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第2章:隠された道

1


「おはよう、アイリス!今日は何をするの?」


朝日が差し込む部屋で、フレイムが小さな炎となって飛び回っていた。侍女のマリアが朝食を持って来る足音が聞こえ、私は慌てて彼に暖炉に隠れるよう指示した。


「しばらくは誰にも見つからないように気をつけて」


侍女が去った後、私はフレイムに尋ねた。「小精霊って何なの?」


「ボクたち小精霊は、自然界の元素を具現化した存在なんだ。竜が生まれる前から、このカレイドニア王国の地には私たちがいた」

フレイムは小さく揺れながら説明した。

「でも『大災厄』と呼ばれる出来事があって、竜と人間が契約を結ぶようになってから、ボクたちは忘れられていった…竜騎士団が力を持つにつれて、ボクたちの研究も禁じられちゃったんだ」


「大地は裂け、空からは星々が燃え落ち、見たこともない異形の魔物が世界中に溢れ出したっていう、あの悪夢のような時代のことさ。王国の大半が焦土と化し、人々が絶望の淵に沈んだ時、唯一希望となったのが、天から舞い降りた竜たちの圧倒的な力だったんだ」


「他の仲間って?」


「小精霊の書には、ボク以外の精霊たちも眠っているよ。みんなと契約するには、もっと知識が必要かな」

フレイムは少し考え、「王立図書館にいるエクレールという魔法学者に会うといいよ」と言った。


その時、ドアをノックする音が聞こえた。「アイリス、入っていいかい?」


父の声に、フレイムは素早くろうそくの炎に紛れ込んだ。


「どうぞ、父上」


父マーカスは私の表情を見て少し驚いたようだった。「顔色がいいな。元気になったようで何よりだ」


「ありがとうございます」


「アイリス、契約のことだが…悲しむ必要はない。竜騎士になれなくても、お前には別の道がある」


父の言葉に、私は驚いた。「別の道…ですか?」


「ああ。実は…」


父が言いかけたその時、廊下から母の声が聞こえた。彼は言葉を切り、一瞬だけ私の方を見つめた。その目には、言いたくても言えない何かがあるように見えた。


「また後で話そう」

と言って父は部屋を出て行った。


フレイムがろうそくから飛び出してきた。「キミのお父さん、何か知ってるみたいだね」


「そうね…でも今は王立図書館に行きましょう。エクレールという人を探して」


2


王立図書館の古文書コーナーは、一般の来館者には開放されていなかったが、ヴァレンタイン家の娘として私は入室を許可されていた。


「あれが『星の契約』の原典…」

古い書物を見ながら歩いていると、書見台の前で作業をしている老婦人の姿が目に入った。


白髪を厳格にまとめ上げ、紫色のローブを着たその女性は、「小精霊と自然の調和」と書かれた古い本を熱心に読んでいた。


「その本、久しぶりに見るわ」

老婦人は振り向きもせずに言った。


「ご、ごめんなさい。お邪魔するつもりはなかったの」


「いいのよ、アイリス・ヴァレンタイン」

彼女は顔を上げ、鋭い灰色の瞳で私を見た。

「私はエクレール。かつて王立魔法学院の教授だった者よ」


フレイムが私の襟元から飛び出した。「エクレール!やっぱりここにいた!」


老婦人の目が見開かれた。「小精霊?まさか…」


「どうか、誰にも言わないでください」

私は懇願した。「母や騎士団に知られたくないんです」


「もちろん、秘密は守るわ。でも…私の屋敷に来なさい。ここでは話せないことがある」


エクレールは周囲を確認し、住所を書いた紙切れを渡した。

「今夜、日が落ちてから来なさい。合言葉は『星屑の囁き』よ」


私が尋ねようとした瞬間、近くで足音が聞こえた。エクレールは身振りで黙るよう促し、別の本棚の方へと歩いていった。


書庫の入口からグレイスが現れた。彼女は赤竜騎士の制服に身を包み、私を見て驚いたような表情を浮かべた。


「アイリス…久しぶりね」


「グレイス…おめでとう。ルビアスとの契約」


「ありがとう…」

彼女は一瞬遠くを見るような目をした。

「本当は…あなたが選ばれるべきだったのかも…」

その声は小さく、自信なさげだった。


「そんなことないわ。竜は相応しい相手を選ぶもの」


私たちは幼い頃から同じ騎士訓練を受けてきた。いつも互いを意識し、競い合ってきた。彼女がルビアスとの契約を果たした今、その距離感はさらに複雑になっていた。


「あなた、何を探しているの?」

グレイスが尋ねた。


「ただの歴史の勉強よ」


グレイスは私をじっと見つめた。彼女の目には不安と疑いが混ざっていた。

「何も隠してなんかいないわよね?」


「どうして?もう私は竜騎士じゃない。何も隠す必要はないもの」


「ルビアスとの契約は…上手くいってる?」

私は思い切って尋ねた。


グレイスの顔が一瞬こわばった。

「もちろん。完璧よ」

彼女は強がったが、その声には確信がなかった。

「これから訓練があるの」

と言って彼女は去っていった。彼女の背には、栄光とは裏腹の重い影があった。


エクレールが戻ってきて、「気をつけなさい。彼女は何か気づいているわ」と囁いた。


「わかりました。でも彼女も…何か問題を抱えているみたいです」


エクレールは意味深に頷いた。「竜との絆は、時に重荷になることもあるのよ」


3


日が落ちた頃、私はエクレールの家を訪ねた。「古橋南区

青い月の通り」の奥まった場所にあるその家は、青く光る水晶が門柱に埋め込まれていた。合言葉を告げると扉が開いた。


家の内部は予想以上に広く、書物と魔道具で溢れていた。壁一面の本棚、天井から吊るされた星図、テーブルの上に積まれた古文書…まるで小さな図書館だった。


「ここなら安全よ。壁には遮蔽の魔法がかけてあるわ」

エクレールは説明した。


フレイムがペンダントから飛び出し、興奮気味に部屋中を飛び回った。エクレールは彼を見つめ、「何十年ぶりかしら、小精霊に会うのは」と懐かしそうに言った。


「小精霊研究の教授だったんですか?」


「そう。でも150年前の『大災厄』以降、竜騎士団が力を増し、小精霊の研究は禁じられてしまったわ。危険思想と見なされてね」


エクレールは隠し戸を開け、地下への階段を示した。「私の本当の研究室よ」


階段を下りると、広い円形の部屋があった。天井からは古びた水晶のシャンデリアが吊るされ、七色の淡い光が壁一面の魔法陣を照らしていた。その光は床に描かれた星座図と共鳴し、まるで夜空のように瞬いている。中央には七色の宝石がはめ込まれた台座があり、その周りを小さな光の粒子が舞っていた。


「まるで星空の中にいるみたい…」

私は思わず呟いた。


「あなたの本を置いてみて」


私が「小精霊の書」を台座に置くと、七つの宝石が描かれたページが現れた。赤い宝石—火の印だけが輝いていた。


「あなたは特別な才能を持っているわ」

エクレールは静かに言った。

「あなたの魔力の波長は、竜よりも小精霊との共鳴に向いているの。だから竜と契約できなかった」


「そんな…」


「実はね、アイリス」

エクレールは真剣な表情になった。

「ヴァレンタイン家は代々、竜と小精霊の両方と契約できる特殊な血筋だったの」


私は息を呑んだ。「父も母も知っているんですか?」


「あなたの父は薄々気づいていると思うわ。でも母親のセレナは…」

エクレールは言葉を選ぶように間を置いた。

「彼女も若い頃は小精霊との親和性が高かった。私の優秀な生徒だったの。でも家の伝統と期待のために自らその能力を封じ、竜と契約する道を選んだのよ」


その言葉に、私はショックを受けた。母も私と同じだったのか。だから私に厳しかったのは…自分と同じ道を歩ませないため?


「では私は…」


「あなたは新しい時代の先駆者になるかもしれない」

エクレールは木箱から七色の小さな水晶を取り出した。

「これを使って訓練しましょう」


エクレールの指導のもと、私はフレイムの力を引き出す練習を始めた。手のひらに小さな炎を灯し、徐々にその大きさや形を変えることができるようになった。


「すごい!」

フレイムは喜んだ。「アイリス、キミはホントに才能あるよ!」


「竜騎士の魔法とは違うのね」

私は手の上で踊る炎を見つめながら言った。

「より繊細で、自在に操れる」


「そう、小精霊の力は精密さが特徴なの」

エクレールは頷いた。

「竜の力は強大だけど制御が難しい。小精霊の力は使い手の意志に敏感に反応するわ」


訓練を終え、帰り支度をしていると、エクレールが「もう一つ大事なことがあるわ」と言った。


「『混沌竜』について聞いたことはある?」


「いいえ」


「『星の契約』以前に封印された原初の混沌の存在よ。その封印を強化するために、七色竜騎士団が結成されたの」

エクレールは窓の外を見た。

「最近、北の国境で不穏な動きがあるわ。封印が揺らぎ始めているのかもしれない。夜に奇妙な光が目撃されたり、家畜が突然姿を消したりしているの」


「私に何ができるんでしょう?」

思わず身震いした。


「今はまだわからないわ。でも小精霊の力を極め、いつか来るかもしれない危機に備えることね」

エクレールはそう言って、私の肩に手を置いた。

「恐れることはないわ。あなたは一人じゃないから」


家を後にする時、夜空には満月が輝いていた。フレイムのペンダントの中の温もりが心強く感じられた。新しい道を歩み始めた私に、未知の冒険が待ち受けているようだった。

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