太陽の街、エルメス
ここは王都エルメス。
太陽の光をいっぱいに受けて、美しく輝く街。
その美しさゆえ、人々は「太陽の街」と呼んでいる。
この国の太陽はエメラルドでできていて、その光は魔力を持っている。
街の人々はその魔力を貰って生活していた。
この街に夜は訪れない。
遥か昔には、この街にも昼と夜が存在していたらしい。夕になれば太陽は沈み、朝になってまた昇る。
人々から生気を奪う夜は、まさしく闇そのものだった。
しかし、偉大な魔法使いが、太陽を捕まえてから、夜は無くなった。太陽は高く昇ったまま、動かなくなり、永遠の昼が訪れた。人々は彼に心から感謝し、城とその周りに街を作り上げて彼に捧げた。そして彼を国の王とした。
そうしてできた街がエルメス。歌と魔法と、幸福に満ちた楽園の街。
「こんにちはー。」
「やぁ、いらっしゃい。毎度ありがとね。」
「いえ、こちらこそ、いつも美味しくいただいてます!今日は玉ねぎとトマトありますか?」
「もちろん。はい、2つで3ヘクス。」
ミカは夕飯の買い出しに、行きつけの青果商に来ていた。店には色とりどりの野菜や果物が並んでいる。さすがエルメス産、質の良い日光をたっぷり浴びた野菜たちはどれも艶やかである。
すると、店の奥で深くフードを被った人物が、リンゴをじっと見ているのが目に入った。
何度も顔の角度を変えながら、真剣にリンゴを見つめている。
「リンゴ、初めて見るんですか?」
ミカはつい気になって声をかけてしまった。
「あ、えっと、…はい….」
「この辺りの人じゃないですよね。何処から?」
「えっと…それは、」
ぐぅ
「あっお腹空いてる?よかったら、うちで食べて行かない?」
矢継ぎ早に話すミカに圧倒されて、勝手に話が進んでしまう。
「旅で疲れてるでしょ?任せて、料理は得意なの。あっそうだ、おじさん!このリンゴもお願いします!」
ミカはリンゴを投げて渡す。
「いくら?」
「良いよーただで。いつも買ってくれてるしね。」
そう言って店主はりんごを投げ返した。
「ようこそ、小鳥の巣へ!いいとこでしょ?街の中でも特に日当たりが良い場所なの!」
「うん。ほんとに、素敵なところだね。」
「でしょー。あ、ここが私の家。」
他の家と比べて比較的小さい、しかし一際日光を浴びて輝く家。黄色い屋根がエメラルド色の空によく映える。
「いらっしゃい!今ご飯作るから、そこ座ってて。」
ミカは走って部屋の奥へと向かった。そのうち、ふんふんふんと、鼻歌が聴こえてきた。野菜を切る音と混ざって、軽やかな音楽のようだ。
「そういえば、名前言ってなかったね。私はミカ。あなたは?」
部屋の向こうからよく通る声が響く。
「ノエル。」
「へー、珍しい名前だね。ところで、今日は泊まってくでしょ?」
「え、そんな悪いよ。」
「いいのいいの!いつも1人で退屈してるんだよね。あとでノエルの故郷のことも教えてよ。」
「うん….」
話しながらも、ミカは手際良く野菜を炒める。しばらくすると、温かな良い匂いがしてきた。
「できたから運ぶの手伝ってー。」
「あ、うん。」
器を受け取り、机に並べていく。
「リンゴも切ったから、食べてね。気になってたでしょ?」
「うん、ありがとう。」
「ノエル、ご飯の時くらいフード取ってよ。顔見て話したい。」
「あ、ごめん…」
おずおずとフードを取るノエル。
そこから現れた髪と肌は、目を見張るような白色だった。
まるで、日に当たることを知らないような白。特に腕は赤い血管が見える程白い。生まれつき色を持たない人がいるらしい。ノエルもそれなのだろうか。
「わぉ…すごい白いんだね。」
「そ、そうかな?…..えっと、食べても良い?」
「あっうん、どうぞ!」
いただきまーすと、2人揃って挨拶をする。
ノエルは一口含んだ瞬間、目を見開いた。
甘くて、ほんのり酸味があり、何よりとても温かい味。
「これが….トマト….!」
「うん、今日の献立はトマト煮込みだよ。これ好きなんだよね。」
「野菜って美味しいんだね。見た目もカラフルで綺麗だし。」
ノエルが目を輝かせる。
「でしょ?おかわりもあるから、どんどん食べて。」
続いて、ノエルはリンゴに手を伸ばす。噛むと、しゃりりとした食感と共に爽やかな甘さが口いっぱいに広がった。
「……!」
「どう?美味しいでしょ?」
「うん!ミカはこんなのをいつも食べてるの?」
「ええ。野菜や果物は美味しいだけじゃなくて健康にも良いからね。毎日青果商に行って採れたてを買ってるよ。」
「いいなぁ。」
ノエルは羨ましそうに目を向けた。
「でも、野菜がないなんて。ノエル、一体どんなとこに住んでるの?」
「いや、野菜があるのはここだけだよ。エルメスの外では、野菜なんて滅多に食べられない。」
「え、どうして?畑や果樹園はないの?」
「うん。街の外では、野菜どころか、植物はほとんど育たないよ。」
「……え?」
「ミカは、ここがどうして、太陽の街と呼ばれているか知っている?」
急に声を落としたノエルに、ミカは目を瞬いた。
「それは…この街が一番太陽に近いからでしょ?」
「うん。まあ、それは合ってるんだけど。実際は….太陽は、エルメスしか照らしていない。」
「……!」
「太陽は動かずにずっとエルメスを照らし続けている。動いていないせいで、エルメスの外に太陽は届かないんだ。」
「….そんな….」
「外はずっと暗闇さ。王都が太陽を独占しなければ、みんなで太陽を分けることができたのに。僕たちは明日食べるものにも困る始末だよ。」
「僕たち、街の外の人間は、街に入ることを禁じられている。外の人間は大勢いるんだ。その全員を王都に住まわせることは不可能だからね。」
「……」
「ごっごめん!こんな話するつもりはなかったんだ。ミカにはなんの責任もない。」
「ううん。酷い、酷すぎるよ。私、この街が誇りだった。ここより素晴らしい場所はないと思ってた。でも、そんな酷いこと…」
ミカは椅子からガタンと立ち上がって、勢いよく頭を下げた。
「ごめん!!」
「いや、だからミカのせいじゃ….」
「いいえ、ここに住む人全員に責任がある。知らなかったで済まされることじゃない。」
「…..」
「あと、一つ聞いて良い?ノエルはどうして危険を犯してこの街に来たの?」
「それは…….太陽を動かしにきたんだ。また太陽が動き出せば、街の外にも光が届くようになる。」
「やっぱり、そうだと思った!ねぇ、私にも手伝わせて!罪を償えるとは思ってない。でも、今困ってる人がいるなら、私はその人たちを助けたい。」
「…..」
「ねえ、お願い!」
「……うん、いいよ。」
ああ、なぜ僕は出会ってしまったのだろう。ミカにさえ出会わなければ、やるべきことを果たせたのに。
正義に駆られるミカとは対照的に、ノエルの心は深く沈んでいった。




