EP.5 いいほねーはんあね
「こちらプレッツェルとグリルソーセージプレートです」
「おー、美味しそっ」
目の前に置かれた料理に、再びお腹の虫が騒ぎ出しそうになるが、同級生の前ということでなんとか堪える。
意外と我慢できるものだ。
「ねぇ、ひとつ聞いてもいい?」
「ん?」
私は横に立つ速水さんの言葉に、手を合わせたまま止まる。
「なんで私のギターに触ってたの?」
「え? あー……」
私はその質問に、正直に答えることにした。
「実は——」
結果的に嘘をつくようなことになってしまったことも含めて、私が謝ると、彼女の周りにあった赤い色の感情は綺麗さっぱり消えて無くなり……代わりに鮮烈な橙色と黄色の色が浮かんできた。
これは……期待と喜び?
なぜそんな感情になるのか分からず、私は首を傾げる。
「あ、あのっ、そのっ、ありがとう! まさか、そんな勘違いをしていたなんて……本当にごめんなさいっ!」
「いや、いいよ別に」
当初の態度とは打って変わり、猛烈に感謝される。
気分はいいけど、あまりの変わりように少し戸惑ってしまう。
あのツンツンしていた態度は頑張って作っていたのかもしれないと思うほどに、今の速水さんの雰囲気は別人のように柔らかい。
今の速水さんが本来の姿なんだろう。怒らせないようにしよう。怖いから。
「それで、あの……如月さんはギターに興味があるの? なんか、詳しいような気がして」
「いや、別にそんな詳しくはないかな。私のお父さんがよくギターを弾いていたから、まあ、基礎的なことはなんとなくって感じ。弾くのはドレミで簡単なものならギリギリってレベルだよ」
「そうなの? でもそうね……あの、もしよかったらなんだけど!」
と、そこで速水さんの背後からやってきた人影に、速水さんは襲われた。
「あいたっ⁉︎」
頭頂部に落とされた手刀によって目を白黒させる彼女は、勢いよく振り向くと、チワワのように身を縮こまらせた。
「ひぃっ、お姉ぇ」
「お前さぁ、早く食べたがってんの見てわかんないの? ごめんねお客さん、うちの妹が食事の邪魔して」
「え? あぁ、いえ」
やってきたその人は、長い黒髪を後ろで一つにまとめた快活そうな女性だった。
渚とはまた違う、気の強そうな顔つきだけど、どこか親しみやすそうな人だと感じる。
ただなぜか、好奇心を感じさせる緑色が発せられているのが気になった。口元が楽しそうに歪んでいるから、間違いなさそうだ。
「お客さん、双葉の友達?」
「え?」
「ちょっとお姉、そういうのはやめてって!」
「いいだろ別に。お前が誰かと普通に話してるの、あんま見たことないから気になったんだよ。で、どうなんだ?」
「お姉、もうあっちに——」
「はい、友達……になりたいと思っています」
「——っ!」
「へぇ〜」
あんな風な出会い方だったけど、私が速水さんと友達になりたいというのは本心だ。
だっていい人だし可愛いし。
それに何より渚と同じで感情的で、いい色をたくさん見せてくれる。
一緒にいて楽しい人だ。
「じゃあ、その……よろしく!」
「うん」
「初々しいね〜。よし、サービスしちゃおう。双葉の初めての友達記念に」
「初めてじゃない!」
はっはっはっ! と笑いながら店の奥に消えていったお姉さん。
去り際に速水さんには聞こえないように「双葉のことよろしく」と言っていたけど、かっこいいお姉さんだ。
あんな姉が私にもいたらよかったのに、なんて思ってしまうのも当然だろう。
しかし、家族公認のお友達になれた訳で、私としてもこれは喜ばしいこと。
……ただまあ、とりあえず。
冷めないうちに料理をいただくとしよう。
「ごめんね、うちのお姉が」
「はいほうぶ、いいほねーはんあね」
「あ、ごめん、冷めちゃうよね。ごゆっくり」
まだ何か言い足りなさそうな表情だったけど、それについて聞きたい好奇心より、私の食欲が上回ってしまった。
なので私は、めちゃくちゃ美味しい料理に舌鼓をうち、最高に贅沢な昼食を堪能したのだった。
「それでね、うちのお姉ってば——」
私の目の前に座って姉への愚痴をこぼす速水さん。
水のおかわりを入れにきたかと思えば、正面に座った彼女はいくつか言葉を交わすうちに、こうして永延と、姉がいかに自分をこき使っているのかについて話している。
背後でしっかり聞き耳を立てているお姉さんの姿は……見なかったことにしよう。
「——だからさぁ」
「おい」
ああ、これはダメですね。
真っ赤です。
姉妹って感情の色まで似るんですね。
「ひぃっ⁉︎」
「なにがひぃっだよ、可愛くねぇから。ほら、如月さんって言ったっけ? これサービスね。今後ともうちの店をご贔屓に」
「お姉、そこは妹をよろしくとか言うところじゃ?」
「お前をよろしくしたところで金にならないだろ」
「これ、こういうところが酷いんだよ如月さん。分かってくれるよね⁉︎」
同意を求められてもなにも言えないよ。
私は悲鳴をあげながらお姉さんにアイアンクローをされる速水さんを眺めつつ、再び美味しい料理に舌鼓を打つのであった。
あぁ、おいし。