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SONIC BLUE!〜極彩のロックンロール〜  作者: ユララ
如月瑠璃は錆びた弦を掻き鳴らす
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EP.3 何色だと思う?

 強い胸元への衝撃を受けた私は、教室の床に尻餅をついて倒れた。

 

「瑠璃!」

 

 私に駆け寄り手を貸してくれる渚……本当にいい子だなぁ——っと。そうじゃない。

 私は顔を上げて、突き飛ばしてきた人を見る。

 まあ、誰なのか、すでに見当はついているんだけど。

 

「痛いよ、速水さん」

 

 ギグバックに付いていたストラップに書いてあった名前を言う。

 律儀にもしっかり持ち物に名前を書いているのだから、几帳面な性格なんだろう。

 それにこれだけ、しかめ面をしているんだから、その感情は推し量るまでもなく赤一色だ。真っ赤っかだ。久しぶりに人を怒らせてしまった。

 彼女の腕の中に抱えられたギターが、相当大切なものなんだと分かる。

 ギターに触れられるだけでここまで反応するんだから間違いない。

 

「速水、お前な……!」

「ひぃ!」

 

 隣の渚が目を鋭くさせて彼女を睨めば、肩を縮こませ萎縮してしまった。

 渚が見た目以上に、周囲から怖がられてしまわないように、まずは彼女を落ち着かせることにする。

 

「渚、私は平気。ありがとう、私のために怒ってくれて」


 そう言って彼女の肩に手を置いて、軽く撫で付ける。

 すると気分が落ち着いて来たのか、渚から剣呑な雰囲気が霧散していくのを感じた。眉間の皺が薄くなっていく。

 出会ってまだ数分でも、ちゃんと友達としていい関係を築けていることが分かって、心が暖かくなった気がする。

 私は微笑みながら、速水さんと向き合う。

 

「ごめんね、勝手に触って」

「……これは私の大切なものなの。だから勝手に触らないで」

「うん、もう触らない。本当にごめんね。行こう、渚」

「あ、おい、瑠璃!」

「いいから、行こ」


 渚の手を取って私は廊下に出る。

 振り向けば釈然としない様子の渚と目が合う。

 

「なんで本当のこと言わなかったんだよ」

 

 簡単なことだ。言葉を通して感じる以上に、速水さんが怒りの感情を持っていたからだ。

 

「渚さ、怒りって何色だと思う?」

「色? 色ってどういうことだよ」

「私はさ……」

 

 意を決して、私は話すことにした。

 せっかくできた友達だけど……もしかしたら気持ち悪がって私から離れていくかもしれない。と、そんな考えが一瞬浮かぶが、すぐにそれはないなと思い直す。

 なんとなく……渚は大丈夫だと、そんな気がしたのだ。

 

「私は、人の感情が色になって見えるんだ」

「感情が色に……って、なんだそれ?」

「共感覚の一種らしいんだけどさ。生まれつき人の感情を捉える感受性が高いらしくて、そこに共感覚が加わって、見ている人の気分とか感情とかが、色になって見えるんだ」

「へぇ〜、なんかよく分かんないけど凄いな! ん? ってことは、それで怒りが何色かって言ったのか?」

「うん」

「そっか。それで?」

「それでって?」

「怒りは何色なんだ?」

 

 気楽にそう問い返してきた渚に、私は口元に笑みを浮かべて返答する。

 

「赤だよ。さっきの速水さんは真っ赤っか」

「それめっちゃ怒ってないか?」

「あまり顔とか言葉には出ないんだろうね。凄い怒ってたよ、あれは。だから一旦こっちに逃げてきたんだ」

「なるほど」

 

 うんうん頷いて、不意に渚の顔が焦ったように変わる。

 なんだろう?

 

「ちなみにさ……」

「なに?」

「今のアタシの色って何色?」

「……ふふっ」

「な、なんだよ」

「私と友達になってから、ずっと綺麗な黄色だよ」

「黄色……え、それってどういう感情?」

「さぁ。自分の胸に聞いてみたら? けど、そうだね……私も同じ気持ちだよ」

 

 私は教室に向かう。

 背後から「瑠璃のそれ本物だわ」と、どこか照れたような呟きが聞こえたのは、気のせいじゃないだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 放課後。

 体育館での始業式と、教室での簡単な自己紹介を終えて、私は渚と校門で別れ、帰路についていた。

 今日は初日ということでかなり早い下校だったから、時間を持て余している。

 まだ午前中。今から家に帰ってもやることもないし暇だ。これなら親交を深めるために、渚をお出かけにでも誘えばよかった。今から誘うにも誘いようがない。

 明日会ったら連絡先を訊いておこう。

 

「どこかでご飯にでもしようかな」

 

 中学の時はしたことなかった外食も、今ならし放題だ。

 幸いお金には困っていないから、少しくらいの贅沢はいいだろう。

 どうせ帰っても家にはレトルト食品しかなかったし、ついでに食材の買い出しをして帰ればいいよね。

 

「なに食べようかなぁ」

 

 家とは違う方向に進路変更。目指すは駅方面。

 小さめのショッピングモールには手頃な飲食店がいくつかあるし、一階にはスーパーが入っているから完璧だ。

 ついでにどこか良いバイト先でも探そうかなと、そんなことを思う。

 お金があっても時間を無駄にするのも良くない。どうせやりたいこともないなら、バイトでもしたほうがいくらか有意義だろう。

 

「やりたいことね……」

 

 高校生になったら何か見つかるかもしれないなんて、思ったことがないかといえば嘘になる。

 初日から良い縁に恵まれたけど、良いことばかりでもない。早速クラスメイトとトラブルを起こしてしまったし、そううまくはいかないものだ。

 だから、仮に何か見つかっても良いことばかりじゃないだろう。

 それでもやりたい、続けたい、手放したくないってものに出会えたならどれだけ最高だろうか。

 ……私は自由だ。

 なんでもできるし、なににでもなれる。だからこそ思う。

 掛け替えのない私だけの宝物が欲しい。そのために私は——この自由を、消費したいと。


 

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