1 シド
「シド。」
トボトボと歩いて帰っていると声を掛けられる。振り向くと買い物袋をぶら下げ、眼鏡を掛けた地味な女だ。
「フレイか。」
彼女の名前だ。この女は冒険者ギルドの受付嬢で真面目だがいつも無愛想にしているから、冒険者からの人気はない。俺は人気のない彼女の方が受付の順番がすぐに回って来るので大体彼女に対応してもらっている。彼女が微笑みながら俺に聞いてくる。
「今日は散々だったみたいね。」
「まあなぁ……フレイも今から帰るのか?」
と、俺が気のない返事をすると、彼女は俺の腕に自分の腕を巻き付けて胸をムニュっと押し付けてくる。上目遣いで俺を見ると
「ご飯食べにウチにおいでよ?」
と、甘えた声で俺に言う。俺は知っている。彼女は眼鏡を外し前髪を掻き分けると美人なのだ。
冒険者は男の比率が高い。受付嬢をしていると一対一で男と会話することが多くなる。男は美人と会話していると食事に誘ったり口説きたくなるのは俺も同じだから気持ちが分かる。だから彼女はワザと地味で無愛想な振りをし、目立たない様にして冒険者と会話する機会を減らしているのだ。
……計算高い女だ……
だが、良い女なのだ。表情が豊かで会話も飽きず、脱げば出るところは出てスタイルが良く、抱けば良い声で鳴く女なのだ。俺は彼女の手から買い物袋を取り上げて、
「ご馳走になるわ。」
と、彼女のマンションに恋人のように並んで行く。
マンションに着くとコンシェルジュがおじぎをしてくる。ホールの自動ドアの前で彼女がカードを使いロックを解除する。エレベーターに乗り45階に上がると部屋の前に着く。彼女が鍵を開けて先に入ると俺を迎え入れる。
「いらっしゃい♪」
玄関に入ると彼女は俺の首に両腕を巻き付けて唇を重ねるだけのキスをする。俺も手を腰に回し彼女を引き寄せる。唇が離れると彼女は顔を赤くし上目遣いで俺を見て、
「料理作るから先にシャワーを浴びて待ってて。」
俺は軽く頷く。お互いに体を離し彼女は俺の手から買い物袋を取るとキッチンに行く。
俺はブーツを脱ぎ、彼女の3LDKの部屋の奥の寝室に入ると、自宅のようにコートと装備を外し、ハンガーにかけて壁に掛ける。上着の防塵ベストを脱ぎ、ベルトを外しズボンを脱ぎ畳んで置くと、そのままパンツとシャツのまま風呂に向かう。彼女が俺の方を向きクスッと笑うと、こちらに近づき、「チュッ」と軽いキスをする。俺は少し押されて洗面所に入る。下着と靴下を洗濯籠に入れ風呂に入る。蛇口を開けてお湯を出しシャワーを浴びる。
……気持ちいい……
1日を振り返るとあの小娘に邪魔された事を考え腹が立ってくる。……が、……可愛いかったなぁ……誰かに似てるなぁ……誰だったかなぁ……と思っていると、ドアのすりガラスに彼女の影が見える。考え事をやめ顔を洗いシャンプーで頭を洗う。ボディソープで体を洗いシャワーのお湯で汚れと泡を洗い流し、手で軽く水を払い風呂を出る。洗濯機の上にタオルと下着と部屋着が置いてある。彼女が準備してくれたものだ。この下着と部屋着も俺が準備したものではなくて、彼女の部屋に2度目に泊まりに来た時に彼女が買ってきて準備してあった。特に聞いたことはないが俺は当たり前のように使っている。……御礼も言っていない……なかなかのクズっぷりだな……と、自重せねば……。
タオルを首に巻き洗面所を出てリビングのソファに座る。テレビのリモコンを取りスイッチを付けると今日の出来事がニュースで流れる。防犯カメラの映像だろう。炎の壁が立ち上がり瞬間、氷の壁が立ち上がる。良い魔法の使い手だなと考えているとフレイがドライヤーを持って俺の後ろに立つ。彼女は俺の髪をドライヤーで乾かしながら聞いてくる。
「この魔法ってシドじゃなくて『アルマ』の魔法なんだ。」
ん?『アルマ』の魔法?俺は疑問に思い彼女に聞く。
「彼女の事知ってるの?」
「ええ。女性冒険者は大体私の方にくるから。」
と、苦笑気味に言う。
「あら?でもまだ彼女Dランクだから賞金首は追えないはずなんだけどなぁ?」
冒険者ランク。Gランクから始まりFランク、Eランク、Dランク、Cランク、Bランク、Aランク、そして最高のSランクがある。ちなみに俺はBランク。依頼内容をギルドが精査して依頼ランクを決定している。賞金首はCランク冒険者からでないと依頼は受けられない。さらにフレイが聞いてくる。
「シド、彼女とチーム組んでたっけ?」
「イヤ、俺はあまりチーム組まないんだ。」
そう、俺はわがままで自分勝手だからソロでいいのだ。まぁ、魔獣のレイド討伐とかの時はチームに入れてもらうんだけどね。
「そうよねぇ。彼女に次会った時に警告しとくわ。」
ギルドからの警告。まぁ簡単に言えば注意なのだが、あまりに多いとランクを下げられたり、数日依頼を受けられなくなったり最悪、冒険者ギルドを追放されたりもする。まぁ今回の場合はランクに見合わない賞金首を追ったり俺の邪魔をしたのでギルドから警告されるならザマァって感じだな。俺の口角が上がったのが分かったのかフレイはクスッと笑い、声を掛ける。
「髪乾いたから、晩御飯にしましょう。」
俺はソファを立ち、ダイニングテーブルに移動し腰掛ける。……美味そうな料理だ……良いお嫁さんになるなぁ……と思いながら手を合わせる。
「いただきます。」
お互いに少しお酒を飲みながら食事を進めていく。食事中の話題に今日の出来事を彼女に面白おかしく話していると、彼女が聞き上手なこともあり会話が弾む。食事を終えて2人で並んで食器を洗う。
「そう言えばアルマって娘は若そうに見えたが歳はいくつなんだ?」
食器を洗いながら聞いてみる。
「16とか17歳だったと思うわ。」
「その若さであの体術と剣技、さらにはあの魔法の展開力か……逸材……イヤ天才だな。」
「あなたにそう言わせるなんて彼女凄いのね。」
「今日追いかけてた賞金首って依頼ランクBだからな。ソイツの魔法を圧倒してるんだから彼女の実力は実質Bランクはあるだろう。」
「……あなたも実際はAランクでしょ?私知ってるんだから。過去にソロでAランク賞金首捕まえたり、Aランク魔獣も何回かソロで狩ってるんでしょ?ランクアップ試験受けに来ないって副長が言ってたわよ?」
俺は苦笑する。
「アレはたまたま運が良かったんだよ。」
俺は話しを変える為に、
「まぁなんだ、冒険者ギルド本部皇国支部に天才美少女冒険者が誕生したんだ。良いことじゃないか。」
俺は少し表情が緩んでしまった。
フレイが少し拗ねた感じで言う。
「そうね。アルマは『美少女』ですもんね。あなたも美少女冒険者と同じギルド支部に所属出来て嬉しいでしょうね。」
最後の方はちょっと怒ってるじゃないか。嫉妬か!可愛い奴め……。皿を洗い終わりタオルで手を拭くと、皿を拭いている彼女の後ろから彼女を抱きしめる。彼女の耳に俺の顔を近づけて囁く。
「フレイの拗ねた顔も声も可愛いよ♪」
彼女の顔が耳まで真っ赤になる。彼女はお皿とお皿を拭いた布巾を置き、お腹の上にある俺の手の上に自身の手を重ねて、後方にいる俺の顔を拗ねた顔で見上げると目を閉じる。俺は彼女の唇に自身の唇を重ねる。少し長めのキスを終えお互いに体を離すと彼女は言う。
「シャワー浴びてくるから、あなたはベッドで待ってて。」
もう何度もベッドの上で彼女を抱いたのに、いまだに頬を染め照れながら小さな声でそう言う彼女が愛おしい。俺は笑顔で頷く。彼女がシャワーを浴びている間に寝室のベッドの上で彼女を待つ。……が、やはりリビングのソファで待つことにする。しばらくすると彼女が洗面所から出てきて俺がソファに座っているのを見ると、頬を膨らませて近づいて来る。
「ベッドでって言ったよね?」
少し怒っているが、それもまた可愛い。
「髪を乾かしてあげたくね。」
と言うと嬉しそうに俺の横に座り抱きついて来る。彼女の額にキスをして、そっと体を離して彼女の後ろに回りドライヤーで髪を乾かしていく。美しく長い髪を乾かし終えて彼女の髪を一房手のひらに乗せ手触りを楽しむ。彼女がソファので膝立になりこちらを向く。俺が彼女の脇の下から腕を背中に回し抱きしめると、彼女は両手で俺の首に手を回し情熱的なキスをする。お互いの唇が離れて彼女が言う。
「続きはベッドで。」
彼女の口角が上がり挑発的な目で誘ってくる。俺の口角も上がり彼女をお姫様抱っこでベッドへ連れて行く。
「今日も良い声で鳴いてくれる?」
俺が囁くと彼女は、恥ずかしさを隠すように唇を重ねてくる。
……今日は良い夢が見れそうだ……
……まだ夜は続く……