EP.2 迫力あったな
これから三年間お世話になる校舎は白く、とても綺麗な造りをしていた。
真新しい外観は昨年の秋に補修工事をした際に、綺麗に塗り直されているからこそだろう。
都会に上京したばかりの田舎者が、ビル群のもの珍しさに感動するような行動もそこそこに、私は張り出されたクラス表を確認するため、人だかりになっている昇降口前に向かう。
一番後ろの方から、自分の名前がどこに記されているか探すが……流石に遠くてよく見えない。
目は悪い方じゃないけど、もう少し近づかないと確認出来なさそうだ。
「ちょっと、すいま、せん、っと」
人の間を縫っていき、見えるところまでやってきた。
……さて、私はどこのクラスかな。
「あ、三組」
「三組か」
すぐ近くから聴こえてきた声に思わず振り向く。
真横から聴こえた声の主もまた、私と同じ行動をとっていた。
視線がぶつかり、私は肩を跳ねさせる。
「あ、っと……」
「なんだよ」
気が強そうな子だな、という印象を抱いた。
鋭い目つきと、色素の抜けたブロンドの髪。髪は私と違って脱色したものなんだろう。髪の根元の方が若干黒くなっているから、きっとそうだ。
同じ一年だろうに、小慣れた感じで着崩した制服。そして、その服の上からでも分かるスマートな体躯。
運動神経良さそうというか……喧嘩が強そうだ。
「いや、なんでも」
けどそんな考えはおくびにも出さず、私はいたって普通にそう返事を返した。
「……お前」
ひぇっ。
一層鋭くなった視線が私を射抜く。
「なに?」
「アタシが怖くないのか?」
怖いですけど我慢してるんですよ。
なんか負けた気がするので頑張ってます。こう見えて負けず嫌いなんです、はい。
「怖い……なんで?」
「……へぇ」
へぇってなんですかね。
スッと細められた目に晒されて、心臓がキュッと、小さくなった気がした。
「……いつもなんか怖がられて、こんな普通に話せるやつ居なかったから、ちょっと新鮮で」
「……へぇ」
あれ……もしかして、そんなに怖い人じゃないのでは?
むしろ、ちょっと可哀想な感じの雰囲気がひしひしと伝わってくる。
そして——一度そう感じてしまうと不思議なもので。
「あ、そう言えばさっき、三組って言ってたよな?」
「うん」
「えー、っと。そのさ……よかったらその、一緒に——」
躊躇いながらそう言ってもじもじする様は……可愛い。
けど私にははっきりと見えている。
————緑の色は、不安の色だ。
「一緒に?」
「いや、その、だな……」
私には見えてしまっているから、その心情がある程度、察せてしまう。
だからこそ、この不器用な同級生を見た目で怖いと思うことが、私にはできなくなってしまった。
「ふっ……一緒に行こう。同じ教室でしょ」
「え? あ、お、おう!」
可愛く見えてきてしまい、さっきまでの印象は塗り替えられ、勘違いされやすい可愛い女の子、という印象になってしまった。
さっきまで勘違いしていた自分を殴ってやりたい。
この子は可愛い。そして——ぜひお近づきになりたい。
「私は如月瑠璃」
「あ、アタシは栗花落渚」
「よろしく渚」
「渚……よ、よろしく! る、る」
「瑠璃」
「る、瑠璃……!」
は? 可愛すぎませんかね?
教室に着くと、私たちは黒板に描かれた座席を探す。
渚と一旦別れ、教室の中心あたりに自分の席があることを確認した私は、机の横にリュックをかけて着席する。
出来ることなら窓側の一番後ろの席が良かったけど、贅沢は言えない。一番前の教師の目の前じゃないだけマシだ。
チラッと、斜め左後ろ方向に目を向けると、渚と目があった。彼女も席についたようだ。
視線が合うと、一瞬戸惑ったような表情の後、口元を少しだけ緩めて微笑んでくれた。
表情は全く変わっていないけど私には分かる。親友だからね。と、内心で勝手に距離を詰め、調子に乗っていた私は、あるものを視界に捉える。
ギターだ。
黒いギグバックに入っているそれは、一番後方の入り口から最も離れた、ロッカーの前に立てかけられていた。
あれは今朝見たやつ……っていうことは、あの持ち主の女の子も同じクラスらしい。
私は辺りを見回す。
しかしあの黒髪の子は見当たらない。お手洗いにでも行っているのかと見当をつけつつ、何の気なしにまたギターを見た。
すると、ギターのすぐ近くにいた二人の男子生徒が、談笑に夢中になっているのが目に入る。
……なんか、嫌な予感がする。
妙に中良さげの二人は、少しじゃれ合っている様子で、ファイティングポーズでボクシングごっこでもしているかのようだった。
当然、どちらの視界にもギターは入っていない。
どんどん後ろに下がっていく二人。でも、それ以上行くと——
——気づくと私はギターに向かって走っていた。
楽器は繊細だ。
いくらバッグに入っていても、倒したりしたら最悪壊れる。
昔、お父さんのギターを倒してネックが折れた時、初めてお父さんの泣き顔を見たのが鮮烈に記憶にこびりついているのだ。
それにきっと、大切なものに違いない。
いくら悪気がなかったとはいえ、壊されたら悲しいだろう。
だから——
「危ないっ!」
私の嫌な予想通り、男子の一人がギターにぶつかり倒しかけたところに間に合った私が、ギターを抱え込んでペタンと、床に座る。
安堵の溜め息の後、私はギターを抱えたまま男子に目を向けるが……なんて言おう。
そう考えること数秒。
なぜかソワソワし出した二人は、一言「すみません!」と言って、廊下へ去っていった。
…………なぜ?
そう思いつつ、視線を感じた方に目を向けると、そこにはこっちに歩いてくる渚が。
やって来た渚が私の肩に手を置き、そのままサムズアップをして言った。
「かっこよかったぞ。男子を撃退するあの睨み。迫力あったな」
「え、なにそれ、嬉しくない」
どうやら睨んでいたように見えていたらしい。
ただなんて言おうか考えていただけなんだけど……。
私が自分の目つきが悪いのかと気になっていると、誰かが勢いよく私の元にやってきた気配を察する。
そしてそちらに目を向けると同時に、
「——触らないでっ!」
私は、強い非難の眼差しを向けられながら、刺々しい声を浴びせられた。




