EP.7 ほら……ね?
授業を終えた私達はまっすぐセレナーデへと向かい、双葉を先頭にセレナーデの扉を潜る。
「お姉、お客さーん」
「ん? おっ、一人友達が増えてるな。奇跡か?」
「お姉ぇ……」
「こんにちは」
「どうもです」
「おう、好きな席に座りな」
私達はお姉さんに促されるまま、窓際の席に座る。
他にお客さんの姿はなく、貸切のような状態に少し気分を良くしつつ、私と渚は水を持ってきてくれた双葉にお礼を言って、喉を潤す。
「疲れたぁ〜」
双葉がテーブルに突っし、気の抜けた表情になる。
「通常授業の初日は疲れるよね」
「もうずっと春休みがいいわ」
渚と一緒にそうぼやく。
春休みは通学中とは違う生活リズムで過ごしていたから、慣れるまでキツい。それに環境の変化で、いつも以上に疲労感を感じるのだ。肉体的というより精神的なものだけど。
「だらしないな」
「うるさいなぁ」
「姉に向かってうるさいとはなんだ」
双葉のお姉さんが注文していた料理を持ってやってくる。
「はい、おまちどうさま」
「うわ、うまそー!」
「ありがとうございます」
「早速ご贔屓にしてもらってありがとうな、瑠璃ちゃん。新しい友達も、うちのと仲良くしてくれてありがとう」
「もう、やめてよお姉」
「貴重な友達なんだから大事にしないとな?」
「そんなこと言うのやめてよね⁉︎」
「いや、アタシもほんと、友達になってもらって、なんていうか、その……嬉しいんで」
照れてながらそう言った渚はやっぱり可愛い。
それを見たお姉さんも同じことを思ったのか、
「なんだこの可愛い生き物は」
と、内心に留めることなく口にした。
「渚はこの中で一番女の子らしいんです」
「なるほど。よく覚えとくよ」
「女の子らしいとか初めて言われた……てか、別にそんなことないけどな」
そう言いつつ髪を指先で弄ぶ渚。
その仕草が可愛いし、多分だけど女子力も高いとお見受けする。
自分の部屋がぬいぐるみでいっぱいになってそうだ。
双葉が紅茶を飲みながら渚に尋ねる。
「渚って普段料理とかするの?」
「アタシは人並みかな。双葉はするのか?」
「私はほら……ね?」
「ね、ってなんだよ」
「こいつは食べるの専門だから」
「だからお姉は余計なこと言うな!」
「瑠璃ちゃんはどうなんだ?」
「私は適当なものなら。お姉さんみたいに、ちゃんとしたものは作れないですね」
「そうなの? じゃあ、ちゃんとしたものが食いたかったらいつでもおいで。渚ちゃんもな」
ありがとうございます、と。私と渚は返事をして料理を口に運ぶ。
やっぱり美味しい。
これなら毎日でも通いたいくらいだ。
「あ、そうだ」
そこでふと思い出したことを、近くの椅子に座ってテレビを見始めたお姉さんに尋ねる。
「そういえばお姉さんって名前なんて言うんですか?」
「んあ、そう言えば言ってなかったっけ。私は一葉って言うんだ」
「一葉さんですか」
「ああ。まあ、店長でもお姉さんでも一葉でも、好きなように呼んでよ」
それに頷いて、私は再び料理を口にする。
なんとはなしに隣に座る渚を見ると、彼女はちまちまとご飯を食べていた。なんと女の子らしい食べ方だろうか。一口が小さいのか、器の中の料理が減るスピードは私より遅い。
そして、目の前に座る双葉をみる。
豪快だ。
見た目は小さくて可愛らしいのに、食べっぷりはまるで大食漢。見ていて気持ちのいい漢らしい食いっぷりだ。言ったら赤くなりそうだから言わないでおこう。
「そういえばさ」
渚が料理を食べ終わった頃、お茶を飲んでいた私たちにある話題を切り出してきた。
その視線は店内のある方向をじっと見つめている。なんだろう?
「あれってなに?」
渚が指差した先にあるのは……なんだろう、何かの機材だ。
けどなんとなく見たことがある気がするそれらは、確か——
「あ、カラオケとアンプか」
良くカラオケにあるカラオケの機材。そしてギターの音を発するスピーカー的なやつ、名前はアンプ。
父が使っていたからうちにもあるけど、ここにあるやつの方が大きくて、しっかりしているように見えた。
「ああ、あれね。うちのお父さんがここの切り盛りしてた時はジャズバーだったから、その名残だよ。まあ、今は私が練習に使ってるんだけど」
「へー! なんかいいな。双葉はギター弾けるんだろ?」
「ん、まあ、ね」
「学校にギター持ってきてるもんね。今日も背負ってたし」
「家は別であるから、帰りにここで練習してるんだよ。今の家は賃貸だからあまり音出せなくって」
「なるほど」
「楽器とかできないから凄いって思うわ」
「私も。ギターは弾いたことあるけど、ドラムとか意味わかんない」
「めっちゃ分かるわ。全部の手足バラバラに動かすとか、宇宙人みたいだよな」
宇宙人て。
渚、独特な感性だね。
「双葉?」
私は双葉の様子が可笑しいことに気づく。やけに多くなった瞬きと、テーブルに置いてある水が、波紋を浮かべる程度の振動は、テーブルの下で彼女が貧乏ゆすりでもしているからか。何か言いたそうに、けど、言うべきか迷っているようだ。
今の彼女の色は緑色。一体、双葉は何に対して、そんな不安を抱いているんだろう……。
「双葉?」
私は双葉の次の言葉を待つ。
「あ、あのさ」
私達は彼女と目を合わせ、続きを促す。
「その……昨日、瑠璃には言おうとしたことなんだけど」
「うん」
「もし、もしね……二人がよかったらなんだけど」
一呼吸おいて、双葉は意思のこもった強い眼差しで言った。
「私と————バンド組まない⁉︎」
唐突なその言葉に、私と渚は顔を見合わせ、同時に——驚愕の声を上げた。
店内に良く通る女子二人の悲鳴に、一葉さんの雷が双葉に落ちたのは、言うまでもない。