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第4章:光と闇の交錯

1


「やはり…これは混沌竜の鱗の欠片だわ。それも、かなり力の強い部分の」


エクレールの地下研究室で、彼女は古代の魔法が込められた特殊な拡大鏡で、私が持ち帰った二つの赤い宝石のかけらを慎重に調べていた。レンズを通して見ると、宝石の内部に不規則で禍々しい黒い線が脈打つように走っているのが見えた。


「混沌竜の…鱗?」私は息を呑んだ。


「そう。『星の契約』によって地下深くに封印されたはずの、原初の混沌竜の力の一部よ」

エクレールは深い懸念を隠さずに言った。

「これが魔物の核となっていたのでしょう。封印に何らかの綻びが生じ、その影響が地上に漏れ出しているのかもしれないわ。魔物が立て続けに現れたタイミングも、単なる偶然とは思えないわね」


「もうすぐ新月だわ」

エクレールが不意に話題を変えた。

「その夜は風の元素が最も活性化する。風の精霊ゼフィルを呼び出すのに最適な時よ。城の北東にある『七精霊の丘』に行きましょう」


それは母が以前、窓から指差していた、小さな、しかし古くから聖域とされてきた丘。かつては小精霊たちの力が満ち溢れていた場所だという。


「でも、その前に…少し昔話をさせてちょうだい」

エクレールは椅子に深く座り直し、どこか遠い目をして語り始めた。

「あなたのお母さん、セレナのことよ。彼女はね、実は私の最も優秀な、そして最も心を痛めた学生だったのよ」


「えっ?」


「今から30年ほど前ね。セレナは王立魔法学院で、他の追随を許さないほどの才能を持っていたわ。特に古代魔法、中でも小精霊との契約と共感能力においては、まさに天才だった」

エクレールの目に、懐かしさと共に深い悲しみの色が浮かんだ。

「でも、ある日突然、彼女は全ての研究を放棄し、血筋と家の伝統に従い、竜騎士の道を選ぶと宣言したの。あれほど輝いていた彼女の瞳から、探求の光がきれいに消え失せていたことを、私は今でも鮮明に覚えているわ。彼女は自ら、その翼を折ってしまったのよ…」


私はエクレールの言葉を静かに聞いていた。母の厳格さと強さの裏に隠された、才能と運命の間で引き裂かれたであろう過去の苦悩。それは、今まさに新しい道を歩み始めようとしている私自身の選択とも、深く関わっているように思えた。


2


その夜、城に戻った私を、父マーカスが自身の書斎に呼んだ。普段は穏やかな父だが、その表情は珍しく険しかった。


「アイリス、少し大事な話がある」

父は部屋に入るなり窓を閉め、ドアには何重もの魔法の封印を施した。その厳重な様子に、私は緊張を覚えた。


「最近、北の国境から不穏な報告が立て続けに届いている。魔物の出現頻度が異常に増え、その形態も通常の記録にあるものとは異なり、より凶暴化しているそうだ」

父は壁に掛けられた王国の広域地図を広げ、北部の山岳地帯に赤い印がいくつも付けられた場所を指した。

「そして、それらの魔物には、お前が遭遇した『ワンダリング・アイ』と同じく、体のどこかに赤い宝石のようなものが埋め込まれているという共通の特徴がある」


「実はね、アイリス」

父は声を潜め、私に近づいた。

「セレナには絶対に内緒で、城の最奥にある古文書室…禁書庫に保管されている『星の契約』に関する、ある禁書を読んでほしいのだ」


父は懐から小さな、しかし複雑な細工が施された古びた鍵を取り出した。

「君にはヴァレンタインの血と共に、特別な力が宿っている。竜と契約できなかったことにも、おそらく深い理由があるはずだ。それを理解するためには、まず我々の一族と竜騎士団の起源、そして『星の契約』の真実を知る必要がある」


「明日の夜、母さんは国王陛下との重要な軍事会議で城を不在にする。その間に、この鍵を使って禁書庫に入ってほしい」


「わかりました、父上」

私は父のただならぬ様子に、ただ頷くしかなかった。


3


翌日の深夜、私は父から預かった鍵を使い、古文書室のさらに奥、厳重に封印された禁書庫へと足を踏み入れた。ひんやりとした空気と、数百年分の知識の重みが漂う空間。父が指定した棚の奥深くで、私は目的の本を見つけた。「原初の契約:竜と精霊の書」と古代文字で記された、分厚く重々しい革綴じの書物だった。


震える手でページを捲ると、そこには1000年以上前の「大災厄」と、それを終結させたとされる「星の契約」についての、公式の歴史書には決して記されていない驚くべき真実が綴られていた。


「かつて世界は、原初の混沌より生まれし『混沌竜』の脅威によって破滅の寸前にあった。その時、人智を超えた力を持つ七人の勇者と、自然の元素を司る七人の精霊使いが立ち上がり、互いの力を合わせた。彼らは七つの『絆の鍵』—それは精霊と人間、そして自然そのものの魂の結晶—を用いて、混沌竜を大地の深淵に封印した」


「しかし、混沌竜の力はあまりに強大で、封印は完全ではなかった。そこで七人の精霊使いと七人の勇者たちは、自らの魂の一部と未来への希望を捧げ、封印を守護するための新たなる存在を創造した。それこそが竜族である。竜は混沌竜の力に対抗するために生まれ、星の巡りに導かれた人間と契約を結び、以来、その封印を守護する存在となった。こうして七色竜騎士団が結成されたのだ」


さらに、そこには一つの予言が記されていた。

「永き時を経て、混沌竜の封印が再び揺らぐ時、忘れられし七つの小精霊は再び目覚め、運命に選ばれし者と契約を結ぶだろう。竜の力と精霊の力が再び一つとなり、調和を取り戻した時、真の封印は完成し、世界に永劫の安寧がもたらされる」


「だが警戒せよ。邪な心を抱く者が『絆の鍵』を集めし時、逆に混沌竜の封印を解き放ち、世界を再び混沌に陥れることもまた可能となるであろう」


(竜と精霊の力が再び一つに…?選ばれし者…?)

読み進めるうちに、背筋が冷たくなるのを感じた。これは、まさか私のこと…?


その時、静かな禁書庫の廊下で、誰かの足音が聞こえた。慌てて書物を元の場所に戻し、フレイムに合図してランプの光を消すよう指示する。


音もなくドアが開き、そこに立っていたのはグレイスだった。彼女もまた、何かを探しに来たのだろうか?


「アイリス…?どうしてあなたがこんな場所に?」

彼女は驚きと疑いの目を私に向けた。


「禁書庫は特別な許可なく立ち入ることはできないはずよ」

グレイスの声は硬かった。


「あなたこそ、何の用なの?」

私は問い返した。

「それに、城下町で何か話そうとしていたじゃない。ルビアス様のことで悩んでいることがあるんでしょう?」


「悩みなんて…ないわよ!」

グレイスは反射的に否定したが、その表情は苦しげに歪んでいた。

「でも…正直に言うと、少しだけ…ルビアス様との意思の疎通が、上手くいかないことがあるの。まるで、私ではない誰かを求めているような…そんな気がして…」

彼女は初めて弱音を吐いた。

「あなたが契約に失敗して、私がルビアス様と契約したあの日から、何かがおかしいのよ。私は…本当は、この力に相応しくないのかもしれない…」

「だって、時々感じるの…ルビアス様は、本当はあなたを待っていたんじゃないかって。私にはまだ、あの偉大な竜の心の奥底が完全には見えない…そのことが、ずっと私を不安にさせるのよ」


グレイスがそこまで話した、まさにその時だった。


カン、カン、カン!

城全体にけたたましい警鐘の音が鳴り響いた!


グレイスははっと顔を上げ、表情を引き締めた。「敵襲!?行かないと!」


4


私たちが城の中庭に駆けつけると、そこは既に混乱の渦中にあった。騎士たちが慌ただしく駆け回り、空を見上げて叫んでいる。漆黒の夜空に、巨大な影が翼を広げていた。


「あれは…ワイバーン!?なぜ城内に!?」


竜に似ているが、より凶暴で知性のない魔物、ワイバーン。しかし、その姿は通常のワイバーンとは異なり、鱗のところどころに不気味な赤い宝石のようなものが埋め込まれ、邪悪なオーラを放っていた。


ワイバーンが甲高い叫び声を上げ、城の中庭めがけて急降下してきた!人々が悲鳴を上げて逃げ惑う。


「危ない!」

グレイスが咄嗟に前に出て、左手に宿る赤竜の紋章を輝かせた。紅蓮の光が彼女を包み、炎を纏った剣をワイバーンに向かって振るう!しかし、ワイバーンの力はグレイスの予想を遥かに上回り、彼女はまるで木の葉のように叩きつけられ、地面に倒れてしまった!


もう迷っている場合ではない。「フレイム、ミスト!」


私は二人の小精霊を呼び出し、彼らの力を借りてワイバーンを攻撃した。フレイムの炎の矢が翼を焼き焦がし、ミストの水の鞭がその動きを封じ込める。ワイバーンは苦しげに咆哮し、その体から黒い霧が激しく噴き出した。霧が晴れると、そこに立っていたのはワイバーンではなく、一人の若い男性の姿だった。彼は漆黒の貴族風の衣装に身を包み、首には魔物のものと同じ、禍々しい赤い宝石のペンダントを下げていた。


「おや、これは驚いた。噂の小精霊使いか」

男は歪んだ笑みを浮かべ、優雅に一礼してみせた。

「思ったよりも早く現れたな。君のような存在がいるとは聞いていたが」


「あなたは誰?なぜこんなことを!」

私は警戒しながら問い詰めた。


「私の名はヴァイス。誇り高きノースガルド帝国が第二皇子にして…いずれ来るべき世界の覇者だ」

彼は傲岸不遜に名乗り、続けた。

「そして、間もなくこの地に復活する偉大なる『混沌竜』の新たな器となるべき存在でもある」


「その可愛い小精霊たちが持つという『絆の鍵』を、大人しく私に渡してもらえないだろうか?」


「あなたが…魔物を操って?」


「ふふ、あれはただの挨拶代わりさ。もっと強力なものも、たくさん用意してあるよ」

ヴァイスはせせら笑った。


その時、遠くから父や母のものと思われる、複数の竜の咆哮が近づいてくるのが聞こえた。ヴァイスはそれを察知したのか、ちっと舌打ちし、黒い霧に再び包まれ始めた。


「おっと、お開きの時間かな。またすぐに会うことになるだろう、小精霊使いよ。その鍵は、必ずこの私が頂くからね。楽しみにしているがいい」


彼が黒い霧と共に完全に姿を消すと同時に、中庭に漂っていた邪悪な気配も嘘のように消え去った。


私の周りには、何が起こったのか理解できず、ただ呆然と立ち尽くす騎士たちが集まっていた。そして、その人垣を割って近づいてきたのは、厳しい表情の父と、そして…怒りと、それ以上に深い恐れを浮かべた母だった。


「アイリス…」

母の声は震えていた。

「あなた、今のは…一体…?」


「セレナ、落ち着け」

父は母の腕を掴み、制した。

「ここで話すことではない」


私は覚悟を決めた。もう、この力を秘密にしておく必要はない。隠している猶予もないのだ。小精霊との契約、混沌竜の脅威、そしてノースガルドの皇子ヴァイスの存在—これらすべてを、両親に、そしていずれは王国に打ち明ける時が来たのだ。


明日は新月。エクレールが言っていた、風の精霊ゼフィルとの契約を果たす日。新たな力を得て、この迫りくる危機に立ち向かわなければならない。時間との戦いが、静かに、しかし確実に始まっていた。

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