EP.33 いいなぁ、青春
挨拶は欠かさず、私を先頭に入店する。
時間からしてまだ開店時間ではないがそこは問題ない。
しっかりアポは取ってある。
「誰もいないね?」
双葉の言う通り、カウンターであろう場所に人の姿はなく、それならと、私は奥のスタッフオンリーと書かれた扉へ向かいノックする。
「怖い人いないよね?」
「双葉、ビビりすぎ」
「大丈夫ですよ。そんな高圧的な人は中々——」
芽衣の言葉が終わる前に、扉が乱雑に開かれた。
「——あぁ?」
銀色に染まったロングヘアを靡かせて現れた女性と目が合う。強烈な眼光は威圧的な時の渚を彷彿とさせつつも、それを遥かに凌ぐ凄みを持っていた。
その目に晒された私達は、蛇に睨まれた蛙のように硬直。背後にいる双葉の消え入りそうな「ごめんなさい」という声がやけに大きく聴こえた。
「なんだお前ら。まだオープンじゃねぇ……あ?」
女性は私の後ろにいる怯えた様子の双葉を見て、何か思い出したように「そっちか」と呟いた。
「お前らか、メールをくれた女子高生バンドは」
「そうです。メールしました如月です。後ろのはメンバーの速水と西条です」
「私はここの店長をやってる泉だ。よろしく」
「よろしくお願いします」
私に続いて後ろの二人も挨拶する。
と言うことは、この人がメールの対応をしてくれたのか。
しっかりした敬語の文面だったことを思い出し、丁寧な印象からはかけ離れた容姿と雰囲気のギャップから、本当にこの人なのかと首を傾げる。
「あ、その、これ……」
「あ?」
芽衣が持っていたセット図を渡す。
当日の配置や気勢の配置など、諸々の希望が書かれたそれを一瞥し、泉さんは私に目を向ける。
「で、わざわざセット図を持ってきてくれたのはいいが……なんかそれだけじゃなさそうだな」
「はい。実は相談があって来ました」
勘がいいのか、私は泉さんの洞察力に驚きながら、当日のある要望について話す。
「メールだけだとうまく伝えられないと思ったので、ステージを見ながら、ある演出をお願いしたいんです」
「当日にセットリストをよこしてくれれば済む話じゃないのか?」
「ちょっと、青春を演出したくて」
「青春?」
首を傾げて『何言ってんだコイツ』という目で私を見てくる泉さんに、私達の考えた特殊演出の説明と、これまでの経緯を話す。
すると、泉さんはとても大きな溜め息をついて、額に手を当てて呟く。
「……いいなぁ、青春」
気のせいでなければ、とても強い哀愁の色が彼女から発せられている。
……きっと、何か大事なものを学生時代に忘れてきてしまったんだろう。そんな心情が見て取れる。たまに大人と話した時に大人はこうなるのだ。
なんか悪いことをした気になって申し訳なくなるが、それはそれとして、私は協力して貰えるかどうか尋ねる。
「そんな感じで、お願いできますか」
「あぁ……完璧に任せとけ」
自信満々にそう言って快諾してくれた女性にお礼を言う。
「けど来るのか?」
「絶対に連れて来ます」
「そうか」
問いかけに間髪入れずそう返し、私達の用は済んだので挨拶して帰る事にする。
「ああ、そういや後ろのお前」
「は、はいっ! わた、私ですか⁉︎」
「……なんでそんな怯えてんだ? 私何かしたか?」
泉さんに訊かれたので首を横に振り私は答える。
「あがり症で人見知りの緊張しいなので、これが通常運転です」
「てんこ盛りだな……来週のライブは大丈夫か?」
「一応、ダメな時は秘策もあるので大丈夫です」
「あそう……」
不憫なものを見る目であたふたした様子の双葉をじいっと見て、泉さんは不敵に笑った。
「楽しみにしてる」
それは私に言ったのか、全員に言ったのか。
誰に向けて言ったものなのかはよく分からなかった。
ただ、その激励に私は素直に返した。
「はい——よろしくお願いします」
それからも日々の練習を欠かさず、時間は目一杯使って、やれるだけのことをやる。
私も双葉も芽衣も、それぞれが渚との関係を前のものに戻したくて……いや、前以上のものにしたくて、本気で取り組んだ。
そして、満足とは程遠いけど、やれるだけのことをやり、限界まで高めた演奏の音が部屋にこだまし——消えていく。
……よし、やれることはやった。
「あとは明後日の本番前にうちで調整するだけ」
「ついにライブかぁ……私の目標でもあるから、本当に緊張しちゃうよ」
「私達、すごく良いと思います! これならいけます……絶対に」
「うん。明日は二人ともゆっくり休んで。私は予定通りやってくる」
「任せたよ」
「絶対大丈夫です。信じましょう!」
私はテーブルの上に置いてある封筒を手に取った。
中には私達からの手紙と、そして、私達が初めてやるライブのチケットが入っている。
準備はできた。
もう、あとは本気でぶつかるだけだ。
「二人とも」
「なに?」
「はい」
「バンドの名前、私が決めてもいい?」
その言葉に、二人は顔を見合わせて笑う。
「リーダーだし良いと思う!」
「瑠璃さんが決めてください。わたし達はそういうセンスありませんし」
「私達? え、ちょっと、芽衣ちゃんそれどういう意味?」
「え?」
「え?」
二人の掛け合いを見ていた私は、手元のギターを適当に鳴らしながら、前から思いついていたバンド名を思い浮かべる。
けど、その名前はまだ使わない。
使えるようになったその時まで、この名前は使えない。使いたくないのだ。
だから今はまだ、大切に取っておこ——って。
「私、リーダーなの?」
「え? 違うの?」
「違うんですか?」
「……いや、まあ、別に良いけど」
当たり前だと言わんばかりの二人の言動に少しくすぐったくなりながら、私は有り難く、リーダーとして気合を入れ直すのだった。




