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SONIC BLUE!〜極彩のロックンロール〜  作者: ユララ
如月瑠璃は錆びた弦を掻き鳴らす
41/43

EP.40 ぜんぶトんだでしょ?

「あたっ」

「落ち着いて、双葉」

 

 機材のセッティング中。

 すでに観客の視線に晒されているおかげで緊張状態にある双葉が、床を這うコードに脚を取られて転びそうになる。

 

「だっ、大丈、らいじょうぶ」

「ダメですね……瑠璃さん、どうしましょう」


 私は自分のセッティングを終えたところで、双葉の方のセッティングを済ませながら芽衣に言う。

 

「このままでいい」

「でも……」

「言ったでしょ、芽衣」


 大丈夫だから。

 

 そう伝えると芽衣は心配そうな表情のままではあったが、こくんっと頷いてくれた。

 芽衣も自分の準備を済ませたようだ。

 ……さあ、いよいよだ。

 

「——どうも、女子高生バンド(仮)プラス女子中……以下略、です」

「めんどくさくなって省略されました⁉︎」

 

 芽衣が騒がしいが、その反応が観客にも受けたようで、小さくない笑いが起きる。

 悪くない空気の中、私は不慣れなMCを続ける。

 

「私達は今日が初めてのライブです。聞いてくれたら嬉しいです。拙いかもしれないですが、本気でやります」

 

 この言葉は聴いてくいれる人に向けてのもの。

 

 そして、

 

「一曲目はカバーです。今の私達にピッタリの曲なのでこれにしました。この曲の歌詞と同じで、私達も、欲しいものがあるので……全力で手に入れます」

 

 これは渚への言葉。

 全力でぶつかるから、覚悟してという、私からの宣誓。

 そんな想いをこれでもかと、彼女に負けないくらい鋭くさせた目に込める。

 かちあった視線。揺らいだ瞳を見て、私は不敵に笑う。

 

 視線を外し、背後の二人と視線を合わせる。

 

「いくよ」

「はい!」

「う、うん……」

「あ、そうだった。双葉」

 

 私は双葉におまじないをかける為に近寄る。

 芽衣にも泉さんにも言ったとおり、双葉の不安も恐怖も打ち消してしまうくらいの、強烈なおまじないをかけてやる。

 

「双葉」

「なに、瑠璃——んっ」


 ステージの上で、私はギターを背に回して、双葉の顎を右手でクイッと持ち上げながら——キスをした。

 

「ほら、ぜんぶトんだでしょ?」

 

 単純な彼女にはとても強力なおまじない。

 私はすぐに離れて芽衣にサムズアップをするが、彼女は顔を真っ赤にして口をパクパクさせて、でもすぐに正気に戻り、大きな溜め息をした。

 そして芽衣は双葉を見て……安心したような表情で、前を見据えた。

 私も同じように前を見る。

 私のした所業に、観客のざわざわとした喧騒が耳に入るが関係ない。

 私はそれを遮るように、曲の題名を口にする。

 

 

「聴いてください……全身全霊」

 

 

 それと同時、背後から強烈なギターの音が鳴り響く。

 

 いつも緊張しすぎなあがり症の双葉は、一度こうなってしまえば——最強だ。

 頭を空っぽにして、ただ演奏に集中して。自分の世界に入った彼女ほど頼りになる存在はいない。

 私はリードする彼女の演奏に必死に食らいつきながら、バッキングを奏でる。

 私を支えるように鳴り響くベースの、確かなリズムが頼もしく、私は練習通り……いや、練習以上に安定した演奏ができている。いい感じだ。

 

「——スゥ」

 

 私は目の前のマイクを見る。

 やることは簡単。

 下手でいいから、ありったけ叫ぶ。それだけだ。

 

「————‼︎」


 私は目の前で聴いている渚と視線を合わせながら声を張り上げる。

 愚直に叫ぶように。綺麗な歌声なんて私にはない。でも、歌うんだ。

 たったこれっぽっちの私でも、きっと貴女に届くと信じて。貴女を救えると信じて、私は歌う。

 

「————っ」

 

 息が続かない。

 即席のボーカルとしてはマシだろうか。

 

 そんな考えは一瞬で霧散させる。

 

 上手い下手はどうでもいい。興味を持たれなかろうが、蔑まれようが、馬鹿にされても私は歌うし、私達は止まらない。

 

「——っ、双葉っ」

 

 歌を終えて、双葉のソロ。

 抒情的な彼女の演奏は、私の下手くそな歌声で離れかけた客の心を引き戻し、鷲掴み、決して離さない。

 

 本当に頼りになる。

 

 そして安定したベースの音が、双葉の音を支えて、より雰囲気を増していく。今までで一番の演奏だ。

 

「——っ、ふぅ」

 

 ……そして一曲目の演奏が終わり、まばらな拍手が起きる。

 間違いなく、この上なくいい演奏だった。けどそれでもこれが現実で、明らかなのは微妙なものだったということ。

 全てに置いて私が脚を引っ張っている。

 それがこの一曲で白日の元に晒された。

 せめてボーカルがもっとしっかり上手ければ。ギターは最高だったのに。そんな観客の声が聞こえてくるようだった。

 私には感情が色になって見える。だから、そんな気持ちが手に取るように分かってしまった。予想通りの反応すぎて、私は思わず吹き出す。

 

「……瑠璃さん?」

「ごめん、なんでもない」

 

 芽衣に一言謝ってから、私は予定通り、奥のPAさんに視線を送り、頷く。

 すると向こうも打ち合わせ通りという意図を理解してくれて、頷き返してくれた。

 

「次の曲で最後です。次の曲名は……全身全霊。同じ曲です」

 

 私の言葉にザワッとした反応を見せた後、明らかにがっかりしたような雰囲気が感じられた。

 二度も同じ歌を聞かされるなんて退屈だろう。つまらないだろう。分かってる。

 正直、悩んだ。でもこの方法が一番いいと思ったからこうするんだ。

 私はセンターのマイクスタンドの前から移動して、右隣のスタンドの位置に立つ。

 

「でも、歌うのは私じゃない」

 

 バンッ! 

 

 と、暗い会場に、一筋のスポットが観客席に落とされる。

 突然ライトに照らされた彼女は眩しそうに、けれど、困惑した表情で私を見た。それに私はやはり、不敵な笑顔を返すのだ。

 

「歌うのは——あなた」

 

 そして、まっすぐ指を刺し、私はそう言った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  

 


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