EP.31 やってやる
私達三人は結局、それ以上なにも言うことができずに帰宅した。
私は帰ってきた自宅の、すでに自分の自室のようになったその部屋で、愛用のチェアに深く身体を預けながら考える。
……私は、渚になんて言えばよかったんだろう。
バンドに引き込みたい。そんな考えは当然あるけど、それ以上に思うのは、渚を救ってあげたいということ。
きっと、その為に出来ることはある。
こうして冷静に落ち着いて考えれば、いくつかの解決策は浮かんでくるけど、なんとなく、私の言葉や行動で『助ける』というのは違う気がする。
よく言葉には出来ないけど、これは渚が自分自身と向き合って、よく考えた末に、彼女なりの答えを出さないといけない気がするのだ。
……嫌な現実と向き合うのことの辛さを、私は知っている。
でも、目を背けてばかりいても駄目なんだ。
結局、自分を助けられるのは自分だけ。
私が助けても、他の誰かが助けても、渚に限らず人というのは、その後、助けを求めるようになってしまう。立ち向かえなくなってしまう。自分の脚で立って、自立し、何かを成すのは大変で、苦しみや恐怖を伴う。
それでも私は、渚にそうあって欲しい。
立ち向かえる強さを持っていて欲しい。
勝手なエゴであろうと、自分勝手な想いであっても、私は彼女にそれを求める。
私はそんな渚の方が好きだから。
「……どんな色になるんだろう」
ふと、私の口から出た言葉は無意識のもので、自分でもなんでそんなセリフが出たのか分からなかった。
どんな色になる?
……もし、このまま渚が変わらなかったら、きっと彼女の浮かべる色は、その感情はきっと、汚れていくだろう。
私はこの短い人生経験の中で何度も見てきた。自分に嘘をついて、自身の感情を蔑ろにして、そうやって……汚れていく色を。
渚もそうなるのは本当に嫌で、汚れて欲しくないと心から思う。
そして逆に、もし彼女が過去に立ち向い、その感情を曝け出したのなら。
きっとその感情が発する色は——
「綺麗、なんだろうな……」
私はそんな光景を思い浮かべて笑みを浮かべる。
本当になぜかは分からないけど、私はなぜかそのまだ見ぬ色に、見てみたいという強い願望を抱いた。
「……何か、出来ることはないかな」
直接なにかしなくても、出来ることはきっとある。
今、私にあるものは何か。
そう考えて真っ先に思い浮かぶのは……。
……仲間となった二人の顔だ。
二人の顔を真っ先に思い浮かべた私は、そこであることを思いつく。
ああ、なんでこんな簡単なことを思いつかなかったんだろう。
「そうだ、そうだった。バカか私」
今の私には頼りになる友達がいて、そんな私達には強力な武器があるのだ。何かを届けたい、伝えたいと思う私達にはこの上なく強い、最高の武器が。
「——あ、もしもし」
私はすぐに、二人に電話した。
これからやるべきことを二人と話し合う為に、明日の放課後に集まって話をすることが決まった。
「うん、それじゃ、また明日——」
電話を終えて、私はすぐにギターを手に取る。
そして、いつものようにPCを立ち上げて、父の動画を再生する。やっていることはいつもと同じ。だけど、いつも以上にやる気が漲っているのを感じる。
明確な目標とやるべきことが分かっているからか、私の熱意と意欲はこれまでにないほどの昂りをみせている。
「やるぞ」
私はちょうど初級の講座を昨日終えたところだった。ので、次の『大好きなパパと一緒に弾くギター中級講座』を開く。
その一つ目の動画を再生して、次のステップへと移る。
私の気持ちに連動するように、父の厳しいレッスンはさらにもう一段階、辛く険しいものになっていくが、決して私が折れる事はない。
「やってやる」
轟々とした熱意が私の心を燃え上がらせ、私は必死に弦を掻き鳴らした。
「——ってことで、大丈夫そう?」
セレナーデで一通り話し合いをして一まとめにしたところで、私はテーブルに置いていた飲み物をあおる。グビグビと勢いよく飲み干し、ぷはあっと空気を吸い込む。
学校を終えてすでに一時間ほどは話しただろう。
結局、今日も渚はバイトで一緒に帰宅することはなかったけど、普通にこれまで通り話してくれた。関係は問題なく、以前のように良好なものになっただろう。
でも、私はそれでは満足できない。
だからこうして、私は自分の考えを二人に話し、意見を仰いだのだ。
私一人では決められない。
私一人では出来ない。
私達じゃないと意味がない。
私達にしか出来ない。
二人が応えてくれるかは……はっきり言って、相談する前から分かり切っていた。
「……面白そうです! 私はやりますよ! 頑張りましょう、速水さん!」
「え⁉︎ あ、うん……ちなみに、それしかない?」
「双葉」
「なに?」
「気合いと根性。今こそ双葉の漢気を見せる時」
「期待してます、速水さん!」
「私に漢気なんてないよおおおおおおおっ!」
そう嫌がりつつも、覚悟した表情を浮かべた双葉と、やる気に満ちた芽衣と共に、私は席を立ち上がり宣言する。
「————やろう、ライブ」
そして、私達の初ライブが決まった。




