私は、乙女ゲームのモブキャラです
こんにちわ、私は乙女ゲームの世界のモブキャラです。
今日は私の学校生活のとある1日を紹介しましょう。
モブでしかない私の最高にハッピーでバットな物語。
どうも、こんにちわ。もしくははじめまして。
挨拶をしているのは誰だって?もちろんこの物語の輝かしいヒロインです…と言いたいところですが。
私は残念ながら乙女ゲームのモブキャラ。輝かしいヒロインは、同じクラスの私の隣の席に座る美少女の方。
立てば芍薬、座れば牡丹、歩く姿は百合の花…奥ゆかしい言葉も彼女のためにあるかのように錯覚してしまうほどの可憐な少女だ。
一方、私は名前のないクラスメイト、といったところだ。厳密にいえば親につけてもらった立派な名前はあるのだが、このゲーム上では名乗る必要性がないため、自己紹介は省こう。
ここがゲームの世界だと気づいたのはいつ頃だったろうか…なんて回想もひとまず置いといて。
みんなが気になるであろう隣の席の少女に早速朝の挨拶をする。
「お、おはようヒロインちゃん」
「おはよう」
あっさりとした一言だけ交わし、それ以降こちらに目もくれずヒロインは鞄の中を整理し始めた。うん、これこそが物語の主人公である。モブへの対応なんてこんなものだ。私も気にせずに席に着いて本をぱらぱらとめくる。
少しして、パーカーを着た少年とやけに体格のいい少年が教室に入ってきた。味気ない教室がパッと色づいた気がしたが、あながち気のせいではない。女子生徒がチラチラと2人の少年を頬を染めながら見ている。
「おっはー、ヒロイン」
「…よう」
「あ、2人ともおはよう!」
パーカー少年と無口な少年が真っ先に声をかけたのはもちろんヒロインだ。パーカー少年に至っては軽快にヒロインの肩まで叩いてる。周りの女子生徒が羨望と軽い嫉妬の目を送ってるのに気づいてるか気づいてないのか、ヒロインは可愛らしく笑って2人のイケメンと言葉を交わしていた。堂々としたモテぶり、さすが物語の主人公である。
…その横で私は本を読むふりをしながら、視線だけは横に向けていた。 別に羨んでない。乙女ゲームの主人公が異性と仲良くしてるのは当然である。
それに私は自分をそこまで過大評価していない。主人公とお似合いのイケメンたちと仲良くなれるなんて夢にも思ってない。高望みするだけ無駄である。
そんな私も多感なこの時期、例に漏れず、恋心を抱いていた。お相手は同じクラスの男子生徒である。
「お、おはよう佐藤」
「ん?ああ、おはよう」
席の近くを通りかかった黒髪の少年に挨拶をする。黒髪少年の髪はいつものようにぴょんと小さな寝癖がついていた。
「寝癖、ついてるよ」
「あ、ほんとだ。まあいいや、今日プールあるし」
全く良くないが、そのだらしない台詞に安心感を感じ、クスッと笑った。
黒髪少年の名は佐藤。彼は至って平凡的な同級生だ。成績も常に平均点、部活は帰宅部、家ではゲームと動画サイトを見て過ごしているらしい。なんとも没個性だが今どきの高校生らしい少年である。
普通の言葉が似合う少年を私は大変に気に入っていた。きっと周りが知ったら、何故よりによって地味な佐藤を?と言うだろう。しかし私はこの平凡でどこにでもいそうな彼がとても魅力的に見えた。まず、私と同じモブの立ち位置であること、絶対に主人公と親しい関係にならないだろう言う安心感があるのが大きい。そして誰にも言いたくないが、よく見ると佐藤はそこそこ顔が整ってる。私が好きな顔立ちなのだ。
他の女子生徒は、皆こぞって学校内1のイケメンやら生徒会長やらどこか影のある美少年に熱を上げているため、彼の良さを知っているのは私だけだ。そんな優越感が私のつまらないこの学校生活に刺激を与えてくれた。佐藤と話す時間はただ普通の女子高生としていれる。この時間が私の幸せだ。
「佐藤ったら、適当すぎ。くしでも貸そうか?」
「あ!」
私の提案は可愛らしい慌てた声に掻き消された。カシャンと小さな音と共に何かが佐藤の足元まで勢いよく落ちていった。
悪い、予感がした。
「ご、ごめん、くし落としちゃったみたい」
可愛らしい声の主はヒロインだった。振り返ればヒロインと2人のイケメンがこちらを向いてる。イケメンたちはヒロインに対して呆れたように「ドジだなあ」と笑ってる。ヒロインは目を潤ませていた。
「拾ってくれる…?」
「あ、だ、大丈夫だよ」
佐藤が足元にあるくしを拾う。
最悪だ。
心臓がドクンドクンとうるさいくらいに鳴っている。
なんでなんでなんでなんで?
私、モブとしてちゃんとやってきたじゃん。
ヒロインの邪魔にならないように生活をしてきたよ?
隣のクラスのイケメンがヒロインを探しに訪ねてきた時は、ちゃんと伝言もこなしたし、
ヒロインに抜き打ちで校則チェックがあることをこっそり教えてきた生徒会長とのやり取りも見かけたけど黙っていたし、
侵入禁止の屋上に学年1のイケメンと姿を消して、授業をサボってたこともバラさなかったし、
今そこにいるパーカー少年と無口の少年とそれぞれ別日にデートしたことを隠しているのも知らないふりして
生徒に人気のある先生があからさまにヒロインを贔屓してても、仕方のないことだと耐えてきた。
なのになのになのになのに
どうして、佐藤まで?
佐藤、お願い、そのくし、投げつけてよ。
だって、佐藤は絶対にヒロインと結ばれないよ。
私、分かるもん。
だって
自分が昔やってた乙女ゲームにそっくりなんだもん、この世界は。
佐藤、お願いだから。
そんな思いも虚しく、佐藤は拾ったくしをヒロインに手渡した。
「ありがとう…えっと」
「あ、ぼ、僕の名前は佐藤。覚えてなくて当然だよね。別にいいんだ、自分が地味なのは知ってるから…」
自虐的に笑う佐藤。そんな佐藤にヒロインは笑いかける。
「え?全然地味なんかじゃないよ!これからよろしくね」
佐藤が恋に落ちる瞬間を目の当たりにした私は、崩れ落ちた。しかし周りの人間は気にも留めない。当たり前だ、だって私はモブだから。
この光景をどこかで見たような気がした。こちらからの視点ではなく、別の視点で。
別の視点では目の前の佐藤が照れくさそうに笑っていたような気がした。そんな幻想が見えて、より一層私は、惨めな気持ちを味わった。
チャイムが鳴る。乙女ゲームの1日が、始まる。
モブキャラ…昔プレイしていた乙女ゲームの世界に転生してしまった女の子。
読んでくださり、ありがとうございます。
初作品です。
素敵な物語は視点が変われば残酷に変わってしまう、そんな小説を書きたいなと思い、完成しました。
本当は他の小説を書いてたんですけど、難航したため短編でサクッと読めるものを書きました。
初投稿作品としては満足です。
ありがとうございました。