前の脚力と腕力に頼り、「点」で攻撃しようとする。
勇太はそれを矯正し、「線」と「面」で守り、相手の力を利用して突く方法を説いた。
「そう、力で押すんじゃなくて、相手の力の流れを読むんです! 水になったつもりで!」
最初は戸惑っていたラトルや団員たちも、勇太の実演を見ると目の色を変えて吸収していく。
彼らは元々センスの塊だ。コツさえ掴めば、その成長速度は恐ろしいほどだった。
「なるほど……こうやって流せば、大柄なオーク相手でも体勢を崩せるのか……!」
ラトルが感心したように呟き、何度も型を繰り返す。
キャルルも、トンファーの動きに「円の動き」を取り入れ、鋭さを増している。
活気に満ちた訓練風景を眺めながら、勇太が汗を拭ったその時。
【ピンポンパンポーン♪】
【善行ポイントが 30 P 加算されました】
【現在所持ポイント: 85 P】
脳内にファンファーレが鳴り響く。
村の防衛力向上への貢献――「教育」もまた、この世界では立派な「善行」らしい。
(85ポイント……。これなら、かなりの物資が買える)
夕暮れの広場で、槍を振るう仲間たちの熱気を感じながら、勇太は確かな充実感を噛み締めていた。
自分の持つ「知識」と「技術」が、この世界で誰かの役に立っている。
それは、地球にいた頃には感じられなかった、強烈な自己肯定感だった。
「よし、今日はここまで! ユウタ、後で一杯付き合えよ! 秘蔵の人参酒を出してやる!」
ラトルの豪快な声に、勇太は「お手柔らかにお願いします」と苦笑いで答えた。
ルナキャロット村の自警団。
その輪の中心には、革鎧をまとった一人の人間――中村勇太の姿があった。




