EP.40 ぜんぶトんだでしょ?
「あたっ」
「落ち着いて、双葉」
機材のセッティング中。
すでに観客の視線に晒されているおかげで緊張状態にある双葉が、床を這うコードに脚を取られて転びそうになる。
「だっ、大丈、らいじょうぶ」
「ダメですね……瑠璃さん、どうしましょう」
私は自分のセッティングを終えたところで、双葉の方のセッティングを済ませながら芽衣に言う。
「このままでいい」
「でも……」
「言ったでしょ、芽衣」
大丈夫だから。
そう伝えると芽衣は心配そうな表情のままではあったが、こくんっと頷いてくれた。
芽衣も自分の準備を済ませたようだ。
……さあ、いよいよだ。
「——どうも、女子高生バンド(仮)プラス女子中……以下略、です」
「めんどくさくなって省略されました⁉︎」
芽衣が騒がしいが、その反応が観客にも受けたようで、小さくない笑いが起きる。
悪くない空気の中、私は不慣れなMCを続ける。
「私達は今日が初めてのライブです。聞いてくれたら嬉しいです。拙いかもしれないですが、本気でやります」
この言葉は聴いてくいれる人に向けてのもの。
そして、
「一曲目はカバーです。今の私達にピッタリの曲なのでこれにしました。この曲の歌詞と同じで、私達も、欲しいものがあるので……全力で手に入れます」
これは渚への言葉。
全力でぶつかるから、覚悟してという、私からの宣誓。
そんな想いをこれでもかと、彼女に負けないくらい鋭くさせた目に込める。
かちあった視線。揺らいだ瞳を見て、私は不敵に笑う。
視線を外し、背後の二人と視線を合わせる。
「いくよ」
「はい!」
「う、うん……」
「あ、そうだった。双葉」
私は双葉におまじないをかける為に近寄る。
芽衣にも泉さんにも言ったとおり、双葉の不安も恐怖も打ち消してしまうくらいの、強烈なおまじないをかけてやる。
「双葉」
「なに、瑠璃——んっ」
ステージの上で、私はギターを背に回して、双葉の顎を右手でクイッと持ち上げながら——キスをした。
「ほら、ぜんぶトんだでしょ?」
単純な彼女にはとても強力なおまじない。
私はすぐに離れて芽衣にサムズアップをするが、彼女は顔を真っ赤にして口をパクパクさせて、でもすぐに正気に戻り、大きな溜め息をした。
そして芽衣は双葉を見て……安心したような表情で、前を見据えた。
私も同じように前を見る。
私のした所業に、観客のざわざわとした喧騒が耳に入るが関係ない。
私はそれを遮るように、曲の題名を口にする。
「聴いてください……全身全霊」
それと同時、背後から強烈なギターの音が鳴り響く。
いつも緊張しすぎなあがり症の双葉は、一度こうなってしまえば——最強だ。
頭を空っぽにして、ただ演奏に集中して。自分の世界に入った彼女ほど頼りになる存在はいない。
私はリードする彼女の演奏に必死に食らいつきながら、バッキングを奏でる。
私を支えるように鳴り響くベースの、確かなリズムが頼もしく、私は練習通り……いや、練習以上に安定した演奏ができている。いい感じだ。
「——スゥ」
私は目の前のマイクを見る。
やることは簡単。
下手でいいから、ありったけ叫ぶ。それだけだ。
「————‼︎」
私は目の前で聴いている渚と視線を合わせながら声を張り上げる。
愚直に叫ぶように。綺麗な歌声なんて私にはない。でも、歌うんだ。
たったこれっぽっちの私でも、きっと貴女に届くと信じて。貴女を救えると信じて、私は歌う。
「————っ」
息が続かない。
即席のボーカルとしてはマシだろうか。
そんな考えは一瞬で霧散させる。
上手い下手はどうでもいい。興味を持たれなかろうが、蔑まれようが、馬鹿にされても私は歌うし、私達は止まらない。
「——っ、双葉っ」
歌を終えて、双葉のソロ。
抒情的な彼女の演奏は、私の下手くそな歌声で離れかけた客の心を引き戻し、鷲掴み、決して離さない。
本当に頼りになる。
そして安定したベースの音が、双葉の音を支えて、より雰囲気を増していく。今までで一番の演奏だ。
「——っ、ふぅ」
……そして一曲目の演奏が終わり、まばらな拍手が起きる。
間違いなく、この上なくいい演奏だった。けどそれでもこれが現実で、明らかなのは微妙なものだったということ。
全てに置いて私が脚を引っ張っている。
それがこの一曲で白日の元に晒された。
せめてボーカルがもっとしっかり上手ければ。ギターは最高だったのに。そんな観客の声が聞こえてくるようだった。
私には感情が色になって見える。だから、そんな気持ちが手に取るように分かってしまった。予想通りの反応すぎて、私は思わず吹き出す。
「……瑠璃さん?」
「ごめん、なんでもない」
芽衣に一言謝ってから、私は予定通り、奥のPAさんに視線を送り、頷く。
すると向こうも打ち合わせ通りという意図を理解してくれて、頷き返してくれた。
「次の曲で最後です。次の曲名は……全身全霊。同じ曲です」
私の言葉にザワッとした反応を見せた後、明らかにがっかりしたような雰囲気が感じられた。
二度も同じ歌を聞かされるなんて退屈だろう。つまらないだろう。分かってる。
正直、悩んだ。でもこの方法が一番いいと思ったからこうするんだ。
私はセンターのマイクスタンドの前から移動して、右隣のスタンドの位置に立つ。
「でも、歌うのは私じゃない」
バンッ!
と、暗い会場に、一筋のスポットが観客席に落とされる。
突然ライトに照らされた彼女は眩しそうに、けれど、困惑した表情で私を見た。それに私はやはり、不敵な笑顔を返すのだ。
「歌うのは——あなた」
そして、まっすぐ指を刺し、私はそう言った。