2 アルマ
「アルマ・アトカーシャ。」
講師に名前を呼ばれた。
「来客だ。講義が終わったら応接室に行きなさい。」
2限目の講義開始前に魔法講師にそう言われると私は昨日の出来事を思い出す。
「この宝珠って中古だけどちゃんと起動するんですか?」
私が店主に聞くと店主は作業していた手を止めてこちらを睨んでくる。
「起動する。」
店主は一言そう言うと視線を作業台に戻し作業を再開する。この店主は商売をする気があるのだろうかと考える。この宝珠は200年前の天才魔導士が作成したとポップに書いてある。
「使ってみたいんですがいいですか?」
店主に聞くと店主はこちらを見て頷く。許可がおりたので宝珠を手に取り魔力を込める。起動速度が速いのが分かる。店主が少し驚いた顔で話しかけてくる。
「すまない。若い魔法使いの冷やかしと思った。」
店主に謝罪される。
「その宝珠は上級魔法を使える魔法使いにしか起動しない。買うかい?」
私は悩む。とても良い宝珠だ。今使っている宝珠は中級魔法を起動させる宝珠で、それほど良い宝珠ではない。それでも冒険者として活動し1年頑張って買った宝珠だ。この宝珠のおかげで、買ってから今日まで、同年代の冒険者よりも早くランクアップ出来ている。……欲しい……Cランクに上がれば賞金首を捕まえることができるようになる。
悩んでいると商店街がざわついているのに気付く。店主も気になったのか店の外に出る。私も宝珠を戻し外に出ると男がこちらに走ってくる。あの男を私は知っている。賞金首だ。その瞬間体が動き賞金首を捕まえる行動をとる。追跡者の手が伸びたその瞬間、私は追跡者の前に飛び出し、
「その賞金首、私のだから!」
私はこの時何を考えていたのだろうか?
「おじさん邪魔!」
私は追跡者に言い放つ。多分私はこの賞金首を捕まえて先程の宝珠の購入資金に、とでも考えたのだろう。いや、私は賞金首を見て本能で捕まえてやろうと行動したのだろう。母達によく言われるが私は考えるより先に行動する人間なのだそうだ。
私が追跡を始めようと1歩足を踏み出すと、おじさんが私の頭上を超えて行く。私はついおじさんの足を掴んでしまい転ばせてしまう。
「ぐえぇぇ!」
おじさんの呻き声を聞くが、次の瞬間に私はおじさんを飛び越えて、
「ごめんね、おじさん!」
私は追跡を開始する。賞金首は商店街の中程の路地を曲がって大通りに飛び出て振向く。
「ファイアーボール!」
ゴオォ!っと大音量を発して魔法の火球が3つこちらに放たれる。
私は回転ジャンプで火球を躱すその瞬間、おじさんを視界に収めながら火球の1つを剣で切り裂き、打ち消して賞金首を追いかける。
「おじさん!あと2つ処理してね!」
「マジかぁ!」
おじさんの声が聞こえたその時、
「バン、バン!」
発砲音が聞こえ、魔法銃の魔弾で火球が相殺される。
「おじさん中々やるじゃん♪」
私は言い放ちながら賞金首を追いかける。大通りに出て道行く人の悲鳴や怒号を聞きながら追跡していると賞金首がこちらに振り向き魔力を解放する。すると前方に大きな火炎の壁が急激に立ち上がる。大通りのあちこちから悲鳴と怒号が飛び交う!私も起動していた魔力を解放して、
「アイスウォール!」
炎の壁を全て覆うように魔力をコントロールして氷の壁で炎を呑み込む。
だが、氷の壁に阻まれて賞金首を見失う。
「これ以上は無理かぁ……」
周りを見渡すと怪我人を見つけて介抱して行く。おじさんが近づいてきて氷の壁を見上げている。
「レジスト」
と、私は氷の壁を解除する。
「賞金首に逃げられちゃった♪」
と、おじさんに言うと、彼は優しい声で、
「お嬢ちゃん、追跡の邪魔しちゃダメだよね?」
……正論だ……でもこのおじさん優しそうだから見逃してくれそうだ。
「え?アレは私の獲物だよ。おじさんこそ邪魔しないでよね!」
「イヤイヤ、捕まえる寸前で割って入ったのはお嬢ちゃんでしょ?」
「違いますぅぅ!私はあそこで待ち伏せしてたんですぅぅ!」
「イヤイヤ、そもそも賞金首がビルに入って行く所を待ち伏せして声を掛けたの俺だから!」
「違いますぅぅ!」
「違わない!」
「違いますぅぅぅ……」
「違わない!!」
周りを見渡すとザワザワしている。警察車輌も見えサイレンも聞こえる。……よし、困った時の必殺技だ……私は下を向き唇を噛み、両手をこぶしにしてワナワナして、
「……おじさんがイジメるぅぅぅ!!!」
私はワァーンと泣き出し、顔に両手を当てしゃがみ込み泣き出す。
「お嬢ちゃん、まず泣き止もうか?」
おじさんが優しい声で話しかけてくる。オロオロして焦っているのが分かる。……おじさん可愛い……私は上を向いて指の間からチラっとおじさんを見て再度ワァーンと泣く振りをするがおじさんが可愛いので口角が上がってしまう。サイレンが近づき警官の怒号が響く。
「貴様!何をした!」
警官がおじさんに言うとおじさんはフルフルと首を振り両手を上げ、何もしてないアピールをする。車輌を降りて警官が近づくと再度、
「何をしたと聞いている!」
と、問いただされている。
……よし。この隙に逃げよう……
私は気配を消してその場を離れた。路地に入りおじさんを見ると私がいないことに気がついたようだ。
「再開した時はちゃんとあやまるね、おじさん。」
私は独り言を呟きこの場を離れた。
「アルマ・アトカーシャ。プライベートを学院内に持ち込まないように。」
と、学院副学長に指導された。私は席を立ち3人の大人に頭を下げて応接室をでる。
3限目の終わりのチャイムがなり、4限目の講義に向かうが先程のお説教で気分が下がったので今日の講義をサボり気分転換をすることにする。自動販売機で紅茶を買い学院の中庭のベンチに座り応接室の話しを思い出す。
応接室には学院副学長と刑事さん、冒険者ギルド職員のフレイさんが待っていた。しかし問題がある。フレイさんがいつもと違うのだ。いつも眼鏡をかけ無愛想で前髪で顔を隠している感じじゃなく、眼鏡を外しバッチリメイクで髪も表情が見えるようにセットされている。冒険者ギルド職員のフレイと言われても私はいつも対応してもらっているフレイさんとは思わなかった。副学長も刑事さんも彼女の美しさに緊張している。それほど今日の彼女は別人だ。
刑事さんからは昨日の追跡劇を聞かれ、映像を見せらて事情聴取される。あの時は本能で賞金首を追跡し、おじさんの邪魔をしてしまったので素直に謝罪した。刑事さんは状況から私が邪魔しなければ、賞金首は捕まり、魔法で街に被害が出なかっただろうと非難する。私もその通りだと思うので重ねて謝罪する。
冒険者ギルドのフレイさんから、おじさんはシド・ハイラルという名前でBランク冒険者だと聞く。
「シドはね、BランクだけどAランクを超える実力のある冒険者なの。昇給試験を受けないからランクアップしてないけど。」
フレイさんはいつもは無愛想なのにニコニコしながら、おじさんのことを熱く語っている。ソレが気になりフレイさんを見ると彼女はコホンと咳をし、少し顔を赤くして無愛想な表情に戻ると、
「アルマちゃん。賞金首の追跡が出来るのは何ランクから?」
聞かれたのでCランクと答える。
「アルマちゃんのランクは?」
「Dランクです。ごめんなさい。」
私は素直に謝罪する。刑事さんがフレイさんにちゃんと指導してくれと文句を言うとアルマさんは頭を下げ刑事さんに謝罪する。フレイさんが私に視線を戻し、
「今日か明日の夕方、冒険者ギルドに来れる?」
聞かれたので私は今日で大丈夫と伝える。
「今日の夕方、冒険者ギルドでアルマちゃんに講習を受けてもらいます。」
と言うと、刑事さんもそれで良いと頷く。話しは以上で私は応接室を出た。
紅茶を飲みながら思い返す。フレイさんが美人すぎる。モデルや女優さんよりも綺麗だ。ギルド内でしか見たことがないけど、ギルドの外ではあんな感じなのかなと考える。私も外見にはソコソコ自信のある方だがとても彼女には及ばない。女として敗北感を感じるどころか私も彼女と会話するのにドキドキ緊張していた。憧れという感情なのだろう。
「シド・ハイラル」
おじさんの名前を口に出してみる。言葉使いが優しい感じだった。魔法の腕前も良かった。外見もおじさんって言うのは失礼かも知れない。でもお兄さんって感じでもなかった。が、見た目は私の好みかも知れない。オロオロしてるのは可愛かった。思い出すと私は穏やかで優しい気持ちになっていく。いつか会えたらちゃんと謝ろう……。
シド・ハイラル、彼の話しをするフレイさんはニコニコしていた。彼女も彼に同じような感情を持っているのだろうか。夕方ギルドに行ってフレイさんに会えると思うと私の心臓は物凄い速さで動き出した。